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終末セカイの正シイ終わり方  作者: 敗北猫先生


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第三章3 『火襲の夜』

 空蝕が世界に知れ渡ってから約二か月、イドラとスレプトの住む孤児院がある街でも、それは容赦なく人々を蝕んでいった。それと同時期に、街では奇妙なうわさが流れていた。


 孤児院の消えない灯り、子供たちの笑い声。それが静まり返った街で異彩を放っていた。それが誰かの神経を逆なでしたことを、イドラたちは知る由もなかった。

 空蝕は、街の半数以上を飲み込んでいった。家庭を持つ者、仕事を持つ者。普通に暮らしていた人たち程、亡くなるのは早かった。だけど、――あの孤児院の子どもたちだけは誰一人として死んでいなかった。不思議だった。不気味だった。そして、憎らしかった。


「なんで身寄りのない子供ばかり生き残っているんだ」


「呪われているんじゃないのか」


「死んでも悲しむ者などいないのに…」


「…あいつらが空蝕を広めているんじゃないか」


 誰かの小さなつぶやきが、白い紙に垂らされた一滴のインクのように、じわじわと広がっていった。




「扉を閉めろ。カーテンもだ。暖炉も消せ、灯りを使うなよ」


 年長のイドラの声が、孤児院の寝室に緊張を走らせた。子どもたちは怯えた目で彼を見る。外では街の人々の怒声が孤児院を囲い込むように飛び交い、門を叩く音が街中に響いていた。


「なにが…起きているの?」


 年少の子が震えた声で近くにいたスレプトに縋るように聞いた。スレプトは目を瞑りながら、目の前の子をただ抱きしめることしかできなかった。

 昨日まで普通だった人々が、一夜にして変わったように孤児院を囲って暴動を起こしている。見当違いの怒りに突き動かされた彼らに、子供達はなす術がなかった。大人達はとっくに逃亡し、居場所はわからなくなっていた。もしかしたら、この噂を流布したのは彼らだったのかも知れない。

 息を潜め、体を硬くしていた子供達の耳をつんざくような音が響いた。


――パリ―ンッ


 寝室にガラスの割れる音が響いた。続いて、窓に駆け寄った子どもが叫ぶように言った。


「向こう、燃えてるっ!」


 微かに鼻腔でガソリンの匂いがするのを感じた。イドラはその言葉に血相を変えて廊下へと続くドアを勢いよく開け放った。廊下の奥の天井が赤く染まっていく。


「全員!外へッ!」


 イドラは叫んだ。人生で一番大きな声だった。喉が裂けるほどに。その見たことのないイドラの剣幕に、他の子どもたちも泣きそうな顔をして彼の指示に従う。イドラとスレプトに引きずられるようにして階段を下る。

 後ろでは次々と崩れる天井、舞い上がる火の粉と煙が、視界と喉を蝕んでいく。耳鳴りのような叫び声がイドラの耳をつんざいた。それが誰かの断末魔でないことを必死に祈りながらイドラは先陣を切って進む。この場所が、文字通り、地獄に変わっていく。

 その迫りくる炎の色を、イドラはこの先一生忘れないだろう。


 何とか逃げ出したのは、イドラとスレプトを含めた十数人だけだった。あの時寝室にいなかった者、逃げる途中で火の手に捕まった者、負傷して置いてきざるを得なかった者。約半数が失われたことになる。

 孤児院から脱出したあとイドラたちは、狂気に染まった街の人々から逃げるように、できるだけ遠く、遠くへと移動した。

しかし、その逃避行の中でも、脱出時に酷い火傷を負い治療がままならずに倒れた子、突然の咳から始まり体力を消耗して動けなくなった子、――そして何の因果か、最悪のタイミングで、空蝕が追い打ちをかけるように容赦なく襲い掛かっていく。逃げ出した十数人だったが、日を追うごとに――いや、時を刻むごとにその数は減っていった。


 残った少ない子供たちとともに、イドラたちは無人の村にたどり着いた。村の入り口にかかる橋を越えて、孤児院に似たシルエットを無意識に探していたのだろうか。すさんだ住宅街の中でも比較的大きい家に拠点を置いた。

 家に上がって数日経った頃。ベッドは人数分無かったため、交代で使っていた。しかし、イドラは見張りを兼ねて、ベッドを年下の子供へ譲り、崩れた屋根から月が見える屋根裏部屋を好んで使っていた。


 ある夜冷たい月の下で、短い夢を見た。子どもが泣き叫ぶ声も、炎が家を焼いていく音も、鼓膜を揺らすものすべてが夢の中では遠くに聞こえた。あの時は決して冷静だったわけじゃない。ただ、心と感覚が切り離されたかのように、あの瞬間に何も感じられなかっただけだ。


 焦げた木の匂い、崩れ落ちる梁の音、そして誰かの名前を叫ぶ声が、イドラの耳には断片的に残っている。隣を走っているスレプトの声でさえも、夢の中では思い出すことができなかった。

 結局生き残ったのはたったの数人。死んだ子の中には名前を憶えている奴も、そうでない奴もいた。その誰もが、やがて静かに、あるいは苦し気に、そして満足げに吞まれていった。肌が冷たくなり、瞳の奥から光が消える。死はあっけなく、残酷だった。


「悪い夢でも見てんのか、イドラ…」


 悪い夢を覚ましたのは、目を赤く腫らしたスレプトだった。目元がひりひりすることで、ようやく自分もスレプトのように泣いていることに気が付いた。

 スレプトがぽつりとつぶやく。


「…こんなの、間違ってる。どうしてみんな、俺たちを置いていなくなっちゃうんだ」


 大人も、老人も、青年も。昨日まで笑っていた人間があっけなく消えていく。何の前触れもなく。

 始めは運だと思った。だが、それにしては偏りがあった。死なない人間が確かにいた。

 イドラは死んでいった人たちの顔を一人ずつ脳裏に思い浮かべた。教師、若い兵士、孤児院に出入りしていた医者。みんな理知的で、勤勉で、優しくて、心が強かった。恐怖や不安に抗い、最期まで自分を保ち続けていた。

 反対に、生き残った子どもたちのことを思い返す。彼らはよく泣き、怯え、笑い、怒る。気分は不安定で、特に意味のないことで喧嘩をしては不貞腐れる。


「…なぁ、スレプト。空蝕にかかる人ってどんな奴らだと思う?」


イドラが問いかけたとき、焚火は小さく揺れた。スレプトは眉を寄せながら木の枝を折る。


「うーん、大人から順番にとか…?」


その答えにイドラはそっと目を伏せる。


「惜しいけど違う。だって俺たち子供の中にも空蝕で死んだ奴はいたじゃないか」


「何が言いたいんだよ」


「俺たちの一個下にハンスってやつがいただろ?あいつ、最期は空蝕で死んだんだ。孤児院の中じゃ大人っぽくって、あの中じゃ珍しく優しい奴だった。喧嘩が起これば我先に止めに行って、しっかり者でさ」


「ハンスが死んで、何だって言うんだよ」


「きっと、()()()()()から死んでいくんだよ」


 イドラの声はいつもの幾分か軽い響きだった。いや、正確には感情を押し殺していたといってもいい。まじめなトーンで話したら、悪夢のような仮説が実現してしまう気がした。


 しかし、そんなイドラの配慮は無駄だった。今の言葉は消すことのできない妙な信憑性に包まれていた。スレプトは言葉を失い、握っていた枝を落とす。


 再び、焚火の炎が大きく揺れた。


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