第38話 泉想夜が強欲すぎる
過ごしやすい秋が好きだ、と言ったのが遠い昔のことのようである。
最近は一気に気温が下がり、冬が本気を出してきてしまった。
いったい、いつから日本は夏と冬の二季になったのだろうか。
「確かに最近はすぐ寒くなってしまうのは困ったものですわね」
「ナチュラルに人の心読むのやめてください礼華先輩」
今日も今日とて、いつものように授業を終えて。
バイト先である喫茶店にて、自らの業務に励んでいた。
そしてカウンター席には、当然のように座る礼華先輩。
「いえ、先ほどまで外にいらっしゃった時の宮様の様子が、寒さが身に応えていそうだったこと、先ほど洗い物をされる際に、あたたかいお湯を出したらそれが温かくて気持ちが良さそうだったことから、そんな風に考えていらっしゃるのではないかなと思っただけですわ」
「うん、人の心読めますって言われた方がまだ良かったかも」
ちゃんと理由あったから怖いよ。
創作とかで良くある「貴方の考えてる事はお見通し!」みたいなの基本信じてなかったけど。
逆に理由をしっかり裏付けられると怖いです。
「それに人の心が読めたら、もっとたくさんやりたいことができているはずですわ」
「……やりたいことって……?」
気になったのでおそるおそる聞いてみると、礼華先輩はにこりと笑ってから。
「秘密ですわ」
「ですよね~」
礼華先輩が嬉しそうに紅茶を飲むたび、金髪サイドテールが優雅に揺れる。
カウンター越しに見るこの景色も、随分慣れてしまった。
「そういえば、今日泉さんが宮様に会いたがっていましたよ」
「泉さんが?」
珍しいこともあるもんだ。
っていうか泉さんなら今日普通に会ってたけど。
未だに隣の席なわけだし……。
「しかし……いつも隣の席に座っているのに更に宮様の時間を奪おうだなんて、少し強欲ではありませんこと?」
「そんな風に考えたことは一度も無いです……」
むしろいつも隣にいてすみませんって思ってるし……。
まあでも授業中ふとしたときにあの整った横顔を見ることができるのは非常にありがたいですがねでへへ。
「わたくしも、もうひとつ学年が下だったら――宮様と同じ席に座るのに」
「同じは無理じゃないですかね????」
隣の席を超えて同じ席に座ろうとしてきてるんですけどこの人。
はぁ、とため息をつく礼華先輩。
ここに来てくれている時点で、俺としては十分すぎるくらいありがたいんだけど!
「うおお寒いな……」
無事に今日もバイトを終えて。
外に出て見ると冷たい風が頬に容赦なく突き刺さる。
上着をしっかりと着こんでから家路に着こうとすると。
「……あれ?」
この寒い中、店の外に立っている一人の人影。
マフラーで口元まで隠れているせいでいつもよりは判別がつきにくいものの、その顔を俺が間違えるはずもない。
「泉さん」
「……ん」
昼には隣の席に座って授業を受けていた、泉さんがそこには立っていた。
「今日は部活ですか?」
「んーん、今日はこっち」
泉さんが指さすのは、彼女が背負っている大きなギターケース。
きっと音楽活動をしてきたところなのだろう。
「……行くよ」
小さく呟いた泉さんはすぐに歩き出してしまう。
慌てて、俺もその背中を追いかけた。
「待っててくれたんですか?!」
「いやたまたま」
「え、店の前で立ってたのに……?」
礼華先輩からのリークもあったし、おそらく待っててくれたんだろうなとは思いつつも、そこは言わないでおく。
俺っちはできる男だからね!
夜の繁華街を進んでいく。
車のエンジン音が、2人の間を通り抜けていった。
「助けてくれるって、言ったよね?」
「え?……ああ!はい!言いました!」
唐突に投げかけられた言葉の意味を理解するのに少し時間がかかってしまったが、確かに俺は言った。
泉さんが困っていたら、助けると。
「じゃあ、相談があるんだけど」
「なんでも任せてください」
良かった、いきなり身体張る系じゃなくて。
篠本さんとかだと急に身体張らせてきてもおかしくないからな。
誰が下積み中の若手芸人やねん。
「私、バスケと弾き語りをやってるんだけど」
「もちろん存じ上げております」
部活でバスケをしている所を見た事もあるし、ありがたいことに歌声だって聴いたことがある。
そう考えると、どちらの泉さんも知っている俺って相当レアなのでは?!
