③④
エリュテイカの瞳が恐ろしいほどに見開かれており、目が合わせられなかった。
その時からだ。何故かどこにいても視線を感じるのようになった。
気のせいかとも思ったが、違和感は日に日に大きくなるばかり。
自然と思い出すのはエリュテイカのこちらを見透かすようなゴールドの瞳だ。
チェルヴォニはその視線を振り払うように首を横に振る。
それから数週間経つと、すっかりこのことを忘れてしまいいつもの日々に戻る。
再びシュヴァルツと息抜きをするために街に繰り出した。
王家主催のパーティーが控えていたため、その準備で大忙しだったからだ。
(思い通りに動かない奴らばかりでイライラする……! どうして私の言うことを聞けないんだ)
そのためチェルヴォニのストレスも溜まりに溜まっていた。
それはシュヴァルツも同じだったようだ。
久しぶりの息抜きだが、何故か気分も乗らない。
不思議と思い出してしまうエリュテイカのことだ。高級娼館のことが引っかかっているのかもしれない。
彼らが持っていたのは真っ黒な封筒だった。
どうやら奴隷のオークションがあり、買い取ることも可能。
一晩だけでも買って遊べるそうだ。
趣味の悪いことに奴隷として国内外から孤児や女性を攫ってきているそうだ。
本来ならば宰相と王太子という立場から許されないことだろう。
だけど今は背徳感と興味の方が勝る。
招待状に入っていた地図通りに複雑な裏路地を進んでいく。
チェルヴォニとシュヴァルツは書かれていた通りに仮面をつけて顔を隠す。
地下へ続く長い階段を降りていく。
いかにも強そうな屈強な男性が二人、仮面をつけて立っているではないか。
ここは招待制で口も固く、警備もバッチリだそうだ。
どうやらヴィジョン伯爵が中心となりこういう場を作り出しているそうだ。
(ヴィジョン伯爵、か……あまりいい噂は聞かないが、こういうことだったのか)
チェルヴォニはわくわくしつつ足を踏み入れる。
いつもは規律を守っているのだが、それを破るのは快楽だった。
仮面をつけたままショーを見学するが、それは今までにないほど刺激的だった。
チェルヴォニは素人の女性を一晩買って楽しんだが、それは普段押さえつけているものを解放できる唯一の時間となった。
(なんて素晴らしい……! 娼婦なんかよりずっといいじゃないか)
それはシュヴァルツも同じだったようで、彼と『またここに来よう』と約束して別れた。
(あんな場所を作るなんてヴィジョン伯爵もやるじゃないか……! 悪い噂ばかりだが今回は見逃してやろう)
詳しく調べてみるとヴィジョン伯爵はガルビン男爵を足に使って、違法なことを繰り返しているそうだ。
それがこのことだとしたら、チェルヴォニは寛大な処置をせずにはいられない。
次回が楽しみだと思って、屋敷に帰ろうと裏口のドアノブに手をかけた。
扉を少しだけ開いて人がいないかを確認した時だった。
金色の瞳が暗闇の中でギラリと光っていた。
チェルヴォニは反射的に扉を閉めて、荒くなった呼吸を整える。
(……ま、まさか。エリュテイカがいるわけがない。このことは誰にも言っていないんだぞ!?)
今は深夜とも朝とも言えない時間。皆が寝静まっている頃だ。
しかも今日はいつも出入りしている表門ではなく裏口から入ってきたのだ。
なのにここにエリュテイカがいるなんて考えたくもなかった。
チェルヴォニは絶対に違うと自分に言い聞かせながら扉を開くとそこには──。
「おかえりなさいませ。チェルヴォニ様」
「──ッ!?」
チェルヴォニはあまりの驚きからその場に尻もちをついてしまう。
震えつつ顔を上げると、暗闇の中に浮かぶ金色。
エリュテイカに見下ろされているからかますます恐ろしい。
(な、なっ何なんだよ! エリュテイカはどうしてここに……っ!?)
すぐに自分が失態を晒していると気づいて、チェルヴォニは慌てて立ち上がった。
そして何事もなかったように表情を取り繕う。
「こ、こんなところで何をしていたんだ」
「何って……わたくしはチェルヴォニ様の帰りを待っていただけですわ」
エリュテイカは当たり前のようにそう言った。
チェルヴォニは普段から帰りが遅くなるため先に休んでいるように言っていたはずだった。
そうなる前まではエリュテイカは必ずチェルヴォニの帰りを待っていたことを思い出す。
(一緒の部屋で寝ているわけでもないのにどうして今日に限って待っているんだよ……!)
そこで初めてエリュテイカのことが恐ろしいと思うようになった。
「チェルヴォニ様、今まで……お仕事ですか?」
「あ、ああ……まぁな。今日は時間がかかったんだ」
「…………」
「エリュテイカ、心配させてすまない」
誤魔化すようにそう言って、服についた土を払いながら立ち上がる。
とにかくエリュテイカから離れなければならないと本能的にそう思った。
今すぐに部屋に戻らなければならない。
心臓が飛び出してしまいそうなほどに脈打っている。
気の利いた言い訳が出ることもなく、彼女から離れるために一歩踏み出す。




