⑤⓪
死人に口なし。
シュヴァルツはすべてチェルヴォニのせいにしようとしていた。
だが、カーラーは余裕の表情で何も言うことはない。
これが嘘だとすべてわかっているようだ。
目の前に置かれる紅茶のティーカップに映るのは、情けない表情の自分の姿だった。
カーラーの空っぽなカップにも熱々の紅茶が注がれていく。
だけど何故かカーラーは手をつけない。
(どうしてだ……まさかボクを殺す気なんじゃないよな?)
なんの前触れもなく二人は死んだ。
彼らの妻たちはなんだかんだ理由をつけてアーテルム帝国に帰って行った。
こんな偶然が重なるものだろうか。
(も、もしかしてカーラーもボクを殺そうとしているんじゃないか? このカップに毒が入っていたら? カーラーはこうなることがわかっているからこんなにも余裕なんじゃ……)
シュヴァルツはカップを持ったまま口をつけるのを戸惑っていた。
カーラーの目が細まっているともわからずに、ドキドキする心臓を押さえる。
彼女の侍女は茶菓子を持ってくると部屋を出て行ってしまう。
二人きりになると重たい沈黙が流れていく。
ガタガタと震える手を押さえることはできそうにない。
「シュヴァルツ殿下……」
「な、なんだよ!」
カーラーに声をかけられて、シュヴァルツは思いきり肩を跳ねさせてしまう。
「シュヴァルツ殿下、そちらの瓶に入っている砂糖をわたくしのカップに入れてくださいませんか?」
「…………え?」
「熱いうちに砂糖を溶かしたいのです」
確かに紅茶が冷めてしまえば砂糖はうまく溶けないだろう。
本来ならば侍女に頼むことではあるが、今は茶菓子を取りに行ってしまった。
シュヴァルツは深く考えることなく、紅茶を飲まなくていい口実ができたと喜んでいた。
そして砂糖が入っているガラス瓶を手に取り、カーラーのカップへ入れようとするが持ち上げるとポロポロと砂糖が崩れてしまう。
なんとかうまく掴んでカーラーのカップまで運ぶ。
じんわりと砂糖が紅茶に溶けて沈んでいく。
砂糖が入った紅茶を飲み込んで、カーラーはうっとりとしている。
どうやらカーラーは甘いものが好きなようだ。
茶菓子を用意しようとしているのもそういうことなのだろう。
また一つ、カーラーのことが知ることができた。
(カーラーにも可愛いところもあるじゃないか。どうにかして初夜を済ませて、彼女を大切にしているとアピールしなければ……)
だけどカーラーはシュヴァルツを汚いと軽蔑している。
(まず夕食を一緒にとって、誤解を解いてから明日はプレゼントを買って機嫌を取ってやろう!)
シュヴァルツはカーラーとやり直すための作戦を考えていた。
カーラーはカップに口をつけてコクリと紅茶を飲み込む。
あまりにも色っぽい恍惚とした表情をしている彼女に、シュヴァルツの頬が赤く色づいていく。
彼女はいつも体のラインが出るピッタリとしているドレスを好んで着ているため胸元に目がいく。
(この紅茶はそんなに美味しいのだろうか……)
シュヴァルツはカップを持ち上げた。
カーラーが飲んで平気ということは毒は入っていないのだろう。
彼女の紅茶と同じものが入っているはずだ。
(……もう少し冷めたら、ボクも紅茶を飲むか)
シュヴァルツもカーラーの胸元を見て妄想を膨らませていた時だった。
彼女の胸元、上から下に流れていく赤い液体。
「は…………?」
シュヴァルツが視線を上に送るとそこには口元を押さえているカーラーの姿があった。
彼女は次第に俯いていき、その肩は小さく震えているように見える。
反射的にシュヴァルツは立ち上がり彼女の肩に手を添えて「カーラー、大丈夫か?」と顔を覗き込んだ時だった。
「──ゴホッ、カハッ!」
カーラーが咳き込んだのと同時にシュヴァルツの目の前に血液が飛び散った。
フラリと後ろに倒れてしまいそうなカーラーを反射的に支える。
苦しげに眉を寄せたカーラー。
何が起こったのかまったくわからない。
「カーラー、おいっ、なんだ!? どういうことだ?」
「うっ……」
「しっかりしろ、カーラーッ!」
眉を顰めたカーラーは苦しげに咳き込み続けている。
それから反対側の手でシュヴァルツの服の袖を握っていた。
(一体、何が起こったというんだ……! 何故、カーラーは血を吐いた?)
カーラーは紅茶を飲んだ途端に血を吐き出した。
考えられることは一つだけ。
つまり先ほどシュヴァルツが想像した通り、紅茶の中に毒が入っていたのではないだろうか。
そんな時、タイミング悪く侍女が部屋に戻ってくる。
倒れて苦しげに呼吸するカーラーを見て「キャアアアッ」とけたたましい悲鳴を上げる。
そしてシュヴァルツはある考えに辿り着く。
(カーラーが飲んでいた紅茶を淹れたのは侍女だ! 侍女が犯人に違いないっ)
侍女の悲鳴を聞きつけて、人が次々と集まっていく。
シュヴァルツが紅茶を淹れた侍女を責めようとした時だった。




