習作
不規則に揺れるローカル線の中で、錆びきったスプリングに身を任せながらゆったりと文庫本を読んでいた。しゃがれ声の駅員が僕の意識を引き剥がし、次の駅がもう近くであることを告げる。車両の隅に座っていた中年の男性は薄く擦り切れたジャンパーを着ていて、足元の鞄に先ほどまで読んでいた新聞紙を綺麗に折りたたんでしまっていた。薄く青掛かった光が車内に満ち、空気中の塵はそれを受けとめながら舞っている。キリキリと空気を引き裂くように鳴いた後、反対側に体を引っ張られた。この細長い空間に一斉に長方形の穴が開く。いつも通り僕はそこを降り改札を出た。秋に近づきつつある風が僕の頬を撫でる。その風は涼しいようでいてほんの少しの生温さを含んでいた。しばらく歩くと左耳に少し違和感がある事に気が付いた。周りの音が全て遠くなり、柔らかく透明なゼリーを詰められているようだった。左右のアンバランスさは、空想と現実の狭間に立たされているような気分だ。さっきまで読んでいた小説の内容を思い出し、僕は登場人物の一人に思いを馳せた。住宅街の空にはだいぶアキアカネの数が増えたようだ。雲の向こうの光を感じながら家を目指した。