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第9話 篠本紗奈が眩しすぎる


 不思議な形で始まった高校生活。

 最初の内は戸惑っていたけれど、慣れてしまえば意外とどうということもなくて。

 まあ中学の頃から知っている顔がそこそこいるというのが、大きいのかもしれないけれど。


 「ふわあ~」


 あくびも出ます。

 現在時刻は朝の6時。

 朝早すぎるっぴよ~。

 こんな早い時間に俺は何をしに来たのかというと。


 「そこのゴミとここのゴミ出しておけよ。今日はそれで終わりだ」

 「うぃ」


 ガタイの良い大男のその言葉を受けて、俺は大きなゴミ袋を2つほど手に持って、外に出る。

 歓楽街の一角。

 この朝早い時間は人もほとんどおらず、ゴミ袋の周辺に集る鳩が数羽歩いてる程度だ。

 

 今俺に指示を出していたのが、親父。今はもう一緒に暮らしていない、血のつながった親である。

 ……まあ、カスなんだけど。

 親父も母親も水商売に身を置いていた人間で、結婚したもののすぐに離婚。

 妹の有紀音と俺は母親が違う。

 まともに育ててもらった記憶はほとんどなく、しばらくは有紀音の母親が面倒を見てくれていたが、それも数年前に親権を父親に渡して消えた。


 そんな父親から妹を守るために、俺は2人で暮らす権利をなんとか勝ち取ったわけだけど、そのために課されているのが、昼の喫茶店で働くことと、こうして早朝にここへ来て、親父の経営するガールズバーの掃除とゴミ出しをすることだった。

 まあ、これくらいで2人で暮らしていくための家賃と暮らしていけるだけの仕送りがもらえるなら、俺としても文句はない。


 「よいしょ、と」


 ゴミ袋を2つ指定の場所に置いて、任務完了。

 帰って、シャワー浴びてから学校に行く準備でもしますかね。


 歩いて家への道を辿る。

 春の陽気が心地よいので、最近は歩いてここまで来ている。そんな距離離れてるわけでもないしね。


 家に帰ったら有紀音と俺の朝ごはん作って~弁当も作りますかね。

 有紀音も有紀音で掃除や洗濯をきちんとやってくれるからありがたい。可愛い妹だよあいつは。


 妹を守ることがもちろん目標ではあるのだけれど、もっと短期的な目標は、有紀音が高校を卒業するまでちゃんと育ててあげること。

 せめて楽しい学校生活を、あいつには送ってほしい。


 駅近くのエリアを過ぎて、のほほんと住宅街を歩いていると。

 正面から、女の子がこちらに向かってランニングしてきているのが見えた。

 こんな朝早くからランニングか~。感心感心。

 なんて、思っていたのは一瞬で。


 その姿に見覚えがあって、思わず苦笑いした。


 「あら宮様ごきげんよう!」

 「……なんでえ」

 

 もはや見慣れた特徴的な金髪。ランニングスタイルなのかポニーテールなのでいつもと髪型は違うが、その姿は見間違えるはずもない。

 二条院礼華その人である。


 「朝からランニングするのが日課でして。宮様は何をしておられたのですか?」

 「え?あ~えっと……散歩、かな?」

 

 別に話すようなことでもないので、適当にはぐらかしておく。


 「ふふふ、こんな時間から散歩なんて、宮様は不思議な方ですわね」

 「不思議さで礼華さんに勝てる気はしないけどなあ……」


 先ほどまで走っていたはずなのに、礼華さんは呼吸ひとつ乱れていない。

 短めのハーフパンツからは黒いレギンスに包まれた長い足がすらっと伸びており、高校生とは思えないスタイルの良さを感じさせた。

 そりゃ皆高嶺の花だと思うわな……。


 「というか、ボドゲ部部長なのにランニングするんすね」

 「わたくしスポーツも少し嗜んでおりまして。ランニングはその名残ですわ」


 ほえ~礼華さんは運動もできるのか。完璧お嬢様やん。


 篠本さんに誘われて連れていかれたボドゲ部。そこの部長が礼華さんだった。

 まあ正直知ってる人がいるのは助かる。

 篠本さんからボドゲ部って誘われた時はとんでもない搾取される日々が始まるのかと思ってひやひやしたぜ。


 「そういえば、1年生はそろそろ林間学校ではなくて?」

 「あ~そんな話確かにされたような……」

 

 中学からのエスカレーター組がいるとはいえ、編入組もいて知らない人も多いはずだし、皆で仲良くなろう!というイベントである。

 だから入学してからすぐあるんすね~。

 有紀音の世話できないやんけ!


