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(そんなつもりはなかった。彼女を守りたかっただけなのにどうしてこんなことに……)
サフィードは罪悪感に押し潰されそうになっていく。
フィオーネのささやかな願いすら叶えることができなかった。
それと同時に現実から逃げたくて仕方ない。
(俺は悪くない。アイツらが何も言わなければフィオーネは傷つくことはなかったんだ! それなのに……っ!)
太陽は沈んで空はどんどんと暗くなり月が昇る。
執事は侍女たちはフィオーネを探しに行くための準備を進めていた。
どれだけ彼らにとって彼女が大切な存在なのか見せつけられているようは気がした。
サフィードは玄関に立ち尽くして呆然とすることしかできない。
そんな時、ベルが鳴り誰かの来訪を伝える。
慌てて扉を開くと、そこにはフィオーネの姿があった。
いつものように笑顔を浮かべているが、目元は真っ赤になり腫れている。
「頭を冷やしたくて……心配させてしまってごめんなさい」
「……ぁ」
サフィードが声を掛けようと口を開いたが、後ろから侍女たちがフィオーネを抱きしめる。
彼女は小さな震え声で「本当にごめんなさい」と言って屋敷の中へ。
その際、一度も目が合うことはなかった。
執事や侍女たち、屋敷で働くものたちはみんなフィオーネの後をついていく。
サフィードは玄関に取り残されながら頭を押さえた。
静寂がサフィードを責め立てる。
(俺は……いらない。必要ない……また必要ない存在になってしまう)
隣国との戦いがなくなり、サフィードは必要なくなった。
またいらない存在になっていく。
領主としてもサフィードはいらないのだ。フィオーネさえいればそれでいいのだ。
どんどんと息が荒くなっていく。焦り、苦しさ、苦痛が全身が支配する。
金もなく娼館で欲を発散することもできない。
すればサフィードが求めるものはただ一つだけ。
(紅茶が飲みたい…………紅茶? いや、酒。俺が欲しいのは酒のはずだろう?)
酒じゃないことに唖然とするサフィードだったが、調理場に押し入り酒瓶を持って部屋に駆け込んだ。
重たい瓶を傾けて、凄まじい勢いで酒を流し込んだ。
久しぶりに飲む度数の高い酒に喉は焼けるように痛む。
咳き込みながらも再び瓶を傾けた。
それでも現実を忘れるのはこれしかないと思った。
(おかしい……どうして? 何故だ、何故酔えないんだ)
だけどいくら飲んでも満たされない。
まだ飲み足りないだけだと酒を飲んでも気分が落ち着くどころか虚しいだけ。
この日は一晩中、眠ることができなかった。
吐き気と頭痛でソファにもたれていた。
憔悴したままのサフィードだったが、カーテンの隙間から光が漏れたことで夜が明けたのだと悟る。
結局、何も得られないまま朝を迎えた。
いつもの時間になってもフィオーネは朝食を誘いに来ることはない。
こうなるのはわかっていた。
わかっていたはずなのにまた許してくれるのではないかと期待していたのだ。
自分の愚かさが気持ち悪くて仕方がない。
部屋の外で音がして慌てて扉を開ける。
侍従が食事は廊下に置いた音だと知り肩を落とす。
サフィードを睨みつけた侍従は足早に去っていく。
「はは……ははっ」
何故こんなにもショックを受けているのか。
そんな資格はないはずなのにと自分でも笑えてしまう。
国を守るという仕事がなくなったサフィードは必要のないゴミになった。
友人にも国にも必要とされず、妻を裏切り続けた。
(耐えられない。俺は……こんなはずじゃかったのに)
空腹と酒で満たせない欲を埋めるために娼館に向かうが、金がないことを理由に入店を拒否されてしまう。
暗闇の中、自分は完全に見放されてしまったのだと思った。
(ああ……喉が渇いた。フィオーネの紅茶が飲みたい……だけどフィオーネはもう俺のために紅茶を淹れてはくれないだろう)
どうやって屋敷に戻ったのかは覚えていない。
気づいたら部屋の中にいた。
酒を飲んでも飲んでも満たされない。
サフィードは頭がおかしくなってしまいそうだった。
どうしてこんなことをしてしまったのか。
やり直そうとしたしたけれど、結局は自分の欲に負けてしまい、美しい彼女に触れられない。
どうしてもっと彼女の気持ちに寄り添ってあげられなかったのか、後悔ばかりで何もできなくなってしまった。
(すまない……すまない、フィオーネ。俺が悪かった。許して、許してくれぇ)
どんなにそう思っていても、今はもう謝ることすら許されない。
この罪は鎖のように巻きついていき喉を締め付けていく。




