麗しの時計屋エランスト
びっしりと敷き詰められている。壁紙のように、カーペットのように、等間隔に時計が並ぶ。同じ色、同じ色。ひしめいていると言ってもよかった。
奥のカウンター、裏手に続く扉、手前に二対のソファーとテーブルがある。ガラスケース含めほぼ時計に占領されていた。執拗と言っていい。執着心がこびりついた店内で、アイクルーは呼びかけた。
「こんにちは、こんにちはエラちゃん!お邪魔しまーす」
気配がのそりと表れる。カウンターの内でうつむいていたらしい。壁の時計と装いに隠れてしまっていたのだ。売り物みたいな純黒のドレスだった。
物憂げで、憂鬱な目が覗いている。
「・・・・・・こんにちは、アイクルー。いらっしゃいませ奇特なお客様。ヴァーゲンの時計屋へようこそおいでくださいで。支店長のエランスト・ヴァーゲンでございます」
目にかかる黒髪は艶めいている。陰鬱と死体を想起させる大きな瞳と、容姿にあてがわれた黒いフリルのドレス。靴の先まで上品な美術品のようなのに、ソファーに近寄って来る頃には時計修理で染みついた油の匂いが鼻を突いた。
「そちらにどうぞ、楽に掛けてくださいな」
「はーい、ハルト君こっち!」
「では失礼、感謝する」
アイクルーが真っ先に座り、隣にレオンハルト、二人の正面にエランストが座った。
「暗い?エラちゃん。うぅってなってたよ、大丈夫?」
「幻覚の直後よ、慣れるものか。アイクルーは、ちょっとだけ元気みたい」
「ハルト君のおかげ!」
「こんにちは。僕はレオンハルト、どうぞよろしく。文無しの所をパドゥルに雇ってもらったんだ。仕事先に案内してもらう途中なんだが、さてアイク、君の用事を済ませよう。僕は後回しで構わないよ」
「わかったよ!あのね、エラちゃん。わたしの鍵、キーケース、エラちゃん家に忘れちゃったと思う。あった?」
「ああ、あれね。あったよ。ちゃんと預かっとかないとと思ってコーバックに持たせてるの。悪いけど、裏手に居るから呼んできて。休憩入れるから」
「わかったー!行ってくるエラちゃん!あっ、新しいドレスかわいいね!綺麗!」
「ありがとう。アイクルーはもう少しお洋服買おうね。行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい・・・・・・行動力がある」
眼鏡と柄を直してレオンハルトは言う。座ったと思ったら直ぐ裏手に吸い込まれて行ったので、暫し感覚が置き去りになった。
くふ、と小さな口が笑む。
「いじらしい。落ち着きは無いけど・・・・・・ああ、お茶を出すならまた立たなくちゃいけないのに、気が抜けてるのね。珍しいお客さん、ちょっと待って下さいな。買ったものだけど美味しいクッキーがあるの。紅茶は平気?」
服が擦れる音さえ最小限だった。平気さ、お構いなく。そうレオンハルトは返す。
「良かった。コーヒーはカフェインがね、効きすぎてしまうから置かないの。頭痛の次は睡眠障害、自分は自分で守らないと」
「エランスト支店長、聞きたいことがあるんだ」
「何でしょう。お話できることは限られてるけど」
「幻覚で何を見たんだ?これは毎回同じモノを見るのかな。僕はこの通り度が強い眼鏡をしないと碌に見えない視力に落ちたんだ。それは事故だったんだけど、直後の絶望感を揺さぶる不快な改変が見られた。エランスト支店長の場合はどうだったのかなと思ってね」
「話したくないな」
エランストはケトルやカップを乗せたお盆を持ってきて、紅茶を二杯入れ、クッキー缶の蓋を開ける。もてなす仕草は完璧で、言葉だけが拒絶した。
「今日喰らっただけの男にそこまで話す義理はない。プライベートは詮索しないでね、忠告されなかったの」
