⑥
「まさか……これが君のやりたいことなのか?」
「はい、そうです。一つ目はサフィード様とお茶をすることですわ」
「……!」
「やっと叶いました」
彼女は手を合わせて微笑んだ。
フィオーネの優しい声色に何故か涙が溢れ出そうになってしまう。
それを隠すように下唇を噛み締める。
申し訳なさや、自分の不甲斐なさ、今まで逃げ続けていたものが一気に襲いくる。
今すぐに酒が飲みたくても目の前にあるのは紅茶だけ。
なんとか紅茶を飲もうと手を伸ばすがピタリと手を止めた。
テーブルマナーはなんとなくは覚えているが、もうほとんど忘れてしまった。
だけど喉が渇いて仕方がない。なんとか紅茶を飲み込んだ。
苦い紅茶は久しぶりに飲んだからかビリビリと舌が痺れた。
次第に腕が震えてしまい、今すぐに逃げ出してしまいたいと思っていた時だった。
「……サフィード様」
名前を呼ばれて顔を上げる。
ホワイトゴールドの髪が太陽の光に反射してとても眩しく思えた。
彼女は聖母のように微笑んでいるではないか。
手にはガサガサとした肌が触れていて、心が更に痛んだ。
「サフィード様、落ち着いてくださいませ」
「フィ、オーネ……?」
「わたしがおそばにおります。だから……大丈夫ですから」
サフィードの手の上にフィオーネの小さく白い手のひらが重なる。
すべてが浄化されていくような気がした。
心が洗われるとはこういうような感覚なのだろう。
「もう一度、紅茶をどうぞ。落ち着きますわ」
「……ああ」
再び紅茶を飲み込んだ。今度は苦味は消えてとても甘く感じた。
(……フィオーネのおかげだ。心が落ち着いてくる)
フィオーネと共にいるとアルコールを摂取していなくても現実を忘れらる。
サフィードは今まで感じたことがない多幸感が溢れ出ていく。
今まで心を覆っていた闇が晴れていくような気がした。
(ああ……フィオーネがそばにいてくれたらそれでいい。彼女がいれば……俺はすべてを忘れてやり直せるのかもしれない)
今までやっていたことが水に流れていくようだ。
自然と手の震えが止まっていた。
落ち着いたところでフィオーネの手が離れていく。
そのことがとても寂しいと感じてしまう。
フィオーネはサフィードに笑顔を向けてくれる。それだけでいいと思えた。
彼女とのお茶会はあっという間に終わってしまう。
「次はいつだ?」
「…………え?」
「お前の……願いを叶えるのだろう?」
サフィードの言葉にキョトンとしていたフィオーネだったが、サフィードが言っていた意味がわかったのだろう。
恥ずかしそうに体を揺らしつつ両手で頬を押さえた。
「本当によろしいのですか?」
そう言った彼女にサフィードは頷いた。
「ああ、最後まで付き合う」
「まぁ……! 嬉しいですわ。是非とも最期まで付き合ってくださいませ」
手を合わせて喜ぶフィオーネに心が不思議と安らいでいく。
そのままサフィードはフィオーネとの時間を過ごしていた。
彼女との時間は温かく居心地がよかった。
「次は何をするんだ?」
「まだ内緒ですわ」
「……そうか」
「ふふっ、楽しみにしていてくださいね」
こうしてサフィードは初めてフィオーネと共に時間を過ごした。
二人でこうして顔をして合わせて話したのは初めてではないだろうか。
ふわふわとした気分でサフィードは部屋に戻る。
──その日からフィオーネの願いを叶える日々が始まった。
二つ目は『一緒に中庭を散歩をする』
フィオーネと中庭をただ散歩して花を愛でる。
ベンチに座ってただ話して、それからお茶をした。
やはり普通の紅茶よりも苦いような甘いような不思議な味だった。
「この紅茶は砂糖が入っているのか?」
「いいえ、わたしの愛情が入っています」
「…………ほう」
なるほどと納得しつつフィオーネを見ていると彼女の頬はだんだんと赤らんでいく。
恥ずかしいのか両手で顔を覆ってしまう。
「どうした?」
「あの、サフィード様……そこは笑ってくださいませ」
「えっ……ああ、すまない」
「この紅茶……大好きなのです。とても美味しいですね」
陽の光を浴びて、フィオーネと花を見ながらゆっくり歩いていく。
フィオーネが嬉しそうにしていると、心が満たされていく。
数日経つと昼夜逆転して爛れた生活をしていたのが嘘のように、規則正しい生活を始めた。
まだ酒を飲みたくなるけれど、散歩の後に飲むフィオーネの紅茶の方が美味しいと思うようになる。
一緒にいる時間が増えれば増えるほどにフィオーネの純粋さと可憐さに惹かれていく。
けれど自分が汚い存在に思えて触れるのを躊躇してしまう。
毎日、同じ時間にフィオーネと会うことが日常になっていく。
恥ずかしそうだが、どこか嬉しそうな彼女を見ていると今が一番幸せなのだと錯覚してしまいそうになる。




