第35話 篠本紗奈が感極まりすぎる
ついに体育祭当日を迎えた。
私の記憶通り、この日は快晴。秋晴れの心地良い空気はまさに体育祭日和。
「紗奈~!写真撮ろ~!」
「うん!」
無事に体育祭は開幕し、生徒たちが次々に競技を行っている。
3学年がさまざまな競技を行う性質上、見たり、待っている時間も短くない。
だからこうして、友達との時間を楽しむこともできる。
私は学級委員であるということもあり、スマホで写真撮影を許されている。
もちろんSNSとかの投稿は禁止されているけれど、記録、保存用に許されているといった形。
クラスの皆と、写真を撮ったり、雑談をしたりして楽しんでいると、後方に、智一君の姿を見つけた。
「智一君!調子はどう?」
「篠本さん……マージで期待はしないで。基本無理だと思っててね?」
「ははは!まあ、そうだよね。でも応援してるから!」
「が、頑張ります……」
なんといっても、今日のメインイベントはこれだ。
智一君が挑む、私の秘密をかけた勝負。
土台のところ……寺岡君に告白される、という前提条件で躓いてしまっただけに、私の知っている未来にはならないかもしれない。
けれど、それでも良い。
智一君にわがままを言っている自覚はあるし、そもそも二周目ということで、1学期からずっと、一周目とは違う行動をしているのだから、こうした場面で1周目と違った結果になることもある。
それも織り込み済みで、私はこの1年の最初から、智一君に意識してもらうために頑張っているのだから。
「寺岡に『体調悪かったりしない?』って聞いたんだけど、全然ぴんぴんしてたわあいつ……」
「まず体調不良が一番の勝ち筋なんだ……?」
「そりゃそうでしょう。手を汚さずして勝つのが一番なんだから!」
当然のことのように言い放つ智一君に苦笑い。でも君はそういう人だよね。
……そういえば、一周目の時はどうやって寺岡君に勝ったんだろう。
私の記憶が正しければ、スタートからすでに、寺岡君はなんらかの理由で遅れていた。
そこからの加速はさすがだったけど、最初の出遅れた分を取り戻せずに、4着、みたいな感じだったと思う。
今回も、同じようになるのだろうか。
はたまた、全然違うことになったり……?
「まあ、妹にも特訓してもらったし、頑張れるだけやってみるよ」
自信なさげではあったけど、いつもの智一君らしい笑顔を見ることができた。
私も、一周目のことばっかり考えてても、ダメ、か。
「あ、そうだ、智一君も写真撮ろうよ!」
「うえ、お、俺と?」
「そうそう!はい寄って~!」
スマホを取り出して、智一君とツーショットを撮影。
せっかくの二周目なのだ。一周目にできなかったことも、ガンガンやっていこう!
今度こそは、後悔しないように、ね!
そしてついに、その時はやってくる。
『次は1年生男子による徒競走です。出場する選手は、入り口まで集まってください』
アナウンスが聞こえて、思わず身を固くした。
一周目とは違う、とわかっていても、やはり緊張してしまう。
準備へと向かう、智一君の姿が見えた。
「智一君!頑張ってね!」
「まあ、やれるだけはやってみます!」
手を振ってこたえてくれる。
うん、あとは、私は応援するだけ!
「しのもっちゃん大丈夫、俺が秘策を用意した」
「わあ!小暮君?!」
急に後ろから話しかけられたと思ったら、小暮君だった。
なにやら人の悪い笑みを浮かべている。
「これなら、寺岡には迷惑をかけずに、とっつぁんが勝てるかもしれねぇ。まあ、期待しててくだせえ」
「そ、そうなんだ……よろしくね……?」
一周目に小暮君にこんなことを言われた記憶はないけど……。
その時ふと、小暮君の言い回しが気にかかる。
「あれ?寺岡君には迷惑をかけたくないって、智一君が言ったの?」
「そうだぜえ。珍しいよなあ。目的のためには手段を厭わないのがとっつぁんなのにな?」
「……たしかに」
こう言ったらなんだけど、智一君は割とひどいことも自分の周りの人のためならしちゃう人だ。
自分と、仲良い人は大事で、それ以外は皆一緒、みたいな考え方をしているタイプ。
だからこそ、一周目の時は寺岡君をおそらく遅れさせたことで、クラスメイト達からも大ブーイングを受けていたし。
「おっと、俺ぁもう行かなきゃだな」
「あ!小暮君も頑張ってね!」
「俺はビリ確定だから頑張らねえぜ!」
「なんでよ!」
ビリ確定宣言をしたにもかかわらず自慢げに入場口へと向かっていく小暮君。
君も相変わらずで私は嬉しいよ。
2人を見送ってから、クラスの応援席に向かう。
「男子たくさん勝ってくれると良いね~!」
「まあ~寺岡君はさすがに1着でしょ!」
「ファイト~!」
クラスの女子たちが、それぞれ声援を送っている。
私も智一君のこと以外は覚えてないし、新鮮な気持ちで応援しようかな!
