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コーバック・サムに衝突

 認識しないこと、忘れていくこと。楽にやり過ごす、その為に。


 「カッコいいねアンタ、何処の家の子?」


 砂で化けた横風が強く吹いていた。コーバック・サムは順番に窓を閉めないとならなかった。乾かしていた開きの魚が砂を張り付けると味が落ちる。居酒屋なんで客にかかったらなお悪い、だから焦っていた。返事が遅れ、振り返る。


 「あー、みたいですね、よく言われる。何ですか」

 「何だ、じゃないでしょう。何処の家の子って聞いてるじゃないの」

 「まあ近場に、ああと。もう引っ越してったかも・・・・・・帰ってないんで」

 「お名前はって聞いてるの!どんくさいな、ハッキリしなさい」

 「サムです。はい、普通にサムです」


 砂がかかったからって全部捨てたりはしない。水洗いして乾燥させてから使う場面を限定するのだ。客足が引いた閉店後の作業になるので、店長がいい顔をしない。閉店後十分で施錠し帰らせたい方針らしかった。一斉に帰宅すれば夜一人の外出をせず安全だと、夜のパドゥルは不味いと店長は言う。

 要するに、仕事は終わらせるに限る。開いた窓は何よりも優先で閉めなければならないのだ。


 「客の相手が最優先だよ、お客商売なんだから」

 「どー・・・・・・すれば、よかったんすか」

 「はー、全然仕事、全然なのね。出来そうな顔してるのに。顔に見合ってないわサム」

 「・・・・・・申し訳ありませんで」

 「クレーム入れますから、ふん」


 人の機微はよく見える。コーバック自身がじろじろと見られる質なので感じ取れることだった。それでまともに受け答えが出来れば違ったのだろうが、ほとほと呆れたことに、その手の処世術がまるで成っていない男なので。

 店長に大目玉を喰らうのだ。


 「君ね、接客だってわかってないでしょう?元気な笑顔、元気な挨拶。はきはき返事、手早く注文取る。ね?ぶすっとしたイケメンなんか表で働かせられないよ。ニコニコしてれば集客になる顔なのに。わかってる?」

 「・・・・・・すんません、わかんなくなっちゃって」

 「お酒じゃなくてもイイ面見ながらお喋りしたいって女性客向けに雇ったんだ、それじゃあ困るよ。わかんなくなっちゃったじゃなくてね」

 「はあ、そんなですかねぇ」

 「一番大事だよ。まあ、愛想がないと効果も無い。その点君落第だからね、しっかりやってよ」


 笑いかける、とは難題だった。

 鉄面皮だのいうことじゃなく、ただ動かない。均一で、吸い込まれそうな美丈夫が気まずそうに下を向くのだ。

 こりゃあダメだぁ!とついにはクビになった。ニコニコ笑う、集客した女性を接客する。どれも出来ず、落第して。

 力仕事が村にあったので食い扶持に困ることこそ無かったものの、顰蹙を買い仕事場を追われる日々が続く。顔のミテクレがいいから人は絶えずコーバックを見つける。暴力性が薄いせいで何とでも言われて都合を付けられていく。

 何人目かの彼女に部屋から放流された時に、進退をコイントスで決めようとピンとやった。弾いたコインが水溜りに落ちたもんでぱっと見判別が付かなかったので、拾う気も失せ、パドゥル村を出てしまおうと着の身着のまま歩き出した。どうなったってよかったのだ。


