石造りの部屋-4
イエルシュテイン王家に仕えていると、以前リジュマールは言った。その彼女が陛下と呼ぶ人物はただ一人しかいない。
イエルシュテイン国王、アルマン二世。
独立を成功させた初代国王の息子で、その政治は自国兵力の強化に終始しているという。ファルシオとエルシャ姫の縁談も、武器としての術具を手に入れるための方便ではないかと言われるほどだ。
冷厳な瞳には人を威圧するような光があり、その視線はリジュマールに向けられたまま揺らぐことがない。それを正面から受け止めたリジュマールは必死の形相で頭を下げた。
「次元転移には本人の了承と対価契約がいる。
そうだったな、術師」
アルマンの後ろに控える小柄な老人がしわがれた声で問いかけると、リジュマールは頷いて同意する。
「別の次元に行く理由となる対価契約がなければ、術の発動が不安定になり目的の世界に送ることができなくなります。それに、強大な軋轢が生まれるためその者の命が危険に晒される可能性が。ですから必ず説得を―」
「できるのか」
低く、唸るような声がアルマンから発せられた。その瞳が悠樹に向けられる。
「意志の強い目だ。その娘、そう簡単には考えを変えまい」
その言葉に小さく唇を噛みリジュマールが一瞬だけ悠樹を見る。が、すぐにその男へと視線を戻した。
「では、ここに幽閉すると?」
リジュマールの質問に軽く瞳を閉じて黙したアルマンに代わり、そばに立つ老人が口を開く。
「次元転移を行え」
「なぜですか!?」
老人の答えに、悲鳴のようにリジュマールの声が響く。それを他人事のように聞きながら、悠樹は自分の内に意識を集中させた。リジュマールの意識がアルマン達に向けられている今なら、邪魔されずに術言を紡げるかもしれない。
「術師。その娘はそなたが先ほどから陛下とお呼びしているのを聞いておる。それに、我らの顔も見た。仮に脱走されればそのことが世間に知られてしまう」
アルマンの意思を説明するように、老人のしわがれた声が冷たく響く。その意味を考えないようにして、悠樹は掌を下に向け、口の中で術言を唱え始めた。
「我は求める、空間の扉」
「次元転移を行え。その娘がどこへ行こうとどうなろうと構わぬ。この世界からいなくなればそれでよい」
老人の声が響き、びくりとリジュマールの肩が震えた。
術力が集まり始めたことに、リジュマールが気付いていないはずがない。ただ、今はアルマン達に意識を向けているために妨害できずにいるだけなのだろう。焦るあまり、早くなりそうになる口調を抑えて、悠樹は続きを紡ぐ。
「求める地は―」
「まさか否とは言わぬな、術師」
老人がアルマンの言葉を継ぎ、懐から何かを取り出した。そこにあるものを見てリジュマールが弱々しく首を振った。
「……わかり、ました」
肩を落とし、リジュマールはゆっくりと振り向くと悠樹を見つめた。その口唇が動く。
『続けろ』
声の伴わないその動きに、悠樹は目を見張った。