③⑦
(クソッ……あの時、ヴィジョン伯爵を放置するべきじゃなかった。ガルビン男爵を利用してここまで暴走するとは)
アーテルム帝国にとっては今が大チャンスになるだろう。
高級娼館に続き、奴隷オークションまでも根本から消えてしまった。
これはただの偶然なのだろうか。
チェルヴォニが行った後に必ず起こることが気持ち悪い。
チェルヴォニはアーテルム帝国との関係を修復することに全力を注いだ。
アーテルム帝国との話し合いで大臣たちに嫌味を言われる日々。
宰相としての責任の重みが次々とチェルヴォニにのしかかる。
頭を下げ続ける日々はチェルヴォニの精神を削っていった。
(私がしたことではないのに、どうしてこんなことを……!)
屋敷にも暫く帰っておらず、もう限界だった。
城にあるチェルヴォニ専用の部屋で飲んでいたワインの瓶を咥えてそのまま傾けた。
どんどんと液体は消えていく。
ここ数日、ろくに寝ていないこともあり酔いが回ってくると欲を発散したくてたまらなくなる。
一瞬、エリュテイカの顔が浮かんだが振り払うようにして首を横に振る。
今すぐにストレスを発散したい。
そんな時、ある侍女がタイミングを見計らったようにチェルヴォニを誘ってきたのだ。
結婚前からチェルヴォニにアピールしていた令嬢だとわかる。
最初は拒絶していたチェルヴォニだったが彼女の積極的なアピールに屈してしまう。
その晩は何も考えることなく、欲を発散していた。
次の日の朝、チェルヴォニを襲ったのはどうしようもない後悔だった。
侍女はもう自分が正妻で、一番愛されていると言わんばかりにチェルヴォニの腕に手を回している。
子爵家の次女らしく、手を出したことを深く後悔するばかりだ。
こんな時、表立って彼女を罵倒して遠ざけることができないことが嫌になる。
チェルヴォニは適当にあしらいつつ慌てて城に帰る。
(たかが一晩、関係を持っただけで……! これだから貴族の令嬢は面倒だ)
何故かエリュテイカの暗闇に浮かぶゴールドの瞳が浮かんでいく。
今は昼にさしかかっているため、あの目で見られても怖くはない。
(私はどうしてこんなにエリュテイカのことを気にしているんだ。あの女はただの駒だ。そんな必要はもうないのに……!)
しかし侍女を好き放題、抱いてしまったことで今日あたりはエリュテイカと関係を持たなければと考えていた。
馬車が到着しても誰も迎えに出ては来ない。
不思議に思っていたが、不気味なほどに静まり返っている屋敷に踏み込んでいく。
ギィーと軋む金属の音。
扉を開いても人がまったくいないことに違和感を覚えた。
心臓がドキドキと音を立てる。
「お、おい誰もいないのか……?」
そう言ってチェルヴォニが一歩、足を踏み出した時だった。
「もう許してあーげない」
エリュテイカの楽しげな言葉が聞こえた。
すると腹部がカッと熱くなったような感覚があった。
「…………え?」
まさかと思い、恐る恐る下を見ると真っ白なシャツがじんわりと液体で赤く赤く染まっていく。
目の前にいるエリュテイカはチェルヴォニが指示した地味な姿ではなく、出会った頃のように独創的な髪型や華やかなドレスに身を包んでいる。
「カハッ……どう、して…………っ?」
痛みが強くなり言葉に詰まってしまう。
腹部を押さえながら膝をついた。
チェルヴォニの口端からも血が流れていく。
目の前にある赤いエナメルの靴がコツコツと音を立てながらこちらに近づいていく。
「エリーだけは心から愛してあげようって思っていたのに……」
「な、に……っ?」
「……本当にどうしようもない人」
うっとりとした表情、高揚した頬を見て全身に鳥肌が立っていく。
エリュテイカの顔がこちらに近づいていき、柔らかい唇が触れる。
血に濡れた真っ赤な唇がニタリと弧を描く。
レッドブラウンの髪が高い位置で二つに結えられていて、彼女が首を傾けると一緒に髪が揺れた。
「ク、ソッ……このっ、クソや、ろう……ッ! ぶっ殺……っ」




