石造りの部屋-6
「……あなた何者?なんで―」
(リジュが男だと知っているの?)
それを問う前に、老人は手にした水晶を見つめた。釣られて悠樹もそちらに視線を送ると、赤かった文様は黒煙に包まれ、その色を徐々に暗く染め替えられている。老人は手の中で水晶を弄び、それによってさらにもがくリジュマールを見下ろした。
「これが使えぬのであれば、娘にはこの場で死んでもらうしかない。よろしいですな」
背後の主に問い、沈黙を肯定として受け取ったらしい老人が薄く笑う。そこに潜む悪意は、むしろこの老人こそが自分を害したがっているのではないかと思わせるほどだ。
(リジュを助ける方法、誰かに助けを求める方法。何でもいい、何か方法はないの?!)
悠樹はまだ、自分以外の存在と一緒に空間転移を行ったことがない。普通とは違う奇妙な気配が満ちたこの場所で、その初挑戦を試みる勇気はなかった。かといって、立つこともできない状態の彼女を抱えて逃げることも、置いていくこともできるはずがない。
唇を噛み、虚空を睨むようにして必死に考える悠樹の姿を見下ろすアルマンが、すっと視線を逸らした。
「シィン」
「陛下はお戻りください。後はお任せを」
どこか咎めるような響きを持つアルマンの声を、シィンと呼ばれた老人が遮る。恭しく頭を下げて主を送り出す老人の背を見て、悠樹がそっと立ち上がった。息を整え、体当たりをかけようとした腕を強い力が掴む。
「い、から……逃げ……」
浅く早い呼吸の下で、リジュマールが小声で囁く。強く握られた腕は彼女の苦痛を代弁するかのように悠樹にも痛みを与えたが、それを耐えて背をかがめ、小声でリジュマールに返す。
「できないよ。私を逃がそうとしたせいで、こんなことになったんでしょう?」
「バ……っ……そう思、なら……無駄に……す、な……」
目を閉じ、苦しそうな息の下でそう呟く声にアルマンが開けた扉の軋む音が重なった。僅かに動く空気がひどく懐かしい気配を運んでくる。はっと息を飲んで、悠樹は音がしそうな勢いで扉のほうを振り返った。
その瞳に、キラリと室内の明かりを反射する鋭い光が映る。細く研ぎ澄まされた剣の切っ先がアルマンの喉元にピタリと合わされ、彼を一歩、また一歩と室内へ押し戻していく。
「私の妃を返していただきましょうか。……申し開きがあるなら、その後で聞かせていただきたい」
やがて姿を現した剣の持ち主は、金茶の瞳をアルマンから逸らすことなく、怒気のこもった声を発した。