石造りの部屋-3
足音高くリジュマールに近づき、彼女の前で腰に手を当てて精一杯胸をそらす。
「利害、一致してないよ」
「そう、一致して……何?」
「一致なんかしてないって言ってるの。私はこの世界にいたいんだから」
右手を突き出し、人差し指を彼女の顔に突きつける。
「それに、例え一致していたとしてもリジュには頼らない。私はフィルドにお願いするもん」
予想通り、フィルドの名を出すと同時にリジュマールの頬がぴくりと引きつった。それを見て少しだけ溜飲を下げると、悠樹はすっと意識を内に集中させた。
「我は求める、空間の扉」
「空間術言強制破棄」
最後まで言い切る前にリジュマールの言葉がその場に響いた。同時に周囲に集まりかけていた術力が霧散する。悠樹は拳を作って怒りを押さえ込むと、もう一度最初からその言葉を紡ぎ始めた。
「我は求める、空間―」
「空間術言強制破棄」
「我は求める、―」
「空間術言強制破棄」
「我―」
「空間術言強制破棄」
「いい加減に―」
「空間・・・なんだ、もう諦めたのか。フィルドの弟子にしては出来が悪いな」
彼女は、悠樹には聞き取るのが精一杯の詠唱速度で術言を紡ぐ。それはそのまま術師としての力量の差を表している。悠樹は術では絶対に勝てない相手を睨みつけ、リジュマールはそんな彼女を鼻先でせせら笑って見下ろした。そして、指を立てて見せる。
「一、この部屋で暮らす。二、元の世界に帰る。好きなほうを選べ」
「三、ファルのところに戻る」
間髪入れず悠樹が第三の選択肢を提示すると、初めてリジュマールが困ったような表情を浮かべた。周囲の気配をうかがうように声を潜め、腰をかがめて囁く。
「その場しのぎの嘘でもいいから、帰ると言えないのか?」
「術師にだけは嘘をつくなって言われてるの。その嘘を術で縛って実行する気でしょう?」
「……フィルドのやつ、余計な知恵だけはつけさせているようだな」
リジュマールが大げさにため息をつき、その背後で静かに扉が開いた。そこから髭を蓄えた壮年の男と、それに付き従う痩せた老人が姿を現す。彼らは、悠樹の敵意と興味の混ざった視線を無視してリジュマールに近づき、何事かを囁いた。その直後、リジュマールの顔色が変わる。
「お待ちください。必ず説得してみせますから」
髭の男と悠樹の間に立ち、自分の身体で双方の視線を断って懇願するリジュマールを見ながら、悠樹がぽつりと呟く。
「説得されないもん。ファルの所に戻るんだから」
「お前は黙っていろ」
ばさりと髪を揺らして振り返ったリジュマールに一喝され、悠樹はむっとして口を尖らせた。すぐさま言い返そうとして、次の瞬間聞こえてきた単語にその動作を止めた。
「陛下、もう少し、もう少しだけお時間をください」
(陛下?!)
こくりと言いかけた言葉を飲み込んで、悠樹は髭の男を見上げた。