 「わたくしがついていけないのが残念でならないですわ……」

 「いやなんでついて来ようとしてるんですか」

 

 っていうか礼華さんは来れないはずなのに出没しそうで怖いわ。


 「あら、こんな時間。そろそろ行きますわね!朝から宮様とお会いできてうれしかったですわ」

 「お、おお。こちらこそ……?」


 なんて返して良いのかわからず曖昧な返事になってしまう。

 普段と違う礼華さんはギャップがあって非常にヨシ!だったのは間違いないけど。


 すぐに走り去ってしまった礼華さんを見送って、再び家への道を辿る。

 

 ……ってか礼華さんって家この辺じゃなくね……?いや、正確な場所は知らないけど、少なくとも同じ方面の電車じゃなかったような……。

 ……怖いから考えるのやめるか……。


 前言撤回。高校生活は全然慣れないしどうということもあります。

 

 





 教室に入って、自らの席に向かう。

 俺は大体HRが始まる10分前くらいを目安に教室に来るので、既に教室はそこそこ賑わっていた。


 席に向かうと、隣の席の泉さんは既に着席済み。

 今日もクールでカッコ良いなあ~!聞けばバスケ部に入ったという。それもまた良き。バスケしてるとこ見てえぜ。


 「おはよう泉さん」

 「……おはよ」


 なんだかんだ、朝の挨拶を返してくれる辺り、優しさを感じる。目は合ってないケド!

 と同時に、泉さんの顔を見て確信する。

 ……先週、喫茶店に忘れ物をして戻った時、歓楽街の裏路地に消えて行ったのは、やっぱりこの子、泉さんだ。

 何故あんなところにいたんだろう。

 けれど、そんなこと聞ける関係値があるわけでもないので、一旦置いておくことにしよう。


 とりあえず今日も泉さんとの朝の挨拶というログインボーナスを消化した俺は、同じく席に着いた。


 「……ねぇ」

 

 授業の準備を進めていると、泉さんから声をかけられる。珍しいこともあるもんだ!

 これは誠心誠意答えなくては。


 「なんでござんしょ!」

 「え、そんなこっち向かなくて良いよ」

 「スミマセン」


 コミュニケーションって難しいなあ(涙目)。


 「……あのさ、なんであんたそんな嫌われてんの」

 「あ~……」


 泉さんが言いたいのは、きっと中学からの繰り上がり組から、ということだろう。

 なんて答えたもんかなあ。


 「んまあ、中学の時にちょっと、ね。僕ちょっと変な家庭環境なのもあって~的な?」

 「……?」


 ハッキリ言うのがちょっと嫌で、濁してしまったけれど。

 中学の時に、俺はとあることがきっかけで、周りから疎まれるようになった。まあそんな中でも仲良くしてくれたのが小暮の所のカップルで。

 実際そんなに沢山友達なんていらないと思っていたから、別に良いんだけど。


 「まあ、端的に行っちゃえば家庭崩壊してる両親水商売やってる家の息子で、俺自身も女好きのヤバイ奴だ~みたいな噂が広まったっつー感じですかね?」

 「……ふーん」


 頬杖をついて俺の話を聞いていた泉さんが、俺を上から下まで眺めた。


 「……とてもそんな奴に見えないけど」

 「お、嬉しいこと言ってくれますね~」

 「別に顔もそんな良いわけじゃないし」

 「え、急に刺してくるじゃん」


 めっちゃ優しい!と思ったら急にナイフで刺されたんだけど。

 これが位置エネルギー……(?)。


 「まあでも、噂通りかもしれないですよ?い、泉さんとも、な、仲良くなりたいと思ってますしおすし」

 「キモ」

 「泣いて良い?」


 一蹴されて、会話が終了。バッドコミュニケーション。ちゃんちゃん。


 「うっす~HR始めんぞ~」

 「やぎちゃんおはよう!」

 「やぎちゃん言うな」


 いつも通りの定型文で、1年C組の朝が始まる。


 ……まあ、別に自分が周りにどう思われようと、あんまり気にしていない。

 俺は妹が卒業するまで、穏便にこの高校生活を過ごすことができれば良い。


 「今日は1限まで使って来週にある林間学校のグループ分けすんぞ~」


 そういえば礼華さんも言っていたけれど、来週に林間学校が控えている。 

 林間学校なんて小学校でしかやらないものだと思っていたが高校でもやるもんなのか。



 「とっちゃんもちろん一緒に行くよなァ!」

 「お前は声がでかいよ」

 

 自由な話し合いの時間になって、いの一番に俺の元へ来たのは案の定小暮だった。


 「でもあの規則ちょっとめんどくせえな」

 「んー?でもまぁ今回の趣旨を考えたら仕方ないんじゃない?」


 小暮が言っているのは、黒板に書いてある今回のグループ決めに当たっての規則。

 男子2、女子2でグループを組むが、編入生と繰り上がり組も2:2になるように。というものだ。

 そもそも林間学校をやる意味が編入生とも仲良くしましょうね、というものなのだから当然と言えば当然かもしれないが。

 


 「つーことは俺らは編入組の女子2人と組まなくちゃいけねえわけだ」

 「まあ、そうなるな」


 俺と小暮は繰り上がり組。

 同じグループになるには、編入生の女子2人とグループを組まなければいけないけれど……。

 編入生の女子か。とりあえず思い当たるのは編入生代表で入学式に挨拶をしていた篠本さん。

 

 ただ、彼女は人気者なので既に多くのクラスメイト達に囲まれてグループ分けを相談している。

 うーんスクールカースト上位!


