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第5話 二条院礼華が不思議すぎる


 なんとか篠本さんとの握手会(?)を終えて。

 学校を出て家に帰る。今日は入学式だったこともあり時間に余裕があるので、一旦家に帰ってからバイトに行く予定。

 学校から家までは電車で10分くらいなので通学時間はだいぶ短め。

 学校から駅までがちょっと歩くのでトータルで考えると30分弱といったところだろうか。


 家に着いた。改めて見ても相変わらずのちょいボロアパートだけど、中は案外綺麗なのである。

 

 「ただいまあ~」


 帰宅時の挨拶をして居間に向かうと、ソファからぴょこんと飛び出している金髪の後頭部が見えた。

 

 「おかえり~」

 

 ソファにふんぞりかえっている少女……妹の有紀音ゆきねはスマートフォンから目を離さずにぶっきらぼうにそう言った。


 「おいおい制服から着替えないでソファにふんぞりかえってるなんて……お兄ちゃん悲しいぞ」

 「はいはい」


 有紀音は俺と同じく紫水ヶ丘の中等部に通っている。今日は中等部の方も始業式だったはずなので、午前中で終わったのだろう。


 「今日は部活は!」 

 「体育館夕方まで使えないから休みだってさ~」


 有紀音はバスケ部に所属している。うちの妹は運動神経が抜群に良いのだ。

 こんなできた妹をもってお兄ちゃんは幸せだようんうん。


 「……笑顔で頷かないでよキモいんだけど……」

 「ききききもいわけねえし意味わかんねえし、は?」

 

 反抗期か……。

 昔は「絶対にお兄ちゃんと結婚する!」って言ってくれていたのに……。

 悲しみに暮れながら、俺はバイト先に向かう準備をいそいそと進めるのだった。



 

 俺のバイト先は、父親が経営している喫茶店だった。

 現在俺は有紀音との2人暮らしをしているわけだけど、それにはもちろん訳がある。

 うちの両親はどちらもがどうしようもないほどのクズで、どちらにも他に相手がいるせいで、家庭環境は昔から最悪だった。

 ある日は父親と、母親ではない女が。 

 ある日は母親と、父親ではない男が。

 

 そんな家に有紀音をずっと住まわせておくのが嫌で、俺は高校に入る少し前に、父親に直談判をしてなんとか有紀音との2人暮らしを勝ち取った。

 その条件の1つが、父親の経営している喫茶店で働くこと。

 有紀音をあの家から連れ出せるのだったら、それくらい全然安い。


 俺は、何の罪もない有紀音が、ろくに家族の愛も受けず、不自由な想いをすることが心底嫌だった。

 だって、そんなのはおかしいから。

 自分勝手な親たちのせいで、自分はまだしも、妹が苦しい想いをするのは、受け入れられないと思った。


 なんとか、有紀音が高校卒業するまでは、穏やかに暮らしてほしいな。



 家から自転車を20分ほど走らせれば、バイト先の喫茶店にたどり着く。

 住宅街を少し抜けただけで、いきなり駅回りの繁華街になるのだから不思議だ。

 従業員用の裏口に自転車を停めて、店へと入る。

 

 「お疲れ様です~」


 最初に姿が見えた店長に挨拶。なんの知識もなかった俺を根気よく育ててくれた、恩のある店長。御崎千恵さんだ。みさきち店長と呼んでいたりもする。

 みさきち店長は俺の姿を認めるとニヤニヤとしながらこちらに寄ってきた。え、なんですか?


 「お疲れ、なんかとし君のお友達?来てるけど」


 「え?」


 お友達……?

 今現在俺に友達なんて言える友人は小暮しかおらず、その小暮も、今日はなぎさちゃん(小暮の彼女だ)と一緒に放課後デートだって言ってたような……?

 そのままニヤニヤとしているみさきち店長を不審に思いつつ、思い当たる節はないため、とりあえず制服に着替えて、ホールに出てみる。

 

 すると。


 カウンター席には、紫水ヶ丘高校の制服を着た見目麗しい女性が気品たっぷりに座っている。

 その絵自体は、ドラマのワンシーンみたいに映えているはずなのに、その顔を知っているから、俺の背中に走ったのは悪寒だった。

 印象的な金髪サイドテール。

 蒼の瞳は、俺を見るやいなや、ぱっと喜びに開いて。



 「宮様!ご機嫌うるわしゅう」



 ――ねえ、なんで俺のバイト先知ってるんですか、礼華さん。

 






 喫茶店バイトに来たら今朝初めて会ったばかりのお嬢様がカウンター席でニコニコしながら待ってました。

 ……うんなんでえ?


 「こんな可愛い子が会いに来るなんて智一君もなかなか隅に置けないなあ、このこのお!」

 「い、いや店長えっとそういうんじゃなくて……」

 

 げしげしと肘でつっつかれるけれど、別に照れるとかなくて。

 怖いんだが???

