②⑧
そしてもっとも厄介なのがシュヴァルツの妹、リリアンだった。
城に住む侍女や侍従たちは病弱だと言い張る彼女の言いなりだ。
そのせいで側妃の娘、第二王女のフラーウムは城を追われて逃げ出した。
それもリリアンと王妃がしつこく嫌がらせをしていたからだろう。
彼女は相当ひどい目に遭っていたが、チェルヴォニはそれに気づかないフリをしていた。
リリアンから何か言われても面倒だからだ。
彼女に極力、関わりたくはないと思っていた。
リリアンも自分で追い出しておいて、フラーウムがいなくなると退屈になったのだろう。
おもちゃがいなくなり標的が侍女たちに変わると、城の雰囲気は悪くなる一方だった。
ダルモンテ国王も二人のことを放置しているため、やりたい放題だった。
むしろ城の中で済んでいるのなら醜聞も広がらずにマシだと思っていそうだ。
(私が宰相になる前にリリアンがどこかに嫁いでくれさえすれば……)
リリアンも二十歳になる。
もう病弱などと言っている場合ではなくなっていることだけは確かだろう。
それでも城の外に出ればリリアンを心優しい王女だと囃し立てるのだからバカバカしいことこの上ない。
フラーウムに虐げられたのだと言っているそうだ。
それも二人の戦略だろう。
だが彼らを客観的に見ていたチェルヴォニはわかっていた。
(バカな女の操り人形だ。どうしてあんな女の嘘に騙されるのか理解不能だな)
リリアンに裏があることもハッキリとわかっていた。
彼女は弱いフリをして狭い世界を支配している。
それからシュヴァルツにカーラーが嫁いでくるのと同時に、チェルヴォニとリリアンの婚約の話が持ち上がるようになる。
(冗談じゃない……あんな女と結婚したら私の完璧な人生が崩れてしまうじゃないか)
この時ばかりは父に協力してもらっていた。
父もリリアンと王妃のことを間近で見て理解しているからか、結婚の話をやんわりと断り続けていた。
「あの女はベリガール公爵家に相応しくない」
「えぇ、わかっていますよ。どうにかして断らなければベリガール公爵家は終わりです」
「だが問題は王妃やリリアンがその気だということだ。どうにか対策を打たなければ……」
リリアンのような世間知らずでわがままなくせに、いつまでも姫のように扱わなければいけない女など愛せるはずもない。
父も彼女が病弱を理由に子どものことで断ろうと言い訳をして、この件をうやむやにしていたそうだがシュヴァルツの結婚を期に羨ましくなったようでくらいついてくる。
それにチェルヴォニとなら幸せになれる気がするというわけのわからない理由付きだ。
『チェルヴォニのためなら命だってかけられるわ!』
そんな意味のわからないことを言い出して、最悪なことに無理やり押し進めようとしているではないか。
(リリアンとの結婚なんて死んでもごめんだ。私は私のやることに何の文句も言わずに言うことを聞く女としか結婚しないと決めているのに)
このままだとリリアンとしか結婚するしかなくなってしまう。
リリアンを大切にしなければ文句を言うに違いないし、彼女のわがままを前に仮面をつけたままでいられる自信もない。
チェルヴォニが追い詰められて、諦めるしかないと思っていると突然、転機が訪れた。
アーテルム帝国との親睦パーティーで、チェルヴォニはある一人の令嬢と出会う。
パッと見の印象はとても幼い少女だった。
レッドブラウンの髪を高い位置で二つに結えており、小動物のようにクリッとした瞳。
宝石のようなゴールドの瞳は光に反射して怪しく輝いている。
(なんだあの瞳は……目が離せなくなる)
彼女の可愛らしい容姿はダルモンテ王国ではとても珍しく、令息たちの視線を集めていた。
透けたレースをふんだんにつけたフリルは彼女の趣味だろうか。
とにかく周囲の視線を惹きつける奇抜な容姿にチェルヴォニも違った意味で目を奪われることになる。
(なんだこの令嬢は……)
しかしチェルヴォニと目が合った瞬間、ゴールドの瞳が大きく見開かれる。
すると彼女を囲んでいた令嬢たちを押し除けてこちらにまっすぐに向かってくるではないか。
「見つけたわ……! わたくしの王子様っ」
信じられない言葉が聞こえたような気がしたが、チェルヴォニは興奮気味にこちらににじりよってくる令嬢に落ち着いてと促すように手のひらを前に出す。
「あなた、お名前は……?」
チェルヴォニはあまりの勢いに肩を跳ねさせつつ、柔らかい笑みを浮かべた。
身につけているものからしてかなり高価なものだとわかる。
「はじめまして。チェルヴォニ・ベリガールと申します」
チェルヴォニは得意の表向きの笑顔を浮かべるとその令嬢はますます顔を赤らめていく。
こういう反応は慣れているはずなのに、ここまで露骨に表に出してくるのは悪くない。
「わたくしはエリー、エリュテイカ・ヤートですわ。突然で失礼かもしれませんが婚約者はいらっしゃるかしら?」
「……いいえ」
「まぁ……これは運命なのかしら。わたくし、あなたに一目惚れをしたわ」




