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笑顔を作る案内人


 「貴女にしか頼めないことなのよ。

 貴女にしかつかめないものでもある。貴女にしか資格がないものでもある。

 それは生まれてから存在を実感するまでもなく、貴女の一部として備わっているの。

 それはね、貴女のお兄ちゃんにだって、お母さんにだって、お父さんにだって持ちえない、貴女だけの役目なのよ。

 貴女がそれを全う出来るように、何だって身に付けてあげられるわ。

 だから、弱虫な小さな、怖い気持ちは、誰にも見せちゃいけないのよ。

 つけこまれて、取り返しがつかない事態になるからね。

 貴女にしか、出来ないことなのよ。

 頑張らなくちゃ、貴女の価値を証明して見せなきゃ、生きている意味なんてないからね。

 貴女のために、助けてちょうだい」





 土気を被った民家が並ぶ。砂を落とすのに人が出ている。陽光が無くて湿っているから、雑巾で磨かないことには綺麗にならなかった。血色が悪い頭が浮かぶ。服は布の幽霊が風で飛ばされているようで、小さな物音一つで一斉にきつく睨み合いが始まる。

 レオンハルトはきょとりと一瞥した。くすんだ茶髪に三白眼、眼鏡の度が強いのでよりきつく見える。軽装に、長槍と荷袋を背負っていた。横に居るパドゥル村の案内人に尋ねる。


 「横風がひどいのかな?ぐるりと森に囲まれたなだらかな土地だと記憶していたのだけど」

 「気候の悪化。まあ、呪いだよね!わたしはよく知らないけど、手間とか邪魔とかが増えた事の根本は大体呪いだよ。風だって、外観を損なう無視できない処が重点的に汚れてる」

 「納得だ、空気の居所で変わる山よりは心がある。人情というものだろう?底がない沼よりは理解出来る。あれは存在が許せない、僕は。先輩も言っていた、そういう意味だったんだな」

 「頭が良い!先輩ってお兄さんみたいなものかな?いいよね、いいよね、山よりは有!戦士って頭も良いんだね、すごいね!」

 「先輩は年長者であり僕の師匠に当たる隊長はその下の歳、けれど僕よりは年上だから歳が上という意味では先輩!同志ではあるもののそれはそれ。隊長はとても強くて凄い、ありがとう」

 「やったね!これで人生は真っ直ぐ最速だ!雷の如し!」


 かんからこん、と童が二人。

 苦々しく見やる視線は固く、小石が飛んでくる事は無いにしても、外聞は気にした方が良いだろうに全然相手にしていない。レオンハルトは一点に釘付けだったのだ。

 案内人を受け持つ少女はアイクルーと名乗った。瞳を弓なりにして、友人と歩くように少し前に居る。モーヴシルバーの短髪がキラキラしていた。親しみを感じる睫毛が瞳を遮り、微笑みの形を作る。

 武器を持たない、女の子だった。ショートパンツに厚めのブーツ、丈の長い上着を羽織る、笑顔を上手に作る人だ。

 心を掴まれたんだ、とレオンハルトは思う。


 「雷、雷か。速いのは良い。先手を取れば首に届く。ところでアイクルー、僕はパドゥルで何をして稼げばいいのかな。外敵を狩るには槍が少し手入れ不足で不安がある。僕の手番が回って来るかはわからないが、外敵の排除以外の仕事を先にやりたいんだ」

 「力仕事あるよ!山羊の世話、壁の張り替え、村周りの夜警とか。まずは山羊!案内するよ」

 「動物。やったことないな」

 「ハルト君ご飯食べた?ランチ終わっちゃったな!女将さんケーキ焼くんだ、多分食べてってって、言うよ。その息子さんが山羊何匹か買ってね、ちびっ子がうんと元気だって。その子の世話大変だよ、嚙まれないでね!」

 「任せてくれ、実戦形式は得意だ。完遂してみせる・・・・・・ところでアイクルー」

 「はあい?」

 「ハルト君?」

 「ハルト君!」

 「じゃあ君はアイク、どうだろう」

 「アイクーアイクーわたしアイクー」

 「お気に召したかな」

 「うん!ありがとうハルト君」

 「それは良かった。僕も気に入ったとも、あだ名で呼ばれるなんて初めての経験だ。心が騒ぐよ、この出会いに感謝する。アイクは素敵な人だね!」


 声高に言う。反響したそれに視線は鋭く、横を通って投げられた。頭が痛くなるトンチキ具合なので、すでに遠巻きに避けられている。

 レオンハルトは揺るぎなく、やっぱりアイクルーを一点注視して、静かに笑いかけた。人馴れしない野鳥なりの歩み寄りだったのかもしれない。連れ立って、目を合わせて、交換し合うように交互に笑った。同じ同士だとピンときて、それがわかりあえているから可笑しかったのだ。他人のような気がしなかったのだ、確実に初対面だったのに。

