第39話 泉想夜の用意が良すぎる
泉さんの後押しをした翌日。
いつも通りの日常が流れる紫水ヶ丘高校は、昼休みの時間を迎えていた。
「宮、あんた今日放課後は?」
「え?ボドゲ部だけど」
授業が終わってさて、優雅な昼飯タイムと行きますかと思ったその瞬間、隣に座っていた泉さんに声をかけられる。
「終わった後」
「暇ですけど……」
「じゃあそのまま待ってて。私も部活だから」
「ア、ハイ」
こうなると俺に選択権はない。
……っていうか俺立場弱すぎないか???
いや別に立場強かったことなんて一度も無いのだけれど、それにしたって高校に入ってからあまりにも立場が弱すぎて笑ってしまう。
ま、まあ?クール系美少女それも泉想夜様と一緒に帰れるならご褒美、です、か……。
「宮がまたキモイ顔してるんだけど……」
「泉さんも物好きだよね……」
泉さんが立ち去った後、ひそひそと、クラスの女子達が話しているのが聞こえてくる。
おいおい、相手に聞こえちゃったらそれはもう陰口じゃなくて悪口なんだぜ?
とは思うものの、確かに今のはキモかった自覚があるので今回は俺が悪いか。ごめん泉さん。
「なに話してるの~?もうお昼休みだよ!」
「あ、うん!」
篠本さんが、俺の悪口大会を開いていた女子達に声をかけた。
なんか笑顔の底に圧を感じたんだけど気のせいだろうか……。
いや、篠本さんは優しいから気のせいじゃないんだろうな。
「とっつぁん飯にしようぜえ」
「おう、そやな」
そうこうしているうちに、小暮が弁当をもって寄って来たので、俺も弁当を出すべく鞄に手を……。
「――あ、やべ」
本来あるはずの物がそこになくて、思い出す。
そういえば、今日は弁当を作らなかったんだった、と。
朝の時間がけっこうバタバタしていて、有紀音の弁当を作るだけ作って、俺はあまり物で良いやと思っていたのに、面倒くさくなって作らなかったのだ。
「あ~今日弁当作ってくるの忘れちまった。今日は渚沙ちゃんと食べてくれ」
「マジか。でも良いのかあ?」
「大丈夫大丈夫。俺は食堂にでも行ってくるわ」
いつも彼女と一緒のランチタイムなのに、たまに俺を混ぜてくれる優しい小暮。
今日は2人だけで楽しんでおいで……。
渚沙ちゃんの所属するクラスに迎えに行った小暮を見送って、俺も食堂に行くかと腰を上げる。
……その時だった。
ぴしゃん、と扉が勢いよく開く音がして。
「このクラスに宮智一君はいらっしゃいますでしょうか!」
更に一際大きな声が教室内に響いて、ぎょっとする。
クラスに残っていた生徒達の視線が、一斉に教室の前の扉に集まった。
……宮智一って、俺じゃん!
慌てて、俺も教室前方に目をやると……。
見慣れた、2つ結びの少女が。
「発見しました!」
「葉純ちゃん?!」
びしぃ、と効果音がつきそうなほどのジェスチャーでこちらを指さす葉純ちゃん。
オイオイオイ。
慌てて俺は扉の方まで早歩きで詰める。
その間も、にこにこと笑顔を崩さない葉純ちゃん。
「まてまてまて、なにしてんの?!」
「こんにちは!これをお持ちしました!」
どん、と差し出されたのは布製の包み。思わず受け取ったそれは、そこそこに重くて。
それがお弁当であると理解するのに、そう時間はかからなかった。
「ゆきちゃんが、今日は智一君お弁当を作っていないかもしれないと言っていたので!手作りです!はい!」
「ええ、なんで」
なんで、有紀音がそんなことに気付いてるの、とか。
なんで、それで葉純ちゃんが弁当を持ってきてるの、とか。
なんで、教室まで来たの、とか。
言いたい事はやまほどあるけれど、目の前でふんす、と偉そうにふんぞり返るこの少女に、結局なにも言えなくて。
「お礼は今度またおんぶしてくれるでも良いですよ!前回は中断されてしまったようなので!」
「いや、あれはもう体力的にキツい、じゃなくて!」
これ葉純ちゃんの弁当じゃないの?とか、言いたい事はあったけれど、どや顔の葉純ちゃんは、もう教室の外へ出てしまっている。
「それではまた!」
律儀にぺこりと頭を下げて、嵐のようなお転婆ガールは去っていく。
急いでいても早足で決して走らないのは流石中等部生徒会長……。
そして手に残されたのはお弁当だけ。
……結局また俺は、頭を掻くことしかできない。
「敵わんね、ほんとに……」
大人しく席に着いて、葉純ちゃんから受け取った弁当を開ける。
色彩バランスも考えられた、可愛らしいお弁当。本当に俺がこれ食べて良いのか……?