 今日はいきなり朝会って名前知られてるし、今度はバイト先の喫茶店に先にいるし。


 ニコニコと笑顔を絶やさない二条院さんに、おそるおそる話しかけてみる。


 「え~っと、いらっしゃいませ、二条院さん」

 「あら、宮様、二条院さんだなんて他人行儀な呼び方ではなく、是非礼華さんと呼んでくださいまし?」

 「ッスーーーーー……あ、礼華さん」

 「はい!」


 満面の笑みである。それはもう気持ち良いくらいに。可愛いね。

 

 ……いや可愛いんだけどね、まだ恐怖が勝ってるよ僕ちんは。


 「あの~礼華さんはなんでこの場所を……?」

 「宮様の教室に行ったら宮様がいらっしゃらなかったので?ご友人の小暮様に聞いたらここでアルバイトをしていると教えてくださいましたわ」


 小暮え~!勝手に人のプライベートを教えるんじゃないよ!

 

 「申し訳ありません、ご迷惑でしたでしょうか……?」

 

 しゅん、とした表情で礼華さんがそう口にすると、後ろにいた店長が俺の足をぐりぐりと踏んで来た。痛い痛いですう!

 

 「あ~!いやいや!そんな、迷惑だなんて、そんなことありませんよ、本当に。ご来店アリガトウゴザイマス」

 「それなら良かったですわ!」


 ころっと表情を変えてまた笑顔に戻る礼華さん。かあ~女の子って怖いわあ!


 「ええっと……注文は何になさいますか……?」

 「そうですわね……ではこの、『本日のオススメ紅茶』を」

 「承知いたしました~」


 ほほう、最初にこのオススメ紅茶をチョイスするとはなかなか礼華さんも分かってますね。

 この喫茶店はそこまで大きいお店ではないし、全然有名でもないけれど、紅茶にだけは自信を持っている。というのも店長が紅茶の資格?を持っていて、そこだけにはこだわりがあるのだ。

 実際すごく美味しいし、流石に俺も違いが分かるくらいには沢山飲ませてもらった。

 店長の淹れる紅茶は世界一ィ!


 「じゃあ智一君が淹れなよ」

 「ひょ?」


 店長がわけのわからないことを言い出した。

 店長の淹れる紅茶が世界一なだけであって俺が淹れたら意味ないが?


 「まあ、宮様が淹れてくださるんですの?」

 「え、いやあのえっと……」

 

 相変わらずの満面の笑みでそう言われたら、断りにくい。

 店長も人の悪い笑みでこちらを見ている。

 俺もここで働くようになったから分かるのだが、紅茶というのは淹れ方で味がかなり変わるのだ。

 いくら良い茶葉であろうとも、茶葉の量や蒸らし時間を間違えてしまえば台無し。

 

 俺も店長に習ってはいるものの、まだまだ未熟だ。

 だから絶対に店長に淹れてもらったほうが美味しい紅茶ができるけど……。


 「……♪」


 そんな良い笑顔で見られたら……やるしかないよなあ?!


 仕方がないので習った知識を総動員させて、紅茶を淹れる。

 い、一応お客さんに出すときに俺が淹れてたりもするし……!


 「……本日のオススメ紅茶です。フルーティーな香りが特徴的なフレーバーティーになっております」

 「まあ!ありがとうございます」


 店長がいつも言っているセリフをそのまま借りて、礼華さんの元へティーカップを置いた。

 立ち居振る舞いがお嬢様過ぎる礼華さんは、ティーカップを持つ姿があまりにも似合う。

 アンティーク調な席に制服姿のお嬢様、というのは少しミスマッチなような気もしたが、ミスマッチな故にそこだけが切り取られているような不思議な感覚もあって。

 本当にそのまま絵画にしても良いくらいだな、なんてくだらないことを思った。


 静かに、礼華さんが一口紅茶を口に含んで。

 ゆっくりと、嚥下してから。


 「……美味しい」


 「……良かった、です」


 確実に、店長が淹れた方が美味しいと思うけれど。

 そう言ってもらえるのは、悪くない気分だ。


 ま、まあ?僕もかなり練習してますし?

 このお店のお客さんたち、やっぱ紅茶目当てで来てる人も多いのかちゃんと僕が淹れたらバレるんだよなあ?凄すぎないかい?


 なんて、思っていた瞬間。

 礼華さんの瞳から、涙が零れた。


 え?!な、なんですか?!

 美味しく無さ過ぎて泣いてる?!


 「お気に召しませんでしたか?!」


 やっぱり俺が淹れるべきじゃなかった?!

 これには店長も驚いたようで、珍しく動揺している。


 「い、いえごめんなさい。そういうわけでは、無いのです。本当に、申し訳ありませんわ」


 礼華さんはその細くてしなやかな人差し指で、涙を拭った。

 ひとつ、深呼吸をした礼華さんは、こちらに向き直ると笑顔に戻っていた。


 「宮様、ありがとうございます。とっても、美味しいです」

 「え、えっと……どういたしまして……?」


 涙の理由は当然、分かるわけもなかったけど。

 美味しいという感想に嘘は無さそうであったし、なによりも。


 静かに紅茶を楽しみ続ける礼華さんの表情が、いつもとは違った優しい笑みに見えたから。


 不思議な気持ちのまま、礼華さんの様子を見守ることしかできなかった。





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