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第36話 泉想夜がからかいすぎる


 体育祭が終わって、またいつもの日常が戻って来た。

 寺岡に敗北してしまった俺は、てっきり、篠本さんがギャンブラーだということが知られてしまうと思ったのだけど。


 『別にいいよ、言わなくても。楽しかったし、勝負』


 というイケメンのパーフェクトスマイルによってなかったことになった。

 あいつ心までイケメンすぎるだろ……。

 ……そしてじゃあ何故俺はあんな無理な勝負をしたんだ?


 ……まあ別に、篠本さんが嬉しそうだったから良いけど。


 そして体育祭が終わった今、何をしているのかと言えば。

 

 「っしゃあ!5だぜえこいつぁ勝ったな」

 「え、俺目無しなんだが……」

 「あ、456だ~」

 「は?」

 「あら、ピンゾロですわね。演技が良いですわ」

 「おいこのサイコロ調べろ絶対なんかおかしいぞ!!」


 このボドゲ部での日常も帰って来たということである。

 本日遊んでいるゲームでも絶賛俺と小暮が負けまくっている。なんだよこれおかしいじゃんかよ。


 「今日もジュース奢ってもらえそうだな~!」

 「段々俺はこの人達の奴隷なんじゃないかと思えてきたぜえ」

 

 結局今日も今日とて負け。

 悲しきかな我が人生。


 「そういえば、篠本さん無事に生徒会入りおめでとうございます」

 「ありがとうございます!」

 「そーいやそうだったなァ。おめでとうしのもっちゃん。まあ当然っちゃ当然かァ」


 篠本さんは生徒会書記として1年生で生徒会入りを果たした。

 選挙も見てたけど、まあ普段の生活と、学年内での人気を見ていたら、落ちるはずないよね、という。

 この部活動さえ見られなければ、だけど。

 俺達以外の誰が彼女のことをこんなギャンブルジャンキーだと思うだろうか。絶対に想像つかないだろう。

 それくらい普段の彼女は才色兼備、文武両道、完璧な優等生だ。

 

 「天下の生徒会メンバーがこんな事やって許されるのかよ……」

 「え?ボドゲ部は皆で楽しくボードゲームをしているだけですよね?」

 「圧がすごいんだけど……」

 

 笑顔という名の無言の圧力を全身に受けつつ、今日も今日とて俺と小暮は敗北のジュースを買うべく購買部へと向かうのだった。




 喫茶店でのアルバイトも、いつもと同じ日常として変わらず組み込まれている。


 「今日もとっても美味しいですわ。また腕を上げられましたね?」

 「茶葉が良いだけですよ」


 礼華先輩は欠かさず、俺のアルバイトの日には顔を出してくれる。

 バレー部の練習日もあるだろうに、こうして来てくれるのだからありがたい。

 美味しそうに紅茶を嗜む礼華先輩に、ふと気になったことを聞いてみた。


 「最近、本告先輩は元気ですか?」

 「琴子ですか?……ええ。元気にしていますよ」


 琴子先輩は、バレー部の試合を見に行って以来会っていない。

 うちのお店も気に入ってくれていたと思ったんだけど、なかなか来てくれないな。


 「また来てくれると良いんですけど……」

 「……そうですね。伝えておきますわね」

 「ありがとうございます」


 礼華先輩の付き人だし、きっと家での仕事とかもあるだろうから、忙しいとは思うんだけど。

 また、来てくれると良いな。

 しばらく仕事に勤しんでいると、今度は礼華先輩の方から声をかけてきた。


 「そういえば体育祭、派手に転んでいましたね」

 「あ~ほんとそれはもう忘れて欲しいくらいで……」

 

 もちろん礼華先輩も体育祭には出席しているので、俺の醜態は見られていたらしい。

 徒競走で派手に転んだやつなんて、俺くらいだ。

 

 「本当に宮様は有紀音さんのことが大切ですのね」

 「まあその有紀音人質にとられて負けたんですけどね……」

 「けれどその必死さは伝わってきましたわ」


 小暮が作戦を思い付いたとは言っていたけれど、まさか有紀音を人質にとってくるとは。

 まさかゴールテープの向こうに、有紀音がクソデカ黒マスク男(小暮)に腕を掴まれた姿が見えるとは。

 流石に焦ったぞ。どういう状況やねん。むしろよく先生とかに見つからなかったな。


 ちなみに家に帰ってから聞いたんだが有紀音は小暮に頼まれて面白そうだからやったらしい。

 全く。うちの妹はやんちゃで困る。

 

 「ふふふ」

 「……?」


 当時を思い出してやれやれとため息をついていると、礼華先輩がこちらを見て笑顔を浮かべていた。

 

 「宮様」

 「はいなんでしょ」

 「今、楽しいですか?」

 「……」


 楽しい、か。

 洗い物をしていた、手を止める。

 

