②⑨
エリュテイカは手を合わせて、コテンと首を傾げた。
彼女の可愛らしい仕草は周囲の視線を集めていた。
どうやらチェルヴォニに一目惚れをしたらしい。
(一目惚れなどくだらない。一体、何が目的なんだ……?)
チェルヴォニは笑みを浮かべながら彼女のことを探っていた。
しかしそんなチェルヴォニの考えは杞憂に終わりそうだ。
エリュテイカは自分を理解してもらおうと懸命にアピールしている。
チェルヴォニしか視界に映らないようで、話しかけられても邪魔だと言わんばかりに睨みつけているではないか。
それにエリュテイカはチェルヴォニにだけには特別な表情を見せる。
うっとりとした表情だ。
彼女はアーテルム帝国の侯爵令嬢で、高級なブティックもいくつか経営しているそうだ。
エリュテイカのダルモンテ王国では見ない奇抜なファッションはそれが原因なのだろう。
彼女は一緒にきていた父親と母親に興奮した様子でチェルヴォニを紹介している。
ヤート侯爵は年相応の紳士的な男性だったが、侯爵夫人は年齢を感じさせない美貌だった。
豊満な胸と淑やかで物静かな対応。口元のほくろはセクシーだった。
だけど憂いを帯びた表情から漏れる色気が凄まじい。
侯爵夫人はエリュテイカとは違った意味で注目を集めていた。
(いかにも父の好みの女性だな)
ヤート侯爵の値踏みするような視線を感じていたが、いつものようにスルリとかわす。
それから何度か鋭い質問もあったが、チェルヴォニはなんなく受け答えしていく。
するとヤート侯爵はチェルヴォニに父親を紹介するように言ってきたのだ。
チェルヴォニもヤート侯爵の申し出を断るわけにもいかずに父の元へ案内する。
ヤート侯爵夫人を加えて二人は楽しげに会話しているではないか。
父にいたっては夫人に視線を送っては鼻の下が伸びきっている。
エリュテイカはずっとチェルヴォニを褒め続けているため、気分は悪くない。
ヤート侯爵もチェルヴォニを見て納得するように頷いていた。
「お父様のお眼鏡に叶う男性はチェルヴォニ様が初めてですわ!」
「そうかい?」
「えぇ、今までの男性は〝足りない〟とおっしゃって……わたくしなかなか許可してもらえませんでしたのよ?」
「……!」
「チェルヴォニ様はすべてにおいてエリーの理想。本当に完璧ですわ」
「エリー、公の場ではちゃんとしなさい」
「申し訳ありません。ですがお父様、お母様! こんな理想の男性は初めてなんですもの。絶対に逃せませんわ」
彼女の言葉はチェルヴォニの気持ちを満たしていく。
それからエリュテイカはチェルヴォニを褒め続けた。
(ちょうどいい……この女はリリアンよりはずっとマシだな)
ヤート侯爵と話していた父もそう思ったようだ。二人で目を合わせて頷いた。
リリアンにも帝国貴族がどうしてもと言ってきたと言えば無下にもできないだろう。
ダルモンテ国王もアーテルム帝国との関係維持のために、令嬢が嫁いでくるとなれば慎重に判断するはずだ。
それに王太子妃であるカーラーも、帝国貴族のエリュテイカがいれば心強いだろうと理由を付け加えたら、気遣いができるとチェルヴォニの評価も上がるだろう。
パーティーが終わるまで、エリュテイカはチェルヴォニのそばを離れようともしなかった。
鬱陶しい女かと思いきや、エリュテイカは結婚した後はチェルヴォニに尽くしたいと理想を語っていた。
チェルヴォニはエリュテイカが都合よく使える女だと確信していた。
しかもエリュテイカが身一つで嫁いでくれば、すぐに帝国に情報がいくこともない。
ヤート侯爵たちはすぐに駆けつけられるわけでもないので好き放題できるではないか。
(エリュテイカとの結婚はメリットばかりだな。リリアンとの結婚もうやむやにできる。すぐに手続きをしよう)
チェルヴォニはエリュテイカとの結婚を決めた。
これがチェルヴォニの完璧な人生を崩すとは思わずに……。
* * *
エリュテイカはベリガール公爵家に嫁いできた。
持参金はダルモンテ王国では考えられないほどに高額だった。
それだけでエリュテイカが嫁いできた意味がありそうだ。
父と母はその金に目が眩んで豪遊して屋敷を開けることも増えた。
父はアーテルム帝国に用があると、何度か出かけては恍惚とした表情で帰ってくる。
何度かそんな日々が続いて、母も父のことを疑っていたのだが……。
「──父上が事故で亡くなっただと!?」
「は、はい! ベリガール公爵家の馬車が崖から転落しているのを見つけました」
「な、なんてことだ……」
父は突然、帰らぬ人となる。
アーテルム帝国からの帰り道、馬車ごと崖から落ちたそうだ。
ダルモンテ王国は宰相である父がいなくなったことで騒然となった。
しかし馬車の中で父の遺体は女性もののアクセサリーを大切そうに握りしめていた。
その他にもわざとらしいくらいに女性との関係を匂わせるものが置いてあった。