「今、音楽の方で本格的に頑張ってみないか、って話が来てるの」
「ええ?!す、すごくない?」
衝撃的事実。
まあ確かに歌めっちゃ上手いし納得できる部分もある。クール系美少女だし。
「で、そっちを頑張るなら、バスケをやめなきゃいけないかもしれなくて」
「……なるほどね」
まあ、話の流れからしてそうかもしれないとは思った。
どちらかを頑張るなら、どちらかを諦める。
学生である以上、授業には出なきゃいけないし、頑張るならどちらかに絞るというのは、至って普通の話ではある。
どちらも頑張っていたのを知っているからこそ、胸は痛むけど。
泉さんの歩みが止まる。
いつの間にか繁華街を抜けて、辿り着いていた少し広めの公園。
帰りが一緒になると、たまに泉さんと立ち寄っていた場所だ。
大きな池の周りに、街灯が立ち並んでいる。
池沿いに設置されたベンチに泉さんが腰掛けたので、俺も隣に座る。
もう辺りは暗く、見渡せる中で人影は見当たらなかった。
「私、どうしたら良いかわからない」
「……」
冬らしい澄んだ冷たい夜空を見上げてみた。
泉さんになんて声をかけるのが正解か、俺にはわからなかったから。
とりあえず、最初に自分の思ったことを口に出してみた。
「う~ん……泉さんのファン1号としてはギター頑張って欲しいってのが、俺の無責任な気持ちではあるんだけど」
やっぱり、初めて泉さんの歌声を聴いた時、すっごく素敵だなって思ったから。
そっちを続けて欲しいとは思ってしまう。
「……ふふ」
「え、笑うとこ?」
「ごめん」
謝られるようなことでもないけれど……。
ふむ、と腕を組んで改めて考えてみる。
泉さんのことを後押しできるような何か……あ、そうだ!
「よし、じゃあ決めた」
俺は鞄から財布を取り出して、100円玉を手に取った。
「俺が今からこの100円玉投げるから、表だったらギター続ける、裏だったら諦めてバスケ部の活動だけにする」
「……は、は?いやそんな運任せ決められるわけ――」
「いいから」
認められない、と言いたげな泉さんを手で制して。
もちろん、俺だってこんな運任せにするつもりはない。
「こういうのは、ハッキリ決めちゃった方があとあと後悔しないから」
「そんなこと……」
「良い?覚悟を決めて。表だったらギター、裏だったらバスケ」
これは、本気で泉さんにそう思ってもらうことが大事だから。
かじかんだ手をなんとか誤魔化して、話がまとまりきらないうちに俺は100円玉を宙に放る準備を整えた。
「いくよ」
俺は極めて真面目な表情のまま……100円玉を上に弾いた。
――と、その時、ちょっとした違和感を覚える。
本当は、コインの裏表が気になるはずの泉さんが。
ずっと、俺の表情を見ている気がしたから。
コインは右手の甲に無事着地して、そこでようやく、泉さんがコインの方を見る。
抑えた左手をどかして……コインの向きは、表。
「――今、どう思った?」
これは、あくまで、泉さんが自分自身の気持ちに気付いてもらうための儀式。
だから、ここで自分の本当の気持ちに気付いてくれれば――
と思って泉さんの方を向くと。
見たことがないくらい、泉さんは笑顔で。
「……嬉しいなって、思った」
「……!」
星空を背景にそう言った泉さんがあまりにも……綺麗だったから。
思わず俺の方が、息を呑んでしまう。
「う、嬉しいって思ったなら、泉さんが本当にやりたいのは、ギターなんじゃないかな、って俺は思うよ」
「……うん」
あれ、本当に響いてるかなこれ。
なんか全然手応えないんだけどハズカシ。
でも、やっぱり泉さんは見たことがないくらい笑顔で、しかもなんか頬も赤くて。それはもしかしたら寒いだけかもしれないけれど。
俺はちょっぴり、気恥ずかしかったから。
「え、泉さんお酒飲んでる?」
「なわけないでしょバカ」
「うわあ?!」
言うが早いか、泉さんは自分が身に着けていたマフラーを外して、俺の顔をぐるぐる巻きにしてきた。
何も見えないが?!
「明日返してねバカ智一」
「もごもご」
え、けっこうきつく巻いてないですかねこれ?!
なかなか外せずに苦戦していると、耳元で、泉さんが呟く。
「ありがと。やっぱり私は――」
「――え?」
最後に泉さんが言った言葉は、マフラーに遮断されて聞き取れなかったし。
ぐるぐる巻きになっていたマフラーを外して視界がやっと晴れたその時には。
もう泉さんの姿は無くなっていて。
「……なんだったんだ……」
手元に残った泉さんの赤いマフラーは、まだほんのりとあたたかかった。
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