 次に思いつくのは――。


 「私で良いなら入るけど」

 「良いんですかあ?!」


 隣の席の泉さんに目をやると、意外な反応が返って来た。

 てっきりさっき「キモ」と言われたばかりだったので断られると思ってたのに。


 「隣の席の泉さん。で、こっちは俺の友達の小暮純一郎」

 「うっす小暮っす。お嬢さんよろしくな」

 「……泉想夜」


 小暮が小声で「おいクール系美少女すぎんだろアチィ~!w」って言ってきたから後で渚沙ちゃん(小暮の彼女)に告げ口しよ。

 小暮のタイプはクール系なのである。渚沙ちゃんもタイプは違えどクール系だしな。


 「でも良いのかァ泉ちゃんよ。自分で言うのもなんだが、俺達結構嫌われモンだぜ」


 小暮の言う通り、俺達は嫌われ者だ。俺は先ほど言った噂で嫌われてるし、小暮に至ってはその素行の悪さから元々周りから疎まれていた節がある。

 そんな2人が一緒に行動するようになったら、そりゃ近づいて来るような人はいない。


 「……別に。私も似たようなもんだし」

 「へへっ、そうかぁ、じゃはぐれもん同士仲良くやろうや」


 泉さんがそんなに嫌われている、という印象は無いけど……。

 とにかく一緒にグループ組んでくれるならありがたい。


 ……けれど、結局俺達が3人グループになった所からグループ分けは難航した。

 そりゃ現状あまり友達がいない泉さんと、俺と小暮のコンビがいるところに入りたがる編入生の女子なんかいるわけもない。


 「ええ~私あそこは……」


 結局、グループ決めは授業終盤までかかってしまった。

 こういうとあれだが所詮は自由行動の時だけのグループなのだから、別にそれくらい良くないかね?と思うのだが。

 嫌われているせいで大絶賛ここのグループに入りたくない理由になっている俺が言っても仕方ないので言わない。


 「じゃ、じゃあやっぱり私が……」

 「え~篠本さんは俺らとって話だったじゃん」

 「そうだよ紗奈じゃんけんもしたんだし」


 篠本さんが何回かこっちを見ては悲しそうな表情をしている。

 そっか、篠本さんは皆に好かれていて優しいから、犠牲になって俺達のグループに入ろうとしてくれているわけね。

 では、ここはひとつ。


 「し、篠本さんが来てくれるんですかあ?!」

 「うっほ、役得じゃねえすか!やぎちゃん神システムありがとー!」


 こういう時小暮はすぐに意図を察してノってきてくれるから助かる。


 「おい、宮お前マジでそういうのやめろって言ってるだろ」

 「へへへ……すいやせん」


 クラスのリーダー格として大絶賛活躍中の男子生徒、寺岡君から咎められてしまった。

 中学の頃から知ってるけど、あいつは良い奴だ。この注意も、「お前本当はそんな奴じゃないだろ」っていう意味が込められている。

 表情も、どこか少し悲し気だ。

 

 「やっぱ宮ってキモいよな」

 「小暮もヤバイ奴だし……」

 「やっぱ流石に篠本さんをあんな人達の所に入れるの可哀想だよ」

 「今回はじゃんけんで決まったし私が……」


 だけどこっちの取り巻きズは本心で俺の事を嫌っている。まぁ良いケド。

 別に君らに嫌われたところで、俺にデメリットなんてほとんど無いし。


 そして話は大体想定通りに進んでいる。

 俺達がヤバイ奴ムーブをすればするほど、女子達も篠本さんを流石に可哀想だと思って思い直すだろう。

 そうして大人しくじゃんけんで負けた奴がウチのグループに入るってワケ!

 篠本さんに、同情なんかでこっちに来てもらうのは、申し訳ないしね。


 「はぁ……じゃあ私が――」


 俺たちの計画通り、仕方なく、じゃんけんで負けた女子生徒がこっちに入ろうとした、その時。




 「そう言ってくれるなら、私あそこのグループ入ろうかな!」



 

 じゃんけんで負けた女子生徒の声を遮って、一回り大きな声でそう言ったのは。

 話の中心にいた、篠本紗奈だった。


 「え……ほんとに?」

 「ほんとにも何も、何か来て欲しいって言ってくれてるみたいだし。私は嬉しいよ!」


 俺を含めて全員がぽかん、としている状況で、すたすたと歩いて来る篠本さん。



 「じゃあ、よろしくね!」



 ――なんだか不思議な感じがした。

 ああ言っておけば、篠本さんはスクールカースト上位のグループに入ると思っていたから。

 というか、本来そうなるような気がしていただけに。


 「よろしくお願いします……?」


 あんなことを言っておいて、逆にこっちが尻すぼみになってしまうほど。

 篠本さんの笑顔は眩しかった。


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