石造りの部屋-2
先日とは違う、感情のこもらないガラスのような瞳に不気味なものを感じながら、悠樹は口を開いた。
「用は終わるってあのねぇ。あの人がいなくなって大変なことになってるんだよ?」
「お前をここに連れ出すための時間稼ぎに使っただけだ。朝には帰す。セルナディア王は親バカだが無能ではないからな。一晩くらい、適当に誤魔化してくれるだろう。それより、王子の術を解術できたようだな」
リジュマールの話に、悠樹は言葉を詰まらせた。“あの時”感じた、時間属性の気配。あれはファルシオの内部から解放されたものだった。
(解術の術言は使ってないけど、でもファルからたくさん時間属性の気配が出てたし、リジュもできてるって言うんだからやっぱり解術はできたってことだよね?……あの、キスで)
咄嗟にリジュマールに背を向け、自然と赤くなる頬を隠す。不自然な動作だったが、リジュマールは特に気に止めた様子もなく言葉を続けた。
「元は私の術から起きた不始末だ。一応、礼は言っておく。褒美に選択肢をやろう。好きなほうを選べ」
(わぁ、どっかで聞いたセリフ。さすが師弟)
心の中で呟き、振り返って疑いの視線を向ける悠樹に向かって、リジュマールは細く長い指を立てた。
「一、この部屋で死ぬまで暮らす。二、元の世界に帰る」
「……は?」
ぽかんと口を開けて、悠樹は目の前に立つ美女を見つめた。
「何言ってるの?次元転移は空間属性が得意なフィルドだからできる術でしょ。あなたにできるって言うの?」
「それはまるで、フィルドには可能でも私にはできるはずがないと言っているように聞こえるが?……冗談にしては笑えない。」
すっと細められた目に怒りの色を見て、悠樹は彼女から視線を外した。どういった経緯があったのかはわからないが、少なくともリジュマールはフィルドを嫌っているようだ。いや、反発しているといったほうが近いかもしれない。
(まぁ性格的には問題があると思うけど。でも術に関しては張り合うのも馬鹿らしいくらいすごいってことは確かなのに)
わずかに唇を尖らせた悠樹を見つつ、リジュマールは言葉を続けた。
「確かに空間属性に関してはフィルドの右に出るものはいないだろう。だが、だからといって、ヤツ以外の者に使えないわけではない。
私はお前にここにいられては困る。お前は自分の世界に帰りたい。お互いの利害は一致しているようだからな。解術の礼に私が戻してやる。だからさっさと元の世界に帰れ」
立てた指を振りながら得意そうに言う。まるで、他の答えなど存在しないような態度に、悠樹の中で反抗心がむくむくと頭をもたげた。