聞こうにも、聞く相手はもう既にいない。
今度、ちゃんとお礼を言わなきゃいけないな。
葉純ちゃんの手作り弁当は、嫉妬してしまうくらい美味しかった。
……そして思ったより米は多かった。
放課後。
今日も今日とてボドゲ部の活動が終わった。
「今日も負け。また俺」
最近、ボドゲ部での敗北の代償は物ではなく「貸し」になってきているのが怖い。
「貸し2つね!」と笑顔で篠本さんに言われたけど、俺これいつかとんでもない物を請求されるんじゃ?
強者が弱者に淘汰される仕組み、本当に良くないと思う(憤怒)
ボドゲ部の活動を終えて、自分の教室に帰ってくる。
普段なら戻ることはないけれど、泉さんに待ってろと言われたし。
夕暮れの廊下を歩けば、すぐに目的地にたどりついた。
おそらくバスケ部の方が遅くまで活動しているだろうから、まだいないかなと思いつつ教室の扉を開く。
「ほ?」
と思いきや。
教室内には、もう既に自身の席に座って本を読んでいる泉さんの姿があった。
「ごめん、待たせてしまいましたか」
「いや、別に」
ぱたん、と本を閉じた泉さんの隣の席に、腰かけた。
彼女の後ろからは夕陽が差し込んでいる。
「それで、なんでござんしょう」
「昨日の話の、続きなんだけど」
昨日の話ということは、音楽活動をするかバスケを続けるか、という話だろう。
「音楽、本気で頑張りたいんだけどさ、今のところそれを証明することができないの」
「証明……?」
「ほら、親とかにさ」
「なるほど」
確かに、急に「私音楽やります!」ってバスケ部を辞めるとなると、親にも心配をかけてしまうだろう。
「え、それは普通に話して解決……はできなさそうなの?」
「……多分無理だね」
いつもと変わらないように見えて……少しだけ泉さんの気分が下がったように感じた。
家族のことはあまり深く踏み込まれたくないのかもしれない。俺だってそうだ。
頭を切り替えて……。
「よっし、じゃあなにか結果を作るとかにしよう」
「結果?」
「そうそう、例えばただ絵を描いていきたい、って言っても説得力ないけどなんかしらの賞とかとってると説得の材料になるでしょ?」
結局、目に見える結果を説得材料にするのが一番なのだ。
口だけじゃないんですよっていうことを証明するのには。
「でも音楽にはそんなのないし」
「そうだねえ……」
なにか、目に見える実績……あ、そうだ。
「動画投稿とかはどう?」
「……へえ」
泉さんの切れ長の瞳がすう、とさらに細められる。
どこか、楽し気だと感じるほどに。
「ほら、今結構手軽に動画投稿自体はできるしさ、顔出ししなくても、泉さんの歌声なら十分伸びると思うんだよね」
「……面白そう」
どうやら興味を持ってくれたらしい。
うんうん、それで動画の再生数が伸びれば、これくらいの人に見てもらえている、というのは確かな実績になる。
なんなら、音楽関係の人の目に留まればもっと嬉しい。
「じゃあ、動画撮影を手伝ってくれるってことで良い?」
「……え?」
にやり、と笑った泉さんは、組んでいた足を組み替えた。
脚なっが……じゃなくて。
「お、俺?動画撮影とかやったことないけど」
「私だってやったことないよ。でも、助けてくれるって言ったよね?」
「い、いや言いましたけども……」
まぁ、動画撮影くらいならできる……のか?
バイトと家事の時間さえ確保できれば良いし……。
「で、でもそもそものアカウントの作り方とか、そういうのは知らないよ俺」
「と、思いまして」
泉さんがポケットからスマホを取り出してなにやらいじったあと。
俺に画面を見せてくる。
「アカウントは既に作ってあります」
「なんで??????」
「宮ならそう言うと思って」
料理番組かなにか????
30分置いたものがこちらになります的な????
「ほら、このアカウントの権限宮にも渡すから」
「え、え~……」
「編集とかはしなくて良いから、動画撮影と、アカウントの管理だけ。どう?」
あまりにもとんとん拍子に進む話に若干ついていけなくなりつつも。
「や、やれるだけやってみます……」
「ん、嬉しい」
こうして笑顔を見せられると、まあ頑張るか、となってしまうのは悲しい男の性というべきか。
泉さんが満足したように、荷物をもって立ち上がる。
「今日は時間も遅いし……また明日ね」
「そ、そーっすね……」
いったい、これからどうなってしまうんだ、という気持ちもありつつ。
本当に泉さんが動画投稿をすれば、すぐ伸びるようなワクワク感もありつつ。
用事は済んだとばかりに、教室の外に歩き出す泉さんが、俺の横を通り過ぎるその瞬間。
「じゃ、よろしくね、プロデューサー?」
「……っ!」
また耳元で囁かれて。
何か言い返す間もなく、泉さんは教室から出て行ってしまう。
……本当に、近くで見るには心臓に悪すぎるほどに、泉さんの顔は整っている。
アイドルでもいけるよ絶対。
誰もいなくなった教室の窓から、沈みそうな夕陽を眺める。
……あ、そういえばマフラー返し忘れた。




