④⑧
直接的には関わっていないにしてもシュヴァルツだって悪くないわけではない。
しかも周りにいた親しい人たちはどんどんと消えていく。
シュヴァルツの手は微かに震えていた。
次は自分の番ではないか、そう思っていたからだ。
それに二人がそのやり方で色々な気に入らない奴らを追い詰めていたのだとしたら間違いなくカーラーも……。
(カーラーもボクがいない間に二人に何かされていたのだとしたら……ボクも彼らと同じ過ちを繰り返してしまうのか?)
この時、妙に頭が冴えていた。
シュヴァルツが仲がよかったサフィードとチェルヴォニ。
彼らとは同じ時期にアーテルム帝国の女性と結婚した。
サフィードの状況は詳しくはわからないが、もし死ぬ間際まで酒と女に溺れていたのだとしたら妻のフィオーネを大切にしていない。
チェルヴォニもエリュテイカに対して、圧力を掛けて冷遇していたそうだ。
サフィードもチェルヴォニもアーテルム帝国の女性と結婚して彼女たちを蔑ろにしていたことで死んだのではないだろうか。
そしてリリアンも母もルアンと結婚したフラーウムを虐げたことで、どんどんと追い詰められているではないか。
彼はカーラーの言う通り、蛇のようにしつこい男だった。
(誰も…………逃げられない)
シュヴァルツは震える両手を見つめながら考えていた。
(つ、つまりボクも……彼らのようになってしまうのか?)
そう思った瞬間にシュヴァルツの体が自然と動いた。
シュヴァルツは人にぶつかりつつも、長い長い廊下を走って慌ててカーラーの元へ向かう。
(まだ間に合うっ……大丈夫、ボクだけは絶対に大丈夫だ……!)
ノックをすることすら忘れてカーラーの部屋に押し入る。
カーラーは呑気にアーテルム帝国から連れてきた地味な侍女と楽しげにお茶を飲んでいるてばないか。
あまりにも平和な光景に拍子抜けしてしまったシュヴァルツの肩から力が抜けていく。
カーラーはソーサーに音を立てないようにカップを置いていく。
彼女と赤い瞳と目が合った。
笑みを浮かべてはいるが、不機嫌に見えるのは気のせいだろうか。
「シュヴァルツ殿下、ノックもなしに失礼ではありませんか?」
「い、いや……すまない。急いでいたんだ」
シュヴァルツは息を整えながらそう言うしかなかった。
俯きながら今にも飛び出しそうな心臓と胸元を握り込む。
こんなに体は熱くなっているはずなのに指先や足先からどんどんと冷たくなっていくような気がした。
「殿下の分もお茶を用意してちょうだい」
「…………え?」
「お話しがあるのでしょう……ね?」
「かしこまりました」
カーラーは侍女にお茶を出すように指示を出している。
含みのある言い方が気になるところだが、今はそれよりも大切なことがある。
(ボクは間に合ったんだ! まだカーラーとやり直せるはずだ)
自分を納得させて、安心感と共に顔を上げる。
カーラーに促されるまま椅子に腰をかけた。
緊張からガタガタと震えそうになる手を押さえるためにズボンの布をギュッと握り締めた。
沈黙が流れていき、気まずい空気を掻き消すようにシュヴァルツは口を開いた。
「カーラー、リリアンと母のことだが……本当に申し訳なかった」
「シュヴァルツ殿下、いきなりどうしたのですか?」
「二人がカーラーに色々と嫌がらせをしたのではないか!? フラーウムにもそうしていたように……」
シュヴァルツがそう言うと、カーラーの真っ赤な瞳が猫のように細まった。
同じように赤い濡れた唇も美しく弧を描いている。
まるでシュヴァルツの言いたいことがわかっていたように感じて不気味に思えた。
「そうですわねぇ……」
「…………っ!」
「彼女たちにはたくさんお世話になりましたわ」
カーラーの言葉は丁寧ではあるが明らかに棘があるような気がした。
(やはり……カーラーはハッキリと明言していないが、リリアンと母上に色々と嫌がらせを受けていたんだな)
疑いが確信に変わる。
だけど二人に何をされていたのか聞くのが怖い。
聞いてしまったら最後、シュヴァルツが責任を取らなければならないのではないかと思ったからだ。
シュヴァルツは記憶を辿り、カーラーを遠ざける原因となったことを思い出す。
「リリアンからボクのいない父上に色目を使っていると……そう聞いたんだ……」
「ありえませんわ。何度かダルモンテ国王からは気にかけていただくことはありましたし、ある程度リリアンやお義母様のことについては聞いておりました」
「…………!?」
父はカーラーに忠告していたのだろう。
リリアンと母はそのことをよく思わずに、歪んだ形でシュヴァルツに伝えたのかもしれない。
カーラーから見るとシュヴァルツは二人に踊らされている馬鹿な男に見えたことだろう。
それから初夜のこともそうだ。
カーラーに不自然なほどに話題を切り出してきたことを問いかけてみる。
(これはカーラーの意思に違いない! こんなところまで二人が口を挟むわけがない……!)
そう自分に言い聞かせつつも恐る恐る口を開く。




