④⓪
この時、父に言われた一言がシュヴァルツの中で引っかかっている。
『お前には人を見る目がないな』
そう言われて最初は唖然とするしかない。最初はその言葉の意味がわからなかった。
だが、シュヴァルツは人を見る目がないと言うのは父の方だと思っていた。
その理由はフラーウムを悪だとわかっておらず、彼女をリリアンと母のそばに置き続けていることだ。
(ふんっ……父こそ人を見る目を磨いた方がいい。父の目は曇っているんだ)
フラーウムは城の中で嫌われ者でいつも一人でいた。
次第に味方をする侍女も少なくなり、肩身が狭くなっているようだ。
だけど父の命で〝王女らしく〟生活するように言われているらしい。
病弱だが優しく天使のようや振る舞いでいつも人に囲まれているリリアンとは真逆だった。
何度か中庭で静かに涙するフラーウムを見た時は大きな違和感を覚えた。
この結果を招いたのも自分自身なのにどうして泣くのだろう。
だったらリリアンのように周囲を気遣って仲良くすればいいのにと思わざるを得なかった。
(自分が悪いんだろう……? こうなるのも仕方ないさ)
そんな時に父の言葉が頭に思い浮かんでしまう。
シュヴァルツは何かを見落としてしまったのではないだろうか。
だが、彼女はリリアンや母を悪く言うのだ。
(ボクの前で起こっていることがすべてだろう? なのにどうしてあんなことを言われなければならないんだ)
そう考えた矢先のことだった。
フラーウムが突然いなくなったのだ。
父はしばらくフラーウムを探すよう命令していたようだが、結局見つかることはなかった。
フラーウムは攫われたのではなく、明らかに自分から出て行ったこともあり死んだことにされた。
彼女の部屋は王族とは思えないほどに殺風景で何も置いていなかった。
強いて言うのなら本が積み上がるほどに置いてあっただけだ。
フラーウムは本を読むのが好きだったのだろうか。
それすらも知らないことに驚きつつも胸がチクリと痛む。
いつも出入りしているリリアンの可愛らしくも豪華な部屋にとは真逆。
とても王族とは思えない質素な暮らしだ。
(なんだがフラーウムの方が…………いや、気のせいだろう)
こうして可愛がられるリリアンに嫉妬しただけなのだろう。
父も平等にといいつつもリリアンの意見を聞いて物を与えることも多かったように思う。
彼女は父に会う機会があったのだろうか。またどうして会おうとしなかったのだろう。
フラーウムの考えが、シュヴァルツにはまったく理解できなかった。
(いい性格であればリリアンのように生活できたのに……わざわざ出て行くなんて何を考えているんだ?)
だけど一部の貴族たちは彼女が虐げられて耐えられなくなりついに出て行ったと噂していた。
だが本来は逆でフラーウムがリリアンを虐げていたのだ。
リリアンは「フラーウム、どうして?」と泣いて悲しんでいた。それは母も同様だった。
「どうしてフラーウムは勝手に出て行ってしまったのかしら……」
「母上のせいではありません」
「だけどリリアンもわたくしも責任を感じているのよ。もっと彼女に気を使えたんじゃないかって」
「母上もリリアンも優しすぎるのです。彼女は自分の行いを反省したのではないでしょうか」
「シュヴァルツ、励ましてくれてありがとう」
「いえ、だから母上とリリアンが落ち込むことはありません。我々はできることをやったんですから」
「シュヴァルツがそう言ってくれるなら嬉しいわ」
フラーウムがいなくなってシュヴァルツは清々しい気分だった。
それから王城は平和だったが、少しずつ周りの何かが変わっていく。
どんどんと雰囲気が暗くなり、リリアンたちを慕っていた侍女たちの顔は曇っていく。
その理由は影に覆われていてわからない。そんな不思議な感覚だった。
そんな中、帝国の第一皇女カーラーが嫁いでくる日。
(はぁ……どんな女なのかわからないのに結婚とは)
母とリリアンのような愛情深い女性はダルモンテ王国では見つからなかった。
むしろ王族になる覚悟がない令嬢たちばかりだ。
果たしてカーラーはどうだろうか。
カーラーとの初めて会う日。視界を埋め尽くす黒。
腰まで伸ばした黒髪、血のような赤い瞳。
そして胡散臭い乾いた笑顔と優雅な身のこなし。
カーラーと視線が交わった瞬間に何故かシュヴァルツは鳥肌がたった。
「はじめまして、シュヴァルツ殿下。カーラー・リィ・アートルムと申します」
「……!」
言葉が出ずにいたシュヴァルツだったが、カーラーは気にすることなく話を続けていく。
「わたくしたちが和平の象徴ですわね。よろしくお願いいたします」
「あ、ああ……よろしく」
彼女の余裕のある表情に圧倒されていた。
淡々としていて、無表情というわけではないのだが本性が見えない。
母やリリアンのような感情豊かで親しみのある女性とは正反対だ。
すべてが作りもののようだ。
むしろ嫌っていたフラーウムと同じような感じに思えた。
アーテルム帝国の皇女らしく完璧な所作。
嫌味ったらしいこれでもかと煌びやかなドレスや宝石。
まだ不安げでオドオドしていた方が可愛げがあったのではないだろうか。




