②
だが、サフィードは今戦いと血に飢えていた。
フィオーネが嫁いでくる前までに、どうしようもない渇きを潤すために酒と女に溺れる日々を送っていたのだ。
堕落した姿を見て、父の代から屋敷で働いていた従者たちも愛想を尽かして出て行ってしまった。
朝か夜かもわからないめちゃくちゃな生活。
常にカーテンは締め切られて部屋には裸の女と横たわっていた。
寂れた辺境伯領から人が出て行ってもどうでもいい。
実はフィオーネとの縁談も酔っ払った勢いで結んだのだ。
小さな彼女を見て後悔しても遅かった。
もちろん初夜などできることなく、彼女を迎えた後悔を紛らわすために酒に溺れる日々。
フィオーネは国に帰ることもなく、ずっとシーディリフ辺境伯領にいた。
フィオーネは酔い潰れているサフィードを常に心配してくれていた。だが今はそれすらも煩わしい。
「あの……サフィード様」
「……なんだ?」
「あまりお酒を飲まれては……」
「うるさい。俺のやることに口出しをするな」
「…………はい。申し訳ありません」
悲しそうに頭を下げるフィオーネに気づかないフリをしていた。
侍女も連れてくることなく、ここに一人でやってきたフィオーネ。
酒瓶を持つサフィードを見て、震える手を押さえながらこちらに歩み寄ろうとしてくるのだ。
けれどサフィードの心はどんどんと軋み続けている。
「サフィード様、何かあれば呼んでください」
「…………」
「失礼いたします」
フィオーネは人手が足りずに汚れていくシーディリフ辺境伯邸を懸命に守ろうとしている。
残った侍女たちと掃除をしたり、執事と共に領地を立て直そうと夜遅くまで勉強しているようだ。
(何をやっても無駄だ……もうどうでもいい)
小さな体で懸命に働く姿を横目で見ていると、サフィードはますます女と酒が手放せなくなる。
彼女の一生懸命で無垢な姿がサフィードには猛毒だった。
聖母のような彼女と共にいると自分の愚かさが浮き彫りになるからだ。
(……もういっそのこと帝国に帰ればいいんだ)
そんな時、ボロボロのワンピースを着てバケツを持って歩いてくるフィオーネとすれ違う。
彼女はサフィードを見かけるといつも満面の笑みを浮かべる。
何度断ってもお茶をしないかと声を掛けてくるし、懲りずに食事をしようと誘っているのだ。
毎回、悲しそうな顔をさせてしまうのだが断り続けていると感覚は麻痺ってしまい、次第に心も痛まなくなってしまう。
今も屋敷の廊下を歩いているサフィードの両脇には娼婦の女性たちが身を寄せている。
そんな時、フィオーネと鉢合わせてしまった。
「この方たちは……?」
「…………。友人だ」
サフィードがそう言うと、フィオーネは言葉をそのまま信じてしまう。
「そうですか! 楽しんでくださいませ」
無垢な笑顔を向けられると胸が痛んだ。
だが娼婦たちは噴き出すようにして笑っている。
フィオーネに見せつけるようにして彼女たちは胸を擦りつけながら真っ赤な唇を歪めて笑った。
「ねぇ、サフィード。この子ってあなたの〝妻〟なんでしょう?」
「ウフフ、子どもじゃない! あなたにはサフィードは満たせないわ」
「…………え?」
フィオーネは背も小さく童顔のため実年齢よりも幼く少女のように見えるのだろう。
彼女たちにそう言われたフィオーネはピタリと動きを止めた。
さすがにこれはやりすぎだと、サフィードは娼婦たちを止めるように声を上げた。
「おいっ……! 余計なことを言うな」
「だって事実じゃない!」
「あら、ウフフ……ごめんなさいねぇ」
娼婦はフィオーネを見下している。
フィオーネの表情がどんどんと固くなっているのに気がついていたが、どうフォローしていいのかがわからない。
その隙に娼婦たちはフィオーネを追い詰めるように嗤った。
「今からあなたにできないようなイイコトをするのよ?」
「ふふ、子どもにはわからないかしら。まぁ、いいわ。奥様は掃除でもしてなさい」
「…………失礼いたします」
娼婦たちの下品な笑い声が廊下に反響していた。
フィオーネは困ったように笑い、一礼してから背を向けて去っていく。
周りにいた侍女や執事たちがサフィードを睨みつけるが、現実から目を背けるように視線を逸らす。
(こんな時、なんで言えばよかったんだ……クソッ)
サフィードは彼女を庇うことも気遣うこともできなかった。
久しぶりに申し訳ないという感情が湧き上がってくる。
けれどそれも娼婦たちと部屋に入ればすぐに消えてしまった。




