③⓪
わざわざアーテルム帝国に会いに行くほどに愛する女性がいたことにも驚きだったが、非効率的なことを嫌う父がここまで動かす女性がいることが衝撃だった。
一瞬、ヤート侯爵夫人の顔が浮かんだが、気のせいだと思うことにした。
(ま、まさかな……そんなはずはない)
社交界では評判の良かった父の裏の顔が露呈したことで面白おかしく噂されることになる。
ベリガール公爵家の評判は一気に落ちてしまった。
母は精神を病んだことにして療養という名目でカントリーハウスにそそくさと去ってしまう。
母は成長したチェルヴォニがどんどんと父に似てきたからと毛嫌いしていることは知っていた。
最近ではほとんど顔も合わせなくなっていた。
だがエリュテイカが嫁いでくるためちょうどいいと思うことにした。
父の代わりにチェルヴォニが宰相として表に立つことになる。
引き継ぎなどでほとんど屋敷に帰れないほどに忙しくしていた。
新婚ではあったがエリュテイカのことなど放置しっぱなしであった。
たまに疲労困憊で屋敷に帰ってまた仕事をこなす。
両親に溺愛されて育てられたエリュテイカのことだから、そろそろリリアンのようにわがままを言うのではないかと思っていた。
(今は一人で休みたいのに……ぺちゃくちゃとくだらない話されてはたまらない)
そう思っていたそうだが、チェルヴォニの予想とは違いエリュテイカは完璧に屋敷の仕事をこなしていたようだ。
偏見ではあるが見た目とは違い、エリュテイカは仕事ができるようだ。
尽くしたいと言うだけあり、チェルヴォニの求めていることを理解して動いているような気がした。
「チェルヴォニ様、お帰りなさい。今日はゆっくりとお部屋で休んでくださいませ」
「……!」
「お久しぶりにお会いできて幸せですわ」
彼女は出会った時と同じ目をチェルヴォニに向けてくる。
まだ出会ったばかりでチェルヴォニのことを知らないはずのエリュテイカはどうしてここまで想えるのだろうか。
「愛しております。チェルヴォニ様」
「……あ、あぁ」
そのことが不思議に思うのと同時に、どこか気持ち悪い。
まるで求めているのはチェルヴォニ自身ではなく別の何かのような気がしてならない。
(彼女が見ているのは本当に私なのか……?)
尊敬でも愛でも恋でもない。
別の何かなのだがそれはエリュテイカにしかわからないのかもしれない。
けれどそれが何かまではわからなかった。
理解できない感情を向けられることに戸惑うばかりだ。
しかしそんな違和感など時間と共にすぐに消え去ってしまう。
エリュテイカの下手に出る態度が当然のようになっていく。
疲労感も重なっていき、ストレス発散の矛先がエリュテイカへ向かう。
それと同時チェルヴォニの態度も少しずつ横暴になっていった。
「エリュテイカ、いい加減にしてくれないか?」
「今は一人にしてくれ。話ならまた明日に聞く」
「そんなこともわからないのか!?」
だけどエリュテイカは乱暴な口調で責め立てても当然のように受け入れる。
「エリーはどんなチェルヴォニ様でも愛しておりますから」
エリュテイカは興奮すると自分のことを名前で呼ぶ。
そうして恍惚とした表情を浮かべるのだ。
チェルヴォニのこんな姿を見たとしてもエリュテイカの気持ちがまったく変わらないことが不気味だった。
「気持ち悪い……あっちに行っていてくれ!」
そんな思いからつい本音が漏れ出てしまう。
さすがにやりすぎてしまったとチェルヴォニは口元を押さえた。
最近、彼女の前では仮面が取れてしまう。
さすがにエリュテイカはチェルヴォニを軽蔑をするだろうと思っていたのに……。
「も、申し訳ありません! すぐに部屋から出ますわ」
だけどエリュテイカはチェルヴォニの予想に反して、謝罪をしてすぐにチェルヴォニの前から消えてしまった。
その顔は青ざめて、焦っていたように思う。
それにはチェルヴォニも驚くばかりだ。
(……これでいいのか? いや、これでいいんだ。私が正しいに決まっている)
大きな違和感を覚えたもののすぐにかき消されていく。
次第にエリュテイカのこの反応が当たり前になっていった。
どんなにひどいことを言っても何をしていてもチェルヴォニに対する態度は変わらない。
「申し訳ありません、気をつけますわ」
「次は絶対に直しますからエリーを嫌わないでくださいませ……!」
「チェルヴォニ様の気持ちが一番ですから」
エリュテイカはまるで神のようにチェルヴォニを慕うため、屋敷ではどんどんと横暴になっていった。
まるで本性を引き出されるようだったが、彼女に会うたびにチェルヴォニの気分が晴れていく。
ここまでエリュテイカを放置しても寝室が別でも彼女は何も言うことはない。
すべてはチェルヴォニの思うままだ。
彼女はチェルヴォニが言えばなんだって従ってしまう。
この屋敷にチェルヴォニを止めるものなど誰もいない。