 「・・・・・・シケてんなぁ」


 天気は変わりなくの曇天だ。ただ燦々晴れだっだとてシケていると感じるだろう。

 雨のない村。太陽のない村。

 景気の悪い傷付いた顔の、自ら光る気もない諦めた眼差し。

 まあ、コーバックは自身の不出来を棚に上げている。どうにでもどうぞと嵩張った体を横に揺らした。


 「———いたい!」


 「わ・・・・・・」


 人にぶつかるのは珍しくなかった。コーバック・サムは注意力散漫で、身の置き方というものを改めた事がなかった。細い人を弾き飛ばせる、厚みも体幹もあったので。

 逃げおおせる気もなく立っていた。謝る素振りがあれば違ったかもしれない。

 その細い人、小さい人は翻り、連れの心配の声を振り切ってコーバックに殴り掛かったのだった。避けられるはずもない。ぼうっと立ち竦んでいた。

 横っ面に、純黒のレースがあしらわれた手袋で、握り拳が叩き込まれて尻を強かに打った。


 「ってーんだよなァ、自分に謝ってもらえる?砂で汚れた、弁済しろカスが」


 強烈な存在感。あんまりに網膜を貫いて、尻の痛みなんかどうでもよかった。頬はじんじんと熱っぽくなっていくのだが、直線上の眼光を前には些末でしかなかった。がに股に、掌をほどいていくポージングに、コーバックは感じ入る。


 「きれーな(ツラ)

 「それ?まずごめんなさいだろふざけてるの」

 「ああ、うん。ごめんなさい」


 受け答えが成っていないまま、ここに来て他人を傷付けたのだと気付く。言われて嫌な事を相手に口走る。自覚が今の今までなかった。これは、恐らく、コーバックは毎回やってきた。楽にやり過ごすばかりだった、そればかり。

 ごめんなさい、ともう一度言った。





 ヴァーゲンの時計屋で雑用をするようになってから、コーバックは習慣付いた癖がある。裏手に人が入って来る時に、顔だけは一旦そちらを向くという無意識動作だ。

 人に嫌われる瞬間評価を軽減する、そんな効果があった訳だが、そもエランストしか裏手までやって来る人物は居ないのだ。微々たる変化と言っていいだろう。案山子より動作しない男は常に、まるで、とんと頭が働かない。

 エランスト以外が現れて、コーバックは首を捻った。


 「あれ、ガイドさん。朝からこっち来ることあんだ・・・・・・こんちは」

 「こ、こんにちは!コバ氏、お店の壁拭いてたんだ、すっごい真っ黒お疲れ様・・・・・・あのね!今日こっち来たのは理由があります!邪魔しないよっ」


 パドゥル村の案内人、アイクルーはコーバックの視界で恐々とする。よく笑い、よく喋る子ではあったが、視線が逸らされて落ち着かない。大人のガタイだとこんなもんだろうか、と思わないでもないが、理由をイマイチ特定出来ず。笑顔しか表情に選択しないで、だから事故のように声音と不一致を起こすのだった。


 「俺に会いに来たん?珍し、そんなんあるんだ、へぇ・・・・・・」

 「そ、そう!エラちゃんが、コバ氏がわたしのキーケース持ってるよって教えてくれてね、無くしたってししょーに言ったら朝怒られちゃったんだ、バレちゃった。置いてきちゃっただけなんだよ、忘れたんじゃないんだけど、村長さん家行く前で良かったもっと怒られちゃうあっ、それはコバ氏の知った事じゃないよね、あれ?」

 「鍵、鍵ね・・・・・・ああ、俺が持ってるとは誰も思わないっつー、これね?」


 昨日預かって忘れていたそれを胸ポケットから差し出した。五本の鍵が入っている皮のキーケース。使い込まれてボロくもあり、崩れそうもない手入れ跡がある。鍵穴が掘られているということもない、木製の玩具と相違ない代物。

 アイクルーは無くしたら怒られると言い、エランストは誰にも所持を悟られるなと言外に含んだ。

 別に聞いたっていいだろうと、コーバックは質問する。


 「何の鍵?窓とか箱とか開けられんよなそれ、何に使うんだ」

 「次元の扉を開ける鍵!異界も遠い場所もがっちゃんこって、一瞬で行けたりする。その時に使うんだよ。なんかね、特別なんだって。役目?なんだって。わたしの力だから、わたしにしか使えないよ」