 とんからとん、と柵を跨ぐ。

 腕にちくりと枝が掠った。アイクルーは両腕を通せる上着を着ている。

 行き慣れているといった感じで、生け垣の方に向かうのだ。

 一軒家が建っている。宿を担える程広くはない。アイクルーの視線の動きと、笑顔の作り方に違和感を覚えた。

 アイクルーは言う。どことなく言いあぐねているといった風で。


 「嬉しいな、嬉しいな。ありがとうハルト君。この村ではね、ガイドって暇なんだ。ししょーの家にすぐ帰されちゃうくらい、ガイドってやることないんだ。だからこんなにお喋りすることもないんだ。ガイドらしくできたのも本当久しぶり。だから嬉しいんだ、とっても・・・・・・とっても!」


 振り返る。レオンハルトは自覚の前に、背中の長槍に手を添えた。米神の鈍い痛みを切り捨て無視し、戦闘態勢に移行すること、実戦通りの仕草だった。きつい三白眼が細めて、冷たく見やる。

 アイクルーの笑顔は変わらなかった。場違いに、眠そうにしているからまだ何もしなかった。


 「おかえりなさい、レオンハルト君。時間だよ」



 意識が起きた。吐き気が見知った味付きで、息が詰まって強制的に覚醒した。

 しかしておかしい。吐き出したゴミがどこにもない。よくよく確認してみたら苦味すら喉に残っていなくて、吐いた気がしただけだと事実が知れる。何にも無かった。何故か起こされた。

 理解して、気落ちした。夢だこれは。ただ起きた、それだけの夢。

 頭が痛いから、眉間をつまんで耐えている。視界が悪いのは、眼鏡を掛けていないからだ。矯正された視界に慣れた脳が混乱している。


 「・・・・・・起きたな、レオンハルト。本日の訓練は中断した。回復に専念してください。調合の日程は調整しました。伝達事項は以上。レオンハルト、質問は」

 「・・・・・・隊長は、ご無事で」


 再現だ、と頭ではわかっている。

 

 「欠損ありません。裂傷ありません。打撲無し。手豆が破裂。問題はありません」

 「ああ・・・・・・隊長。貴方が相変わらずにいるから実感しました・・・・・・死にぞこなったんだと」

 「頭蓋を投げ叩き、岩で切ったのです、レオンハルト。始末書を書く意味は無いが必要だ。僕に出してもらう」

 「死んでないんですね、思いっきりやったんですが、いや、生き残る算段はしてたんですが皆夢中で、死角だったんですよ、突っ込んだのは僕です」

 「全然頭が回っていません。確認は済んでいます。動かすな。出来ないなら目は閉じろ。返事をしてください」

 「ハイ」


 あれ程恐ろしい隊長は稀だった。隊長の顔を見て報告したかったが叶わず、天井の亀裂も見ていられない。目に水が詰まっているような不調が無くならなかった。

 記憶の通り、前後不覚。そうだった、自分がどうなっているのか、もう聞き出せないと不安だった。隊長の意向に逆らう気が無かった。

 あの時そのままの記憶だ。


 「レオンハルト、()()()()()()本当に伽藍洞で、泥を濯げば綺麗になるかと思えば、てんでそんなことはありません。誰かの態度を猿真似して、さも同じ人間かのように振舞っている中身の無い外殻だけの人形のようです」

 

 「()()()()()()()()()。他人の真似が下手じゃあないか、僕の目は誤魔化されませんよ。ボロを出しましたね。隊長の喋り方は崩れないんです。僕は見たことがありません、無理があったって崩しません隊長は。マニュアル人間は隊長が先なんですよ。人間を真似るなら目の前の尊敬する人になるでしょう、実践したんです。未だに下手を打つ僕とは違って隊長のそれは筋金入りの大ベテランです。僕の記憶から出てきた隊長がこれなら僕もまだまだという事だ。僕の記憶の隊長なんかアテになる訳がないのだからより程度の低いものになるだろうて。こんな騙し討ち辞めてくれないか。対面しよう、対話しよう、どうして僕の大切な人を貶めるのか、僕に話してくれないかな!」


