②⓪
言い訳なんていくらでも思いつくことができる。
今日こそフラーと家族の元に帰ろうと思っていた時だった。
「君もそろそろ結婚してはどうかね?」
「……え?」
「ラウラも君のことを気に入っているらしい。悪い話じゃないだろう?」
それはアスファルが思っていたよりもずっと早く訪れたチャンスだった。
何度か二人で顔合わせをしたが、彼女はそれはそれは美しくて貴族の令嬢らしい女性だった。
真珠のように艶やかな肌も、豊かな胸もすべてが素晴らしい。
わがままがすぎるところや侍女へとつらく当たることがあるところが気になったが、貴族の令嬢なんてそんなものなんだと受け流していた。
まるで測ったかのようなタイミングだった。
(これは運命だ。動くなら今しかない……!)
アスファルは一旦、街に行くことをヴィジョン伯爵に話す。
彼は弟や妹たちがいることに驚いていた。
「ほう……君に弟や妹がいたとはな」
「もし使用人として使えなければ捨てるだけですよ! ははっ」
ヴィジョン伯爵の前だからと見栄を張ってしまう。
その言葉を聞いたヴィジョン伯爵は馬鹿にするように笑いその通りだと言うかと思いきや、まさかの大喜び。
「そんな若い子どもがたくさんいたのなら、もっと早く言ってくれればよかったんだ」
「……え?」
「もっと早く使えたのにもったいないことを……」
「どういう、ことですか?」
「いらないなら私がもらおう」
ヴィジョン伯爵がなんのことを言っているのか理解できなかった。
彼の言葉に違和感を覚える。
(使う……? それはもらうというのはどういう意味だ?)
使用人として使うという意味だと勝手に解釈するしかなかった。
今すぐにヴィジョン伯爵に迎えに行けと言われて、困惑したままアスファルは重い足取りで家族が暮らす場所に向かう。
だけど自分が気負う必要はない。
この世界には持たざるものと持っているものがいるだけなのだ。
アスファルはそれを知っただけだ。
(本当にこれでいいのか……?)
アスファルは暫くボロボロの小屋の前で立ち尽くしていた。
針のようなものがチクチクとわずかに残った良心をつついてくる。
どのくらいそうしていたのだろうか。
するとフラーが洗濯物を持って、外に出てきてアスファルはハッと肩を揺らす。
「アスファル……!」
フラーの声を聞いて弟や妹たちが顔を出す。
以前は歓迎してくれていたのに彼らはアスファルを鋭く睨みつけているではないか。
むしろアスファルを信じて待っていてくれたのはフラーだけ、そう錯覚させる。
「フラー、君とはもうやってはいけない」
「…………え?」
「僕はラウラと結婚するこになった」
彼女のブルーの瞳が大きく揺れ動いているのを冷めた気持ちで見つめていた。
「どうしてそんなことを言うの……? アスファル」
「もうお前に用はない。今から俺に必要なのは権力や爵位なんだ」
「でもみんなはどうするの!? 結婚するって言ったのに……」
「状況が変わったんだ。お前ならわかってくれるだろう?」
フラーは今まで反抗することなくアスファルと家族のために尽くしてくれた。
だが、このままフラーと結婚しても未来は変わらないどころか貴族として成り上がることはできない。
貧乏人と言われて馬鹿にされるのはもうたくさんだ。
そんなガルベン男爵家に巡ってきた大チャンス。
ダルモンテ王国とアーテルム帝国を繋ぐ架け橋となるために、また今より成り上がるためにヴィジョン伯爵家の長女であるラウラと結婚しなければならない。
(そうすればガルベン男爵家の未来は明るい……! こんな貧乏女を捨てて、ラウラと結婚できさえすれば……っ)
後ろ盾もなく何の力もないフラーには、この命令に逆らうことなど絶対にできないだろう。
それに悪い噂を言いふらしたところで、今なら痛くも痒くもないではないか。
(僕はもう貴族の仲間入りだ。これからは華やかな世界で生きていく……!)
フラーはラウラの言葉を聞いて怒りからかブルブルと震えている。
彼女がいくら怒ったところで何の権力もないため怖くない。
「…………そう、わかったわ」
フラーの青い瞳から光が消えた。
「わ、わかってくれたならよかった」
「もう……私が知っている〝アスファル〟はいなくなってしまったのね」
アスファルの思った通り、フラーはそう呟いただけで他は何も言うことはなかった。
そうするしかないのが現状なのだ。
アスファルの唇は弧を描いていく。
たしかに妻にするにはフラーはいい女だったのかもしれない。
だが、それはアスファルが持たざる者だった場合だ。
ラウラはわがままで貴族らしい令嬢ではあるが、彼女がいればガルベン男爵家の名前は王家にまで届いて子爵まで登り詰めることができる。
アスファルも正式に貴族の仲間入りだ。
〝貧乏くさい田舎貴族〟などと馬鹿にされることもない。
(こんな女といたら、俺まで貧乏くさくなってしまうだろう?)




