第40話 篠本紗奈が優しすぎる
年末も近づいてきた冬の校舎。
大好きな智一君の前で、私は机の上に裏側で重ねられた札の内、一番上の札を引く。
「あ、引いた!四光です!」
「バケモンすぎるだろ」
私達ボドゲ部はいつもの空き教室で、本日は花札に勤しんでいました。
うんうん、やっぱりトップで解決しないとね!
こちらの勝負が終わったので、隣に目を向けてみると。
「こいこい、ですわ?」
「お嬢そろそろ許してくれねえか……?」
私と智一君のゲームは私の勝利、礼華先輩と小暮君のゲームも礼華先輩が勝ち。
たまーに男性陣が勝つこともあるけれど、いつもこの図式で私と礼華先輩が勝ち続けている。
おかしいな、いつやってるゲームも、一応運が絡むゲームなんだけどね?
ちなみに智一君と小暮君でやると小暮君が勝って、だいたい智一君はいつも負けている。勝負弱い智一君。
まあそこが可愛いんだけど!
「よし、じゃあこれで智一君は私に貸し8個目ね!」
「これ俺高校在学中に返済しきれる未来ある?」
「とっつぁん、大丈夫だ、いざとなったら……一緒に高飛びだ」
こそこそと後ろめたい会議を始めた男性陣2人の後ろから、礼華先輩が近づく。
二人の肩にそっと手を置けば、2人の背中がびくりと震えた。
「絶対逃がしませんわ♡」
「ひえええええ」
「もうおしまいだあ……自己破産するしかないんだあ……」
……なんかとても高校の教室で起こっていることには思えないけど……。
って私のせいか。
そんなこんなをしていたら、窓の外は暗くなっていて。
時計を見れば良い時間になっていたので、今日はおひらきとすることに。
「では、お二方ごきげんよう」
「あれ、今日は2人共早いんすね」
「ちょっとこれから私と篠本さんは……予定がありますので」
「あ、そーなんすね」
いつもなら2人が先に帰ることが多いのだけど、今日は私と礼華先輩が先に教室を出る。
今日は私達はこの後……二周目会議があるから。
「ふう、では行きましょうか」
「はい!」
夕陽も沈みかけ、空は赤から暗闇に変わろうとしている。
私と礼華先輩は廊下を歩いて、階段へ。二周目会議をしている教室は、この上のフロアだ。
「篠本さんは、最近の宮様周りについて思うところはありませんの?」
「え?」
聞かれた言葉の、意味はあまりわからなかった。
少し前を歩く礼華先輩の表情は、既に少し暗くなった廊下では見ることができない。
「特に……ないですかね?」
「……そう」
それがどういう意味なのかわからないまま……私と礼華先輩は目的の空き教室にたどり着いた。
「礼華様」
「琴子、ごきげんよう」
教室のドアを開けると、そこには既に、礼華先輩の付き人である琴子先輩と……一番窓際の席に座っている想夜ちゃんの姿が。
「ごめん!遅くなりました!」
「……別に」
「手短にやりましょう。あまり長くやっては最終下校時刻を超えてしまいますわ」
「はい!」
ローテンションな想夜ちゃんはいつものことなので、私は荷物を置いて、教壇の方へ。
黒板に、『第3回二周目会議』と書き入れた。
生徒会でも会議はよくあるし、こういうのは慣れっこだ。
「では、第3回二周目会議を始めます!」
「はじめましょう」
私の声掛けに反応してくれるのは礼華先輩だけ。
まあこれもいつものことなので、気にしてなんかいられない。
「はい、ということで前回からの課題であった、智一君の精神面での違いについて、私からひとつ報告させていただきます」
前回、礼華先輩は智一君に一周目とは違う選択をとってもらおうという話をしていた。
実行委員とかに立候補してもらうことはできなかったけど、私にとっては大きな変化があった。
「体育祭で、智一君が1周目の時は自力で勝とうとしなかったんですけど、2周目は自力で頑張って、1周目の時よりも良い成績を収めたんです!」
「グループのSNSでも言ってましたね」
「はい!」
体育祭の徒競走で。
真剣勝負にしたら勝てる望みなんてほとんどないのに、自分を悪者にしないで戦う、一周目とは違うルートを選んでくれたこと。
私は今でも鮮明に覚えている。だって、すっごく嬉しかったから。
「確かに、それは大きな違いと言えるかもしれません」
「……ま、自分をもっと大切にしろって言ってるしね」
礼華先輩も想夜ちゃんも、納得したように頷いてくれる。
