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門から入る一文無し

 辺鄙な場所に村がある。太陽と村が疎遠だった。日がな一日空を眺めても、曇天に覆われて晴れないのだ。評判が悪くて、人が寄り付かないパドゥル村は、もう随分と日差しを見ていない。

 まるで悪人みたいなんだよ、人相が、そう見えるんだ。

 門番のフィアンセはそう言った。悪い人に見えるんだから、景気も悪くなるってものでしょう、と。

 血色の悪さは日差しに焼けない肌にある。白い顔の上では雲が村全体を覆っている訳だからより病人じみた顔に見えるのだ。調子が上がる事なく地面を見ているのをあげつらわれても、どうしようもない。土地柄そうというだけで、随分言われてしまうものだと思う。

 門番のフィアンセは言うのだ。肌を明るく塗っても死体みたいな色になる。厚く塗ればオバサンよ、出先がないからマシだけれど、気が滅入るわ、ほんとうに。

 門番に化粧の何たるかはわからないし、フィアンセをそっと確認してみても悪人や死体に見えたりはしない。当然ではあるが何か予感を起こさせるという事もないので、評判が悪い、の内約は判然としなかった。

 わからない、はわからないのだが。

 評判が悪い、を軽視も出来ないだろう。

 パドゥル村は、人がいなくなって、事態が停滞してしまっていた。


 「まあ、珍しいってことよ」


 久しい旅人に向かって、手続きをしながら語ってしまう。


 「若い人がこっちまで来るなんてね。言っちゃあなんだが辺鄙な所だよ。若いのと、仕事が出来るのは皆出て行ってしまったんだ。まあ、でも何もないとは言わない。パドゥル村は旅人とかにガイドが付くし、大抵は何とかしてくれるよ。全部案内の子に言ってくれていいから、場合によって対応出来る者に変わってくれるからさ」

 「心より感謝しよう。いやなに、もっと早くに着けるはずだったが何分旅は初心者なもので、悪戦苦闘を続けた末に身銭を切らして一文無しさ。動物を狩るにしろ武器を磨くにしろ消耗していったものを揃える金が無いんだ。入村料を払えない僕を雇ってくれるというのは願ったり叶ったりなのだ、再三言おう、心より感謝しよう!僕はこの村に救われた!」


 くすんだ茶髪から覗く三白眼が、度の強い眼鏡でさらにきつく見える。振る舞いが大げさで、それでいて粗雑さはないのだ。そればかりと思えない目力があるので、ただの旅人、とは言えないだろう。


 「ああそう、まあ、若い内は苦労しようって奴だ。どこだって人が足りないから稼ぎたいだけ稼げると思うよ。大歓迎。案内してもらって、宿はツケだから借金になるけど真面目に働けば返せる安宿だから。ええと、持ち物・・・・・・長槍に、ナイフが三本。空の財布にこれは、これじゃあ外では眠れないんじゃないか?」


 ぺしゃりと潰れた荷袋の中、ナイフを纏める丈夫な帯と、役目を終えた旅道具がぼろくずになって入っていた。得物と財布以外は本当に何も持っていない。眼鏡の柄を押し上げて、青年はそうなんだよといった体で明るく言う。


 「僕は山のある森林で仲間達と訓練を受けていたのだけど、色々と事故が起きて頭を切ったんだ。そうしたら、この通り視力がとんと落ちてしまって、規定に満たないという所で追い出されてしまったんだよ。おかげで身寄りも失くしてしまった。元々あそこが僕を身受けしてくれたんだ、出ていきたくはなかったけれど、仕方ないさ。規定を満たしていたから置いてもらえたのだから」


 場違いに楽しそうな言い分だった。


 「酷い話だ・・・・・・いや、そうでもなかったのか」

 「とんでもない!彼らには本当に世話になったんだ。鍛えてくれた師のような隊長がいる。彼らに出会ったのは僕の幸運だった。幸福だった、とても。よくしてもらったんだ、今でも彼らが大好きだ。だから、うん。出て行かなくてはいけなくなったのは、僕の、不幸ではある。僕の不幸はあの砦にある!古巣が恋しいとも、とっても」

