石造りの部屋-5
リジュマールは大きく息を吐いてから胸の前で右手を握り締めた。彼女が意識を集中させると、その一点に金色の光が集まっていく。見覚えのあるその色に、悠樹の膝が震えた。
「求める地は、セレナディア、皇太子邸自室」
口中がからからに干上がって、うまく言葉を発せられない。急がねばならない焦りと、送り返される恐怖によって乾いた口唇を、舌先で湿らす。
ふいに、リジュマールが顔を上げた。自らの右手を悠樹に伸ばし、同時に金色の光が足元に幾何学模様を描き始めた。リジュマールが黙してその模様が広がるのを待つ間に、悠樹の術が最後の言葉を紡ぐ。
「道を繋ぎ―」
「くっ、あああああああああああ!!」
悠樹が術言の詠唱を終える直前、リジュマールが悲鳴を上げた。金色の光がふつりと消え、自分の喉を押さえて床に倒れこむ。背を丸め、身体をくの字に曲げて苦しむリジュマールの姿に、悠樹の口が止まった。
「陛下を裏切るか……そなたには失望した」
かつりと足を踏み出した老人が冷たく言い捨てる。直径十五センチほどの水晶を胸の前に掲げ、憎々しげに呟いた。
「娘を逃がそうとするなど、命が要らぬと見える」
ゆらりと、水晶の中で影が動く。よく見れば、水晶の中は黒い煙のようなもので満たされていて、その中央に赤い模様があった。どこかで見たような気がするその模様に黒煙が絡みつくたび、リジュマールが苦しそうな声を上げる。
「何、して……早く、行、ああああああ!!」
床を這い、必死の形相で見上げるリジュマールの首にある蝶に似た文様。それが水晶の中にあるものと同じ事に気付いて、悠樹は思わず彼女の名を呼んだ。
「リジュ!」
悠樹の呼び声に、リジュマールの顔に苛立ちが浮かぶ。が、それもすぐに苦痛の表情に変わった。
最後の言葉を結ぶだけだった術が消え去ったことを自覚しながらも、悠樹はリジュマールの元に駆け寄って彼女を抱え起こした。黒い刺青のように肌に描かれたその文様は肌に食い込み、その周囲は赤黒く変色している。それを見て、悠樹は老人を睨みつけた。
「リジュに何をしたの」
「何もしておらぬ。自ら立てた誓いを破り、それが自身に返っただけのこと。わしの命ずるままに術を使っていればよいものを。相も変わらず愚かな男だ」
その言葉に違和感を覚えて、悠樹の眦をきつくした。