①⑥
「君が……アスファルだね」
「あなたは……」
「デイビス・ヴィジョンだ。是非、君の話を聞きたいと思い探していたんだ」
「僕を、ですか?」
ヴィジョン伯爵はアスファルの肩を抱いた。
彼が伯爵だと知り、アスファルはチャンスだと思った。
アスファルの顧客は子爵や男爵が多い。
これ以上の繋がりを作ることはとても大変だと思っていたからだ。
「アルファス、頼みたい仕事があるんだ。君にしかできない大切な仕事だ。それに……協力してくれたら富と名声を得ることができるだろう」
「是非、協力させてくださいっ!」
「ははっ、そうか。頭のいい君ならわかってくれると思っていたよ」
アスファルはヴィジョン伯爵から渡されたグラスを受け取った。
彼は他国から運びたいものがあるそうで、その際にアスファルの力を借りたいということだった。
(余ほど高価なものなのだろう。これで僕はもっと上に行けるんだ!)
貴族たちとの付き合いが増えるたびに不規則になる生活。
フラーや弟や妹とも顔を合わせることはない。
ボロボロの小屋のような家。貴族たちの馬小屋の方がまだマシな作りだ。
この場所にアスファルは相応しくない。
家に帰ることも減っていき、自然と華やかな生活を好むようになる。
「アスファル、君は有能だ。こんなところで燻っていい人間じゃない」
「…………え?」
「君の活躍次第なら爵位を賜ることだって不可能じゃないはずだ」
その言葉を聞いてハッとする。
爵位をもらえば、彼らのように贅沢な暮らしができる。
アスファルは羨ましかったのだ。
それと同時に自分と心の奥底では、彼らのようになることを望んでいる。
そう考えて腑に落ちたような気がした。
(僕が彼らのようになればいい……! 選ばれた側の人間になればいいんだっ)
豪華な夜会やパーティーに出席するたびに出費も増えていく。
家族のことなどかえりみず、アスファルは選ばれた側の世界に染まっていく。
それからヴィジョン伯爵家はアスファルに次々と幸運を運んできてくれた。
アスファルはヴィジョン伯爵のことを完全に信頼していた。
彼の伝手を使い、王家にも商品を献上することができた。
ダルモンテ王国の王家は煌びやかだった。
国王に謁見する時は全身が震えた。
ダルモンテ国王の隣には王太子であるシュルベルツ。
隣には彼の妹である王女リリアン。王妃とシュヴァルツに溺愛されているリリアン。
今回、アスファルが献上したものもリリアンが欲しがっていたものだそうだ。
その後ろには王太子妃であるカーラーが静かに立っていた。
珍しい黒髪と赤い瞳は不気味なほどに美しい。
彼女はアーテルム帝国との和平の象徴として嫁いできたようだが、明らかに肩身は狭そうである。
アスファルは誰かに見られているような気がしてゆっくりと視線を移していく。
カーラーの赤い瞳がアスファルを映し出していたのだが、彼女の唇は綺麗な弧を描いていると気付いた瞬間、ブワリと鳥肌が立つ。
反射的に俯いてしまい、飛び出そうな心臓を押さえた。
息を整えて、再びカーラーを見ると彼女の表情は元に戻っていた。
(な、なんだったんだ……?)
リリアンは大喜びでダルモンテ国王や王妃もアスファルが献上したものを気に入ってくれたようだ。
『素晴らしい。またいいものがあれば見せてくれ』
嬉しい言葉にアスファルは深々と頭を下げて成功を喜んだ。
一生会うことが叶わなかった人たちが目の前にいてアスファルを認めてくれた。
平民の自分がだ。その特別感に酔いしれていく。
数度のやりとりも大成功。
このことが決め手となり、アスファルはついに〝ガルベン男爵〟という爵位を賜ることになる。
これでアスファルも貴族の仲間入りだ。
アスファルの押さえつけていた欲や野心は轟々と燃え盛る。
(僕はもっと上にいける。選ばれた存在なんだ……!)
この頃から家族のことやフラーの元にはまったく帰らなくなった。
貧乏くさい奴らと一緒にいるところを見られたくない、そう思ったからだ。
それにアスファルは最近、稼いだものをすべて自分の身なりや貴族たちの繋がりを保つためのものに使っていた。
故に仕送りなど送らなくなってもうどのくらい経つのだろうか。
もうフラーや弟や妹たちが生きているか死んでいるかもわからない。
そんな後ろめたさから更に帰らなくなっていく。
三カ月ほど経つと浪費の生活が当たり前になっていった。
フラーと家族のことすら忘れて、自分が気持ちよくなれればいいと思うようになる。
アスファルはすっかりと欲に溺れていた。
貴族らしい屋敷も買い取った。
やっとスタートラインに立てたという時に金が尽きそうになってしまう。
しかし虚栄心からヴィジョン伯爵に金を借りるなどできるはずもない。
(仕方ない……金を借りにいくか。わずかだがないよりマシだろう)
そのタイミングで久しぶりに家に帰ることに決めたが、アスファルはこの時にすっかり傲慢になっていた。
アスファルの身なりを見て、物乞いをする人々。
あまりにも汚い景色に鼻を摘みながら歩いていく。