 高校に入って、間違いなく話せる人が増えた。

 正直、有紀音を卒業まで導ければなんでも良いかななんて思ってた高校生活も、今の所悪くない。

 ……いや、悪くない、なんて言葉は照れ隠しで。


 「そうですね、楽しいです」

 「それは……良かったです」


 自分の気持ちを、正直に話したら、思った以上に、礼華先輩が笑顔になるものだから。

 なんだか結局恥ずかしくなって、俺は先ほどまで行っていた洗い物を再開するのだった。


 



 「智一君お疲れ様~!またね!」

 「はい、お先に失礼します~!」


 礼華先輩も帰り、俺も退勤時間に。

 喫茶店の外に出ると、外はもうだいぶ暗くなっていた。

 それほど寒さは感じないけれど、退勤時間にこれだけ暗くなっていると、流石に冬の到来を感じざるを得ない。

 秋はどこに行ったんですかねぇ……。


 さて、家に帰って夕飯の準備でもしようかな、と思ったそんな時。

 歩き出して数十秒、ふと目に入った路地に、見知った顔が見えた。


 「泉さん……?」


 ウルフカットの、背にギターを背負っている制服姿の少女は、ひどく見覚えがある。

 そしてその真ん前には、黒いスーツの男性。

 以前、見たことがあった。まだ泉さんとそこまで仲良くなる前。この場所付近で、あの男と泉さんが歩いている所を。

 なんだか気になって、俺はどうにか会話が聞こえないか、バレないように近くまで歩いて行ってしまう。


 「そろそろ答えが欲しいんだが……」

 「……」


 声こそ聞こえないがなにやら、揉めているよう。

 も、もしかして……な、ナンパか?!

 いや、むしろナンパよりまずい可能性だってある。ストーカーとか……!

 そうであるなら、助けてあげたい。

 けど、どうやって?!


 「あ、あのぉお」

 「……!」


 あぁ、俺って本当におバカ。

 こういう時、考えるよりも先に行動してしまうのはマジで悪癖だと思っているのに!

 俺が声をかけると、泉さんが驚いて目を丸くしているのが意外だった。

 泉さんの驚いた顔初めて見たかも〜……じゃなくて。


 「なんだね君は」

 「あ、えっと、僕は泉さんの友達……はおこがましいか?へへっ、しがないファン1号です」

 

 ノープランで突っ込んでしまった弊害か、意味のわからないことを口走っている自覚はある。

 けどこうなったらもう止められなくてぇ〜。


 「ファン1号?なら話が早いな。俺の代わりに説得しておいて欲しいくらいだ」

 「へ?」


 話が飲み込めずにいると、徐にスーツ姿の男性が泉さんに話しかける。


 「じゃあ、次までに考えておいてくれよ」

 「わかりました」


 俺が状況を飲み込めないまま、会話が終わり、スーツ姿の男性は路地へと消えていく。

 ど、どゆこと?


 「ふふっ……」

 「あのーイズミサン……?」

 「あははははっ!」


 泉さんは心底面白いものを見たとばかりに、お腹を抱えて笑っている。

 えーーーっと……?




 「俺、死にたいんすよ」

 「ほんと面白いねあんた」

 「ほんとすんません。生きててすんません」


 泉さんから話を聞いた所、今の人は音楽プロデューサーらしく、泉さんに真剣にデビューしてみないか誘ってくれている人だったらしい。

 え、俺そんな人にあんな突っ掛かり方してたの?キモすぎるだろ。

 

 「私がナンパされてると思って……焦っちゃったんだ」

 「やだもう恥ずかしい死にたい……」


 場所を公園のベンチに移して。

 俺は絶賛顔に両手を当てて反省中である、もう本当に考えなしよくない。

 こんなに醜態を晒したというのに、何故だか泉さんは楽しそうで。


「1周目は入ってこなかったくせに」

「?なんか言いました?」

「……なにも」


 公園の中央にある池の水面に、綺麗な月が映っている。

 それを、泉さんは珍しく微笑みながら眺めていた。

 しばらくその幻想的にすら見える横顔に目を奪われていると、真紅の瞳が、こちらを向いた。


 「あんた、言ったよね」

 「?なにをでしょう?」

 「私でも、同じように助けてくれるって」


 一瞬なんのことかわからなかったけど、その言い方が、体育館にいた泉さんと被って、思い当たる。

 篠本さんにお願いをされて体育祭にむけて俺が走り込んでいた時に、泉さんから言われた言葉のことだと。


 「言った、と思います」

 「じゃあさ――」

 

 夜の月が映える彼女が、にやりと笑う。


 「助けてくれない?私の事」

 「ほえ?」


 ――ここからだった。

 泉さんと俺の協力体制が始まったのは。



 

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