「されたな、丁寧に教えてくれた。だから真摯に無視しよう、僕はちゃんとそれを破るよ。知りたいんだ」
レオンハルトは挑むように言った。
「この村がこんな不快さを我慢している意味がわからない、まるで理解できないから!アイクに聞くのは可哀想だ、それは人情じゃあないだろう、そう教わったんだ、学習した。エランスト支店長はじゃあ、何で我慢しているのかな。それを話してほしい。僕は客、客には相応の接待をするプライドがあるだろう?家主の責任感があるから自分の事は自分で守っているんだ、違うのか?」
「おお凄いな、何を拾ってきたんだろううちの村・・・・・・そうね」
エランストは皮肉げに言う。
「プライドと言われては張らないと、自分の沽券に関わるの。よろしくてよ、自分の城では好きに胸を張ろうかしら」
両手を合わせれば、鏡要らず。
背格好も顔のパーツもよく似ていた。お揃いにするのが当然の事で、だって自分が二人居るのと同じなのだ。これは最早、区別する方がナシだ。
同じものが好きで、同じものが嫌いだ。当然同じものが好きになるし、同じものが嫌いになる。
将来は一緒に居よう。家の時計屋を継ぐ時は一緒にやろう。
計算はどっちが得意?
駆けっこはどっちが得意?
お喋りはどっちが得意?
「エラの方が得意」
「ユミの方が上手」
「もうおそろいやめよ」
「ずっとおそろいしよ」
「わかってよ」
「わかんない」
「こっちがミジメなんだってば」
「そっちができるようになれば」
「ほら、ぜんぜん違う」
「なまけんぼ!」
両手を合わせれば、鏡要らず。
よく似ていたけれど、区別はずっと、最初からあった。あっちが嫌いで、こっちが嫌いじゃない。その時点で、お揃いになる意味も無くなった。自分が二人、は幻覚だ。最強の生き物のつもりでいた。自分の事は自分一人で守らなければならない。それに気付くのが、遅かった。
生気のない瞳が沈む。
「・・・・・・言われた事は大したことじゃない。今自分は家族と交流してないけど、兄弟はもっと遠い。相手が大層気まずいらしくて、だから背格好も変わってるんだろうけど知りようもない。ああ、決まって同じ相手、同じ記憶よ。自分は。亀裂の記憶、それの会話の繰り返し。まあ、同じ村にいるんだもの、同じ幻覚を見てても不思議はないから、毎日会いずらくなってんだろうね」
「同じか、ほぉ。それじゃあ何故出ていかない?我慢してるのは何故」
「忘れる。ドレスが汚れてもぶちのめしてやると心に決めても、反抗心を忘れる。気持ちが続かない。消されてるのもあるし、閉じ込められてるのもある。自覚があるというのは、心を折るので」
「ならより迅速な行動で解決するしかない。何時とり憑かれるかわかったもんじゃないな。訓練に瞑想が含まれていて良かった。スピリチュアルはつかめなくて苦手だったけども、隊長の方針に従っていて良かった」
「訓練・・・・・・どこまでのものか知らないけど、正気でいられる内に出て行ってもらっていいかな、遊びじゃ済まないの。冷やかしてんの?」
「冷やかしてないとも。僕は真剣に向き合ってるのさ。そもアレに神経を使うなど鍛錬が足りないよ。ゾッとして、怒りが沸くだけだ」
「何をするおつもりで」
「言ってなかったかな、該当する呪いの殲滅、根絶やしさ。どんな理由があろうとも、僕には関係がないからね」
「そいつはまあ・・・・・・結構な。いやはや」
人間らしく、顔をしかめて苦しそうだったエランストは、一瞬陥っていた暗い渦みたいな気持ちが何処かに落っこちた。まじまじとレオンハルトを凝視して、何とか言葉を返すしかなく。
「・・・・・・とんだモノ拾ってきたな、うちの村」
そう、皮肉を言った。




