③⑧
『ぶっ殺してやる』そう言おうとした瞬間、エリュテイカのゴールドの瞳が大きく見開かれた。
最後まで言葉が紡ぐ前に手のひらが口元を塞いだ。
血走った大きな目がこちらをじっと見つめていた。
あまりの恐怖にチェルヴォニは唇を閉じる。
無意識にガタガタと体が震えてしまう。
(な、なんなんだよ! どうしてこんなことにっ!?)
腕で傷口を押さえながら、後ろに下がっていくが背中が壁にぶつかってしまう。
とにかく彼女から逃げたかった。そうでなければやられてしまうと思ったからだ。
これ以上は逃げられないのにエリュテイカはどんどんとこちらに近づいてくる。
コツコツと鳴るヒールの音がチェルヴォニの前で止まった。
彼女が握るナイフの先から血が滴っていた。
部屋の端まで追い詰められて、エリュテイカの金色の瞳がギラリと光る。
「三回もエリーを裏切るんだもの。もう許してあげない」
「な、に……を」
「折角、運命の人を見つけたって思ったのに……残念ね」
エリュテイカはそう言いつつもポロポロと涙を流しているではないか。
チェルヴォニを殺そうとしているのに悲しんでいる。
(こ、こいつは何を言っているんだ……どうして)
エリュテイカにずっと感じていた違和感の正体……それが今、目の前にあるような気がした。
「でもね、わかったの。もうこうするしかないって」
エリュテイカはチェルヴォニの唇を合わせてキスをする。
ヒューヒューと喉が鳴っていた。
それは恐怖なのか、苦痛からなのかもうわからない。
どんどんと体の力が抜けていき、惨めに地面に這いつくばるしかない。
彼女の口周りはチェルヴォニの血に濡れて真っ赤に染まっていた。
「こんなクズ、エリーしか愛せないのに。どうしてみんなこうなってしまうのかしら」
そう言って嬉しそうに笑ったエリュテイカはチェルヴォニを丁寧にその場に寝かせた。
チェルヴォニの体に跨るように馬乗りになった。
「あなたもエリーの運命の人じゃなかったわ。バイバーイ」
エリュテイカは冷たくそう言い放つとナイフを勢いよく振り上げた。
血に濡れた真っ赤な唇が弧を描いていた。
* * *
コツコツと音を鳴らして黒い靴がこちらに近づいてきたことで顔をあげた。
「あらあら…………エリー、やりすぎよ?」
「──お姉様ッ!」
全身返り血を浴びていたエリュテイカは立ち上がる。
ひたすら流れる涙を拭うことなく訴えかけるように叫ぶ。
「聞いてよ、お姉様っ! エリーは三回も我慢したのよ! こんなに尽くしたのに……どうして裏切られたの!?」
「ウフフ……それはエリーの運命の相手じゃなかっただけよ」
お姉様は黒いハンカチを取り出して、エリュテイカの涙を優しく拭う。
気持ちが落ち着いてきたエリュテイカはナイフを放り投げる。
原型がなくなった肉塊の横に突き刺さった。
「このゴミをさっさと片付けておいてね」
エリュテイカの指示に複数の人たちが動き出す。
屋敷の執事や侍女、侍従たちは皆、エリュテイカの配下たちだ。
差し出される布で返り血をゴシゴシと拭いていく。
「エリーは今日からお姉様の護衛に戻るわね」
「あら、あなたがそばにいるなら心強いわ。それにもう準備は整いつつあるの……」
エリュテイカは無邪気に嗤う。
「ねぇ、お姉様。最後にエリーの愛していた人に手を出した侍女、消していい?」
「もちろんいいわよ? 案外、本気だったのね」
「エリーはいつでも本気ですぅ……」
「フフッ、そうだったわね」
「だけどおかしいのよ。どんなに尽くしてもね……みーんなエリーの愛を受け止めてくれないんだもの」
「いつかあなたをわかってくれる王子様が現れるわよ。だってエリーはこんなに可愛いのだから」
「さすがお姉様っ! やっぱりエリーのことを理解してくれるのはお姉様だけよ」
お姉様はエリュテイカの頭を撫でた。
「さぁ、最後の仕上げといきましょうか」
ー猛毒ー end




