①④
『欲がない、ですか?』
『ああ、そうじゃ。欲は時として己を滅ぼしてしまう……だからお前を選んだ』
『…………』
『アスファル……欲に溺れるなよ。大切なものをすべて失うことになるからな』
『……は、はい!』
彼の言葉をよく理解することはできなかったが、その凄みのある声に押されるままアスファルは頷いた。
どうやら年老いた商人は自分のためではなく、家族を養うために働き、勉強熱心だったアスファルを気に入ってくれたことだけはわかった。
その一カ月後、彼は亡くなった。
病を患っていたことを知ったのは随分と後のことだ。
商会のリーダーだった彼の跡を継いでからも誠実に仕事と向き合い、アスファルは地道に成功を掴んで行った。
他国の珍しいものを輸入するのは楽しかった。
それが貴族相手にもよく売れるようになっていく。
アスファルはもっと間口を広げようと、いつも取り引きしている貴族たち以外の元へ向かうことにした。
商会の売り上げをもっと伸ばすためだ。
けれど貴族たちはアスファルを当たり前のように見下してきたのだ。
あまりにも悪意がある言葉に笑顔がどんどんと引き攣っていく。
『貧乏くさい商人だが、なかなか見る目があるじゃないか』
『ふん、商人風情が……今回は買わせてもらうがもっとマシな格好をしてきたらどうだ? 汚らしい』
このように言われるのは日常茶飯事だった。
老人も決まった貴族たちの元にしか行かない理由を理解した。
アスファルはどうしようもない壁にぶち当たる。
それは越えられない身分と生まれの差だった。
けれどこれ以上、馬鹿にされたくないと懸命に仕事を頑張るが、すべて空回り。
アスファルについていけないとどんどんと人は辞めていく。
極めつけは悪どい貴族に騙されて商会とアスファルはどん底へと向かった。
頑張っても報われない。アスファルにつきけられた現実はあまりにもつらいものだった。
もう死のう……そう思っていた時だった。
裏路地にうずくまる少女の姿があった。
身なりは薄い生地の綺麗なワンピース一枚だけ。
綺麗なのに裸足で、足の裏は擦り切れてひどいありさまだ。
もしかしたら娼館から逃げてきたのかもしれないと思った。
彼女は泣いていたのか目元が真っ赤に腫れていた。
(彼女も死にたくなるようなつらいことがあったのだろうか……)
自分と同じで絶望して、どん底にいるであろう彼女に親近感を抱いた。
気づいた時には手を伸ばしていた。
自分が救われたかっただけかもしれないが、フラーとの出会いをきっかけに人生が変わったことだけは確かだ。
彼女と共にアスファルは久しぶりに家族の元へ戻った。
フラーはアスファルが驚くほど何もできなかった。
料理や洗濯、生活していれば当たり前にできることどころか一人で服を着替えることもできない。
だが、母に色々と教わりながら次第にできることが増えていく。
フラーは楽しそうに家事を取り組んでいた。
何故あの場所にいたのか、どこからきたのか聞くことはない。
だけど一生懸命な姿に胸を打たれた。
失敗してもうまくいかなくても何度も挑戦している姿は、まるで昔の自分を見ているようだった。
(僕もフラーのように、もう一度がんばってみよう……!)
彼女の純粋さにアスファルは救われていた。
家族とフラーの支えもあり、アスファルはもう一度頑張ってみようと立ち上がることができた。
そう思えたのもフラーと出会ったからだ。
あの時の出会いは運命だったのではないかと思える。
フラーはアスファルのことを信じてくれた。
「アスファル、あなたならできるわ。だってこんなにもあなたは頑張っているんだもの!」
「だけど僕は一度失敗しているんだ。また失敗したらどうすればいい!?」
「……!」
「またみんなに迷惑を掛けてしまう。これ以上は……」
一度どん底を経験すると、挑戦することが恐ろしくなった。
また失敗するんじゃないか、人が離れていくのではないか……その出来事がアスファルの歩みを止めてしまう。
それに加えて、タイミングが悪いことに母が病に倒れて動けなくなったのだ。
フラーはアスファルが商会を立て直している間、七人の弟妹たちの世話や母の介護を懸命に行ってくれていた。
もうすっかり何もできない頃のフラーはいない。
「家族のことは私に任せて! アスファルは自分のやるべきことをやってね」
フラーが母親の代わりになり幼い子どもたちの面倒を妹たちと見てくれている。
そのおかげで仕事だけに集中することができたが、なかなか這い上がることができない。
毎日、打ちのめされて痛む日々。
「すまない、フラー。もう僕はダメなのかもしれない……」
「……アスファル、そんなことを言わないで」
「だが、フラー……このまま失敗してみんなを飢え死にさせてしまうのではないかと思うと不安なんだ」
アスファルが家に帰り涙を隠すように顔を手のひらで覆った。
弱気な発言をすると必ずフラーが励ましてくれる。




