③⑤
「エリュテイカもすぐに休んだ方がいい」
「…………わかりましたわ」
彼女の横を通り過ぎた瞬間、今まで無表情だったはずのエリュテイカが、ニタリと唇を歪めて笑ったような気がした。
足早に部屋へと向かうために必死に足を動かす。
どんどん彼女から遠ざかっているのに、まるで獲物に狙われた小動物のような気分だ。
彼女は今、チェルヴォニの背をじっと見つめているのだろうか。
「ふふっ……次はありませんからね」
「……!」
そんな声が聞こえたような気がしてチェルヴォニはバッと後ろを振り向く。
しかしもうエリュテイカの姿は見えなかった。
その日からチェルヴォニはずっと嫌な予感を感じていた。
同時にエリュテイカを避けるようになっていた。
(この違和感はなんだ……?)
けれどエリュテイカはこの間の姿が嘘のようにいつもと同じ笑顔を浮かべながらチェルヴォニの名前を呼ぶ。
あの日から三日経っていたが、大きなことが起こることもない。
やはり高級娼館の件はたまたまだったのだと、チェルヴォニは安心していた。
自然とエリュテイカへの違和感も消えて、戻ってきたいつも通りの日々。
久しぶりにエリュテイカと朝食をとったのは彼女の態度がおかしくないか確かめるためだ。
「最近、チェルヴォニ様とゆっくり食事もできなくて寂しかったですわ。わたくしのこと……もう飽きてしまわれたのでしょうか?」
「……!」
目を潤ませながら、こちらの機嫌を伺うように見ているエリュテイカ。
彼女のチェルヴォニへの愛はどうやら変わってはいないらしい。
今までの心配がどうでもよくなってしまう。
すっかりと地味で見窄らしくなったエリュテイカが可哀想にすら思えた。
(たまには相手をしてやるか……)
気が向いたチェルヴォニはエリュテイカを喜ばせるためにあることを提案する。
「パーティーの準備で忙しかったが、今日の午前中は君のために時間を使おう」
「──本当ですか!?」
エリュテイカは本当に嬉しそうにして手を合わせている。
屋敷の侍女たちもそんなエリュテイカを見て優しく微笑んでいた。
買い物に行くことになったのだが、化粧っけのない地味なワンピースを着たエリュテイカを見て、気持ちがどんどんと萎えていく。
自分で指示しておいてなんだが、こんな女が自分の妻だとは思われたくはない。
急遽、買い物はやめて屋敷内でお茶をすることになった。
エリュテイカは文句も言わずにチェルヴォニを独り占めできるからと嬉しそうにしている。
そんな扱いやすいところがエリュテイカのいいところだ。
それでも彼女は「チェルヴォニ様と二人きりでお茶ができるなんて嬉しいですわ!」と言って手を合わせた。
彼女はあの夜のことについて触れることはなかった。
だけどエリュテイカはチェルヴォニに『もっと一緒にいたい』と迫ってくる。
「チェルヴォニ様は最初にわたくしを気遣ってくださいましたけど、そろそろ寝室も一緒にしませんか?」
「……え?」
「結婚してかなり経ちますのよ? もうそろそろ、ね?」
チェルヴォニにとっては最悪な展開だと思った。
だけどこのまま誤魔化し続けるのは限界だろう。
(おいおい、勘弁してくれよ……)
それにエリュテイカが地味になったことで魅力をまったく感じない。
それどころか元々タイプではないことを今更ながら自覚する。
ただリリアンとの結婚を避けるために結んだものだったことを今更ながら思い出す。
彼女のことを女性としてみれないのもそんな理由があるのだろう。
しかし妻である以上は、そのようなことをしなければならないのだろうか。
ここは適当にあしらっておくかと「そうだな。そろそろ準備を進めよう」と言うと、エリュテイカは満面の笑みを浮かべて喜んでいた。
(どうにかして誤魔化していけばいいか。今の距離が心地いい)
それから結婚して初めていくパーティーのことや、他愛のない話をしながら時間を過ごす。
あまりにもくだらない話題なため、適当に流しつつあしらっていた。
それからパーティー当日はマシな格好をしろと指示を出す。
エリュテイカはオシャレができるからと嬉しそうだ。
「さすがチェルヴォニ様、愛しておりますわ!」
「…………ありがとう」
この時、嘘でも『私も愛している』と返せなかったのは、エリュテイカへの違和感が消えなかったからかもしれない。