 「俺が使おうとしてもしん・・・・・・となる訳ね」

 「鍵はただの木だもん」

 「おーん?ガイドさんって魔女だっけ」

 「違うね!別存在!魔女と我らは違う、魔女で我らは居るよ、ししょーがそれ。魔女が我らになるなら、魔女が我らと子供作らないと無理かな。わたし魔女じゃないから魔法は出来ないよ。我らって薄っすら繋がってるから、何か聞こえるとか感じるとかはあるけど魔法には無力だよ!結構無防備だから!」


 全部を口走る勢いでアイクルーは訴える。傷の顔、とコーバックは思った。笑顔だったがそれは読み取れる。人の機微は見てきたのだ。


 「魔女と何が違うんだ?違いがわかんねえけど、何そのごっちゃごちゃの顔」

 「コバ氏、コバ氏はね、大人みたいな顔してるけど実際は大人じゃないなあ!思い出しそう、頑張って、ええと、コバ氏は大人ですよって顔をしながら同い年みたいな話し方する。思い出すよ、聞かれちゃったら考えちゃうもん、魔女って何するんだっけ?違うね、魔女って何したんだっけ?誤魔化されてるんだ、———ァ!思い出した!!泣きそう!!」


 不自然が浮き出してぼろぼろ崩れた。自我を塗り替えられた別人のようだったし、自ら淀みから抜け出し息を吹き返したかのようだった。それだって笑顔の向こうで読み取れる顔だったから、丈夫な仮面じみた表情管理だ。


 「何、わかるように言えよ。魔女にされた?何、魔法かかってんの」

 「魔女!魔女にやらされてた!わたしやらされてたんだ!しかも忘れてた、どうにもならないって思ってたけどわたし」

 「わかるように言えって」

 「怖いなー、怖いなあコバ氏!コバ氏と話すと前提が乱れるなー!怖いのダメなんだ、忘れたくなっちゃう動けないわたしに戻される!正直者だね、純粋に正直者。泣きそう。あのねコバ氏限界なんだ、もうエラちゃんとこ戻っていい?エラちゃん呼んでるよ、もう質問しないでね皆が居る時にしてほしいな」

 「それを早く言えよ。はあ。エランストが呼んでるってそっちが最優先だろうが」

 「やっぱり同い年みたいな言い方する、わー!エラちゃーん!」


 キーケースを両手で握りしめて、アイクルーは踵を返した。泣きそうはどうやら比喩ではないらしい。受け答えの失敗から省みてなるべく会話する努力をしていた。アイクルーには変な圧力になっていたらしい。毎度オカルトを受信し真理や核心に晒されて、アイクルーは縮み上がる羽目になるのだけど。純粋な言葉は真実と相性が良かった。少なくとも、血筋が強いアイクルーにとってはだが。

 稀に過ぎる扱いをされるので、コーバックはしみじみ観察してしまう。後に続いた店内で、こんな言葉が飛び出した。



 「・・・・・・とんだモノ拾ってきたな、うちの村」



 「ただいま!」真っ先に青年の左側に座る。後ろを通ればよかったのだろうが最短距離で立て直しにかかったのだ、アイクルーは若干挙動不審だった。

 何かありました、という空気は無いものとされ滑り落ちる。ちらりとエランストがコーバックを見やり、壁側にずれた。自然コーバックはそこに座った。美丈夫を持ってきて、そこに起きました。あまりに疑問無くそうしている。

 

 「鍵持っててくれてありがとうコバ氏、エラちゃん。ハルト君もお待たせ!」

 「おかえり、全然いいの。お喋りしてただけだから」

 「有意義だったよ、無事獲得できて一安心だとも。意志確認も強固だ、喜ばしいね」

 「何が拾いモンだって?ようわからん」


 顔を見合わせて、四方それぞれに確認があった。別にいいか、みたいな空気。隠すつもりもない、邪魔する気もない、お互いが敵じゃあなかった。奇妙な連帯感、は幻覚だったのだけど、お茶菓子が出されていることだし、直情で言い放つ。

 

 「まずは、自己紹介だ。僕はレオンハルト。一文無しの旅人だ、どうぞよろしく」

 「コーバック・サム。そう名乗ってる、どうも」



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