⑤
「本当に一緒に過ごすおつもりですか? あんな汚い男はフィオーネ様に相応しくありませんわ」
「フィオーネ様が無理をする必要はありません。今からでも断りましょう!」
普通ならば怒るところなのだろうが、サフィードはその通りだと思った。
「二人ともそんなこと言わないで。サフィード様はこんなわたしを受け入れてここに置いてくださる……とても優しい方よ」
「ああ……フィオーネ様はなんてお心が広いのでしょう!」
「フィオーネ様はお優しすぎますわ! こんなに頑張っていらっしゃるのに……」
侍女たちの声がどんどんと遠ざかっていく。
フィオーネの〝わたしなんか〟という言葉を不思議に思っていた。
今まで彼女のことを知ろうだなんて一度も思ったことはなかった。
だけど何か理由があるのは確かだろう。
今になって貴族の令嬢らしからぬ行動を思い出す。
帝国の貴族の令嬢が掃除などの侍女の真似事などできるはずもない。
酒が抜けている今だからこそ、しっかりと考えることができた。
(俺は……彼女のことを何一つ知らないんだ)
一年ほども同じ屋敷で暮らしておきながら、何も知らないという事実がサフィードをまたもや蝕んでいく。
それからサフィードは彼女の願いを必ず叶えようと決める。
今からフィオーネに付き合うのも贖罪のつもりだ。
罪悪感を覚えていたからこそ、今回はフィオーネに付き合おうと思った。
中庭に行かなければと、今着ているくたくたのシャツを着替えようとすると再び聞こえる扉をノックする音。
今度は乱暴な叩き方でフィオーネではないとすぐにわかった。
すると、こちらを睨みつけながら侍女が二人、部屋の中に入ってくる。
「失礼いたします」
「お手伝いいたしますわ」
「あ、あぁ……」
彼女たちは終始無言のままだったが、サフィードの入浴の手伝いや身なりをきっちりと整えてくれた。
鏡越しにこちらを軽蔑する視線がちくちくとサフィードを刺していく。
気まずい沈黙に耐えかねて、サフィードは口を開く。
「彼女は……どうして突然こんなことを?」
サフィードは酒のせいか声は掠れていた。
すると侍女たちは悔しそうな表情で叫ぶように言う。
「私たちはお止めしましたが、フィオーネ様がどうしてもと……!」
「フィオーネ様を傷つけたら許しませんから」
「…………」
生意気な侍女だと思ったが言い返すことはできなかった。
こうなる前だったら叩き斬っていたかもしれない。だけど今はそんなことをする資格もないだろう。
サフィードは彼女に何も与えていないどころか彼女を裏切り続けたのだから。
そうなるとますますフィオーネに会いづらい。
「終わりました」と声が掛かり顔を上げる。
久しぶりに髭を剃り髪を整えちゃんとした格好をすると不思議と背筋が伸びる。
鏡に映るのはいつものくたびれて堕落しきった自分とは別人のように思えた。
準備が終わるとフィオーネが待つ中庭へと向かう。
フィオーネの前には可愛らしいティーセットと花が飾られていた。
ケーキスタンドに置かれているケーキやマドレーヌ、クッキーを見ていると彼女のこだわりを感じさせた。
(一体、何をしようというんだ……?)
サフィードは今までのことを問い詰められると思っていた。
離縁されて責められて罵倒されるのだと思った。
それだけのことをしてきたのだ。
久しぶりに太陽の元に出た気がした。じりじりとした光が肌を焼く。
フィオーネはソワソワしつつ髪を直している。
すぐにこちらに気がついたのか、立ち上がりこちらに向かってくる。
「サフィード様、お待ちしておりましたわ」
「……っ!」
満面の笑みを向けられて心が痛んだ。
サフィードの姿を見て、嬉しそうに微笑んだフィオーネに促されるまま椅子に座る。
慣れた様子でお茶を淹れた彼女は終始ニコニコと笑みを浮かべている。
フィオーネは質素なワンピースを着ており、出会った時は艶のあったホワイトシルバーの髪も艶がなくなりボロボロになっているではないか。
ソワソワしていたフィオーネだったが、綺麗な所作でお茶を飲んでいる。
それから優しい目で空や花を眺めている。
「サフィード様、今日はいいお天気ですね」
「…………ああ」
彼女と青い空、色とりどりの花は鈍っていた感覚を刺激する。
フィオーネがお茶を飲んでいる姿は絵画のように美しい。
こんなにも色鮮やかな景色を見たのは久しぶりな気がした。
(心が洗われるようだ……)
フィオーネは聖母のように微笑みながらサフィードに語りかけてくれる。
他愛のない話だが、信じられないくらいに心が躍る。
フィオーネからいつ不貞行為のことを責められるかと思っていたが、いつまで待ってもフィオーネは文句一つ言わない。
ただ紅茶を飲んで、甘いものを食べながら話すだけ。
サフィードは『誕生日までにやりたいことがある』と言っていたフィオーネの言葉を思い出していた。
まさかとは思ったが、フィオーネに問いかける。