 「最近の子はせわしないね。まあ、元気があるのは良い事さ。えー、レオンハルトさん。・・・・・・レオンハルト、へぇ、いい名前をつけて貰ったじゃないか。威勢がよくて、立派な名だ。いやね、名前ってそれだけで保障が効くんだよ。呼ばれて、知られて、自分自身の力になるんだ。私も年々実感するばかりでね。ああ、ごめんよ、話の腰を折ってしまって」

 「全然!好きなんだこの名前は、だから僕嬉しいんだ。門番殿、貴方の名前をお聞きしたい!心より申し出よう」

 「どうしたどうした?えらく力んで」


 目に輝きをにじませて、門番に迫る。窓口から押し入らんばかりの剣幕にさしもの門番も面食らった。


 「何か間違っているだろうか、適切な表現だと思ったのだけど」


 感情が抜けた無表情で切り返す。適切というにはチグハグだった。

 レオンハルトの処世術は、又聞きと受け売りで出来ている。身近にあった男性の話す所の「男の何たるか」を額面通り、そのまま信用して学習していた。実感の伴わないまま身についたそれは、平均的であるか、一般的であるかも身の上の事情で知り得ない。貼って伸ばしただけの立ち振る舞いは、「至って普通」「親身で軟派」な知人からはかけ離れているのだった。

 懐くフリをした野鳥の目。

 門番からはそう見えてしまう。


 「間違ってるとは言わないけどね、びっくりしただけだよ。私は門番のトケロ。レオンハルトさん、パドゥル村に迎えるに当たり、いくつか承知してほしい事があって。これが多いんだよな・・・・・・さて、夜に訪ねて来る者は宿の者の声でも相手をしないこと。理由はない。夜に外出しないこと。理由はない。ガイドの案内にはなるべく逆らわないこと。理由はない、だ。ホントに理由は聞かないでくれ、私も村のしきたりに従っているだけなんだ。起こったことはあってもそれが何なのか、説明を省かせてほしい」

 「なるほど、了承した。心に誓う、適した振る舞いをすると約束しよう」

 「早いんだよな返事が、良い事だけどね。ええとね、耳に入れて、それから決めてくれ。パドゥルに取り込まれるか、事前に避けて別に頼るのかを」

 「なるほど。再度承知するとも、勿論!」

 「だから早いよって。ゴホン」


 パドゥルで周知の事実がある。

 村の中で話そうものなら出所ごと捕って潰される事態になりかねなかった。

 事実は知っていてもらわなければならないけれど、触れてもらっては困るタブーな話。


 「村長さん、魔女を手酷くなじって呪われてるんだ。家から滅多に出られなくなっている。村の中もおかしくなってしまった。上手く言えないけどね。何て言ったかな、薬をね、売ってくれる魔女に向かって、薬がこんなに高いはずないだろう、もっと安く作れるはずだ、女だからって男を便利に使っているんだろう、お前らの魂胆はわかっているんだ、とか、何とかね。もうえらい騒ぎになって、根こそぎ魔女が出て行ったんだ。誰にせよ怒らせたらろくなことにはならないものだけど、パドゥルはな、この土地柄の気候もあって偏頭痛とかで薬が要るんだ。だのに医者が一人しかいないんだ、今。そういう訳で皆イライラしてる、げっそりしている、心が狭くなっている。出ていける奴は出て行ってしまって、出て行けずに留まった奴しかいないんだ。門番は一人仕事、気楽なもんだけど、俺を基準にしないでくれ、こんなじゃないから。パドゥルはさ」


 大らかに、トケロは言って様子を伺った。レオンハルトの返事は明朗だった。迷いがない。


 「わかったよ門番のトケロさん。忠告感謝する。僕はパドゥル村に滞在するよ、一文無しだから」

 「返事がね、早いんだよね、うん」

 「何か間違っているだろうか」

 「全然。いいさ、珍しいというだけだよ。はい、手続きおしまい。」


 滞在届を差し出して、門の開錠に立ち上がる。

 

 「楽しんで。ようこそ」



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