想夜ちゃんはどこか誇らしげだ。確かに、智一君の性格の変化に、多かれ少なかれ想夜ちゃんも絡んでいるだろう。
まあこれは体育祭終わった後にグループのSNSで報告していたことではあった。
私の報告を聞き終えて、礼華先輩が立ち上がる。
「篠本さんのこの功績は大きいと考えています。これで、一周目と違う結果になること、そして精神面でも違いを生み出せるとわかったこと、これはつまり」
礼華先輩が黒板にチョークを走らせる。
「私たちが目指す、違う未来に行くことができるかもしれない」
『一周目とは違う未来』黒板には私よりも達筆にそう書かれていた。
確かに、これでテストの点数、そして智一君の内面、性格の部分にまで変化をもたらすことができた。
そして、と礼華先輩が改める。
ひとつ、咳払いをしてから。
「これなら……私たちのうち誰かが、宮様の恋人になることもできるかもしれません」
……礼華先輩がそう口にした瞬間。
教室の空気が張り詰めた気がした。
「私たちの最終目標はそこです。誰も選ばれなかった未来を変えること」
そうだ。
私たちが今この瞬間を生きている意味。
それは智一君にフられた未来を変えること。
「もちろん、もう既に行っているとは思いますが……ここからは各々が努力するフェーズです」
「そう、ですね」
今、私たちは二周目の世界を生きている。だけど、三周目がある保証なんてない。
二周目で誰かが選ばれたら、それでもう次は無いかもしれない。
いや、無いと思った方が良いだろう。
「ですから……ここからは平等に行くべき。……泉さん」
「……何?」
礼華先輩が泉さんに目を向けた。
「貴方最近宮様の時間を取りすぎではありませんこと?」
「……は?」
教室の温度が、また少し下がった気がした。
礼華先輩と、想夜ちゃんの視線がぶつかって。
思わず、息をのんでしまう。
「教室では隣の席、だけに留まらず、貴方最近、宮様の喫茶店アルバイト終わりも会ってますわよね?」
「……そうですけど?」
想夜ちゃんの声音に棘が含まれている。
礼華先輩の視線も、見たことがないほどに鋭くなっていた。
「そんなこといったらあんた達は部活で会ってるんでしょ?それに二条院先輩はあの喫茶店にも行ってる。私の方が一緒にいる時間少ないと思いますけど」
「部活もアルバイトも、宮様が1周目から日常的に行っている時間です。それに比べ貴方は宮様の時間を奪っている。宮様がご家庭で妹の有紀音様との時間をどれだけ大切にしているかは知らないとは言わせませんわ」
「そんな長い時間拘束なんかしてない」
想夜ちゃんが、しびれを切らしたように荷物を持って席を立った。
「っていうかもうこの会議もしなくて良いよね?会議で共有できる情報あらかた集まったでしょ。ここからは……私たちは敵同士なんだし」
敵同士……想夜ちゃんの言葉が、深く胸に刺さった。
そうだ。誰かが選ばれれば、他の全員は選ばれないということ。
想夜ちゃんが教室を出る時……琴子先輩の事を睨みつけた気がした。
「はぁ、少し強く言いすぎましたか。申し訳ありませんわ篠本さん」
「あ、いえ……」
「ちょっと仲間意識が芽生えていたような気もしましたが……私たち共通の目標を考えれば、これも仕方ないのかもしれませんわね」
あきらめたように、礼華先輩がため息をついた。
確かに、どれだけ結束したとしても、最後に選ばれるのは一人だけ。
今まではあくまで現状の確認という利害が一致していただけなのだ。
「なんかでも……私たちでいがみ合うのも、なって……」
「確かに、そんなところを宮様に見られでもしたら最悪ですわね」
「ですよね……」
礼華先輩も仕方なく、荷物をまとめて席を立った。
「けれど……私たちには時間がないのも事実」
「……!」
そうだ。私たちはあと2年以上、智一君との高校生活がある。
けど礼華先輩は……あと1年と少し。
「わたくしはわたくしのやり方で、絶対に宮様を手に入れる。篠本さん、あなたの優しさは素晴らしい美点だけど……少し、優しすぎるのではなくて?」
その言葉に、私は何も言い返せなかった。
「では、また」
それだけ言い残すと、礼華先輩も教室を出て行った。
琴子先輩もぺこりと頭を下げて、礼華先輩の後に続いていく。
智一君に好きになってもらえるかも、と思っていた晴れやかな気分はどこへやら。
教室に一人残された私の心は、ただただ重たかった。




