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次元の扉は開かれた! プロローグ

 冷たい壁の前でうずくまっている。子供部屋の、窓側にはベッドが二つ並んでいた。カーペットに、耳の上から頭を抱えて、ずっと震えている。ベッドに行けばいいものを、恐怖に負けて片手だって伸ばせない。温もりが足りなかった。

 壁の中に道がある。

 地面の下に魚が泳ぐ。

 遠い所に三歩で行ける。

 壁なのに、そうだった。地面なのにそうだった。行ったこともないのに、そうだったのだ。

 帰れなくなる。壁の中で迷って、地面の下に沈んで溺れる上、行ったこともない知らない場所に放り出されてしまうのだ。

 世界の中で、独りぼっちになっちゃうんだ。

 殺されてしまうんだ。知らないものに殺される。それがいつなのかわからないから、一歩だって外には行けないのだ。

 

 手を握っていてくれる。

 大丈夫だとずっとさすってくれる。

 確かな温もりだけが、少女を少女たらしめていた。大好きな人の手がぎゅっと握っていてくれるから、依然として世界の全てから感じる恐怖をやり過ごすことが出来た。


 「君と兄ちゃんは特別なんだ。血縁の中でも特に血が濃いんだ。君の見ているものは正しく君だけの、持って生まれた才能です。それをどうすればいいのか、全然教えては頂けないから、ずっと怖い思いをしているのですよ」

 「・・・・・・兄ちゃんは見てないの?あのね、割れちゃうんだよ。落っこちちゃうくらい、死んじゃうくらい下があるんだよ。兄ちゃんもママもどうしてこわくないの?」

 「君と兄ちゃんは違うんだ。君が何もしない限り、兄ちゃんは君が見ているものを見れない。下があると仰る場所で兄ちゃんは落ちる事なく生きていけます。兄ちゃんにとってはただ床があるだけなのです」

 「なんで?あるのに。見えなくなっちゃうくらい真っ暗なのに。危ないんだよ?」

 「君にとってはそうだ。兄ちゃんにとってはそうじゃない」

 「なんで?なんでよ・・・・・・」

 「君は世界が広いんです。兄ちゃんより遥かに関わる世界が広いんです。だからハッキリさせよう。君の才能で君が潰れないためだ。君の力が君の意思で使われるために練習しましょう」

 

 兄とは四歳年が離れていた。温和で平な性格をしていたので、泣いたり、泣いたり、泣きじゃくったりだった少女に向き合ってくれた。兄から見た正気の世界と、少女の世界とを知っていく。

 兄は教えてくれた。

 開かないことにはただの壁だった。ただ歩くのにうんと下まで落ちる事は無い。少女には次元を超えて何処へでも、三歩でたどり着ける不思議な力があった。少女が落とそうとしない限り、誰かが下に落ちていったりしないのだ。

 兄は少女に教えてくれる。

 木から削って形を揃えただけの、五組の鍵を持たせて言った。

 「自分に約束をするのです。鍵を使わないことには扉は開かないと約束をする。そう思って、実際にそうして信じていく。一本は、いつでも兄ちゃんの所に行ける鍵と思ってくれて構いません。兄ちゃんはいつだって君の身を案じています」


 「・・・・・・幸せになって」


 父に連れていかれた兄は、最終的にはその父の元も離れたと聞く。

 兄を感じることはできた。特別濃い血縁の血は不思議なことを度々起こすので、三歩で会いに行けるのもあって、一度だって鍵を使う機会は無かった。兄に必ず会える鍵。何というか、これはお守りのようなものだと思っていた。兄が生きているのは感じるから、温もりを抱いて少女は生きていくことができた。

 立っていくのは苦しかったけども。

 壁に引っ付いて、じっとしていたかったけども。

 心細さが、痛いくらいに身を蝕んでいたけれど、兄に心配をかけたくなかったのだ。

 冷たくも見える兄だったが、自分事全てを投げ出して誰かを心配してしまえる人だった。

 扉を開けば絶対に、自分の味方をしてくれる人がいる。

 頼りにするには十分な温もりを持って、少女は生きていた。

 母は生活が出来なくなった。

 少女が泣き過ぎたので、泣かなくなった頃には表情という表情が抜け落ちていたので、ささ波が立とうがぶっきらぼうに過ぎたので、母には耐えられなかったのだ。誰とも会わない土地に行くと母は言う。少女は遠縁を辿って移り住む事になり、家事や、知らない人々との関わり方を学んでいきながら、自分に出来る仕事を割り当てられたのだ。

 世界に出たら、まずは笑顔で言う。笑っていないのだとしても、少女は笑顔を作っていた。

 一等大事なことは、心配をかけないことだった。

 

 「大丈夫!大丈夫ですよ、ようこそパドゥル村!おかえりなさい!村の案内人アイクルーです、どうぞ何でも言ってくださいね!」



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