 気落ちした。記憶の中で再会出来たと思ったのに。

 断行する。だったら今怪我はしていない。目と脳を負傷したその時じゃない。痛い、苦しいなど気のせいだ。ならば、ここにいる理由は無いのだ。時間の無駄だ。

 そうして、レオンハルトは起床した。



 「君だね、アイク。これは君の仕業だろう?」


 倒れてもいない。アイクルーと向かい合っていたままの体制。気絶でもない。レオンハルトは長槍の柄をしっかり掴んでいた。体感経過はほんの一瞬、夢を見た直後の眩しさがある。

 きつい瞳が冷えていく。笑っているのは形だけだ、問い質す気でいっぱいなのだ。

 再度言う。


 「違うかい?」

 「ハルト君も見た?」


 些か青ざめたアイクルーが言った。誤魔化しか、怯えたフリか、取り様はいくらでもある反応。


 「見た。それで?」

 「だよね、大好きな人、見たよね。このくらいの時間で見ると思ってたんだよ。タイミングがこのくらいで来るって。ハルト君が居てくれる時でよかった」

 「思ってるのと違うな。タイミング、わかってるならその顔はしない。君と事実の相違があるとしようか、聞くけど何だってこんなものが見えるんだ」

 「勝手に見えるから。あなたの弱点とか痛い所とか、大好きな人に言われちゃったら痛いよね、時間経過でそれが見えるんだよ。起きてる間も悪夢を見てねっていう、そういう時間。そんな呪いもあったりするんだよ」

 「君も同じような夢を見たと?」

 「怒られたことないんだけどね!とっても優しい兄ちゃんにわたし、あはは、兄ちゃんが言いたくない言葉を言わせちゃう。あは」


 ころんと瞳が宙に逸れて、直ぐに戻った。表情は変わらず笑顔だ。


 「……パドゥルを出るなら今の内だよ。出ていく気持ちがある内にね!残念だけど」

 「君の仕業じゃあないんだな、それなら結構!前提は決めた。とすると問題は目障りな呪いだ。あの夢の、幻覚の?呪いは要らない。コイツを叩いて根絶やしにしたいな。アイクはコイツの根本を知ってるかい?」


 楽しそうに、レオンハルトは言った。返答如何によっては槍を刺す、情けは無い。そんな気も仕舞って目の温度を戻す。柄を握る利き手を分かりやすく離すので、それが敵意は無いというレオンハルトの作法らしかった。大げさに、にこにこしている。

 態度の方向転換にアイクルーは付いていけない。ぱちぱちと瞬きを返して、何とか案内人らしさを取り戻した。


 「……あれぇ、考えた事もなかったよ。何でだろ?それなら村長さん家!奥さんのヘイスさん、魔女だよ。忘れてた……ううん、気付かなかった!おかしいな、おかしい。確認したいからししょーに聞くね!ししょーは知ってるよ!」

 「それきた!さっすがだアイク、ガイドさんの鏡だ。善は急げ、アイクの師匠に会いに行こう」

 「わたしん家だねー!でも待ってね、ここに拠ってからから案内するね。鍵、大事な鍵忘れて来ちゃってたんだ!ししょーに怒られる!」

 「こことは?誰の家?」


 生け垣に囲まれた一軒家。砂埃を綺麗に排除した清潔な外観を保っている。毎日時間をかけて磨いているのだ、その労働力がある人物が住んでいる。


 「友達ん家!修理も組み立てもやってる時計屋さん。多分ねー、今日はしっとりクッキー出してくれる日なんだ!」

 「そいつは良い!丁度腹の虫が煩い頃だ、幸先がいいね」

 「わたしパドゥルの案内人だからー!何でも、何処でも!連れて行ってあげるよ!」

 「何でも出来るじゃあないか、楽しくなってきた」

 「やったねハルト君」

 「任せてくれていいとも、アイク」

 「あはは、わたしが先だよ!」


 正気の彼方、一笑して、弾み合いながらノックした。それでいいのかレオンハルト、合っているのかアイクルー。指摘できる者は誰も居ない。時計屋の敷地に入った段階で、どう転ぼうが無視される。住居と店から離された立地で、行き来に不便する離され方をしている時点で、望めない展開だった。

 抑々悪夢を見た後は、自分の正気を見つめるのに手一杯なもので、細かい所は感知されないので。楽しげな二人組だけが、生き生きと呪いの渦中を闊歩した。

 いい日になるよと、二人だけが笑っている。


 

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