「……紗奈」
「想夜ちゃん?」
体育着の袖を引かれて振り向くと、ジャージに袖を通した想夜ちゃんが立っていた。
あ、暑くないの?らしいっちゃらしいけど……。
「智一にあの勝負させたわけ?」
「うん……まあ、一周目とは、だいぶ変わっちゃったけどね」
「ふーん」
想夜ちゃんは、この体育祭で一周目に何があったのかを知っている。
1周目の1年生の終わり、結構仲良くなって。
お互い、智一君を好きになった瞬間の事を話したんだよね。
「あいつ、頑張ってたよ」
「うん、知ってる」
想夜ちゃんが智一君の方を向いたから、私も視線を戻す。
もうすぐ、智一君達のレースが始まる。
あ……小暮君ビリだ……当然のことのように振る舞ってるけど……。
そして小暮君は体育祭委員の誘導も聞かずに、保護者席の方にそのまま行ってしまった。じ、自由だなあ……。
そしてついに、智一君のレース。
「きゃー寺岡君~!」
「てら~頑張って~!」
やはり女子にも人気な寺岡君が、声援を多く受けている。
けれど私の目には、その隣。智一君しか映っていない。
智一君が位置に着く。
――あぁ、この光景を、痛いほど覚えている。
まだ何も始まっていないのに、目頭が熱くなるのが分かった。
そんな、感傷に浸る暇すらなく。
ピストルの甲高い音が弾けた。
スタートの合図。
「……っ!」
私は、思わず目を見開いた。
寺岡君が、良いスタートを切ったから。
もうその時点で、私の記憶とは違う。
ただ、もうひとつ違うこともあった。
智一君もまた、良いスタートを切ったのだ。
一周目の時は、どちらもが悪いスタートだったはず。
「寺岡君~!いけ~!」
「え、宮もなんか速くない?w」
「ほんとだwウケる」
寺岡君が先頭は変わらず、必死に智一君が食らいついている。
その横顔は、真剣そのもので。
一周目の時は、違った。
もちろん必死に走っていた記憶はあるけれど、あんなに真剣な表情ではなくて。
どちらかというと、してやったりみたいな、そんな笑みを滲ませながら、走っていたはず。
今は、違う。
私は、直感的にわかった。
智一君は、真剣にこの勝負に挑んでいるのだ、と。
中盤を過ぎた。
もちろん寺岡君の速度は衰えない。ぐんぐんと加速していって、後続を離そうとする。
しかし、それにずっと。
智一君が食らいついていた。
その横顔は、真剣な表情から、苦しい表情に変わっていて。
「いけ……」
思わず、言葉が漏れた。
「いけー!!!智一君!!!」
羞恥心を捨てて、私は叫んでいた。
そうしなきゃいけないって、身体が勝手に判断していた。
ゴールが近づく。最後の直線。
ぐん、と智一君が加速した。
もう少し。
手を伸ばせば、届くかもしれない距離。
ゴールテープ直前で、智一君が手を伸ばす。
その手はゴールテープを――
掴む、ことはなく。
「きゃー!寺岡君流石~!」
「てらナイス~!」
すんでのところで逃げ切った寺岡君によって、ゴールテープは切られ。
ギリギリ届かなかった智一君は、前のめりに地面に転がった。
ごろごろと転がって、数m進んだところで停止。
そのどろどろになって転がる姿は、あの時と同じで。
「はは……ははははは!」
頬を伝った涙を、人差し指で拭った。
……今は、嬉しくて仕方なかった。嬉しさと感動で、涙が出てくるのが止まらなかった。
結果は、負けてしまったけれど。
……レースの途中で私は気付いたから。
一周目とは、同じ展開にはならなかった。
智一君は、寺岡君に負けてしまった。
でも、でもだ。
智一君は、2着でゴールした。
一周目は、寺岡君が4着で、智一君は3着だったのに。
体育の授業中、懸命に努力する智一君の姿を見た。
一周目の時、こんな風に頑張っていた記憶はあんまりなくて、私が覚えていないだけかもって思ったけど、多分、違う。
この二周目は、本当に努力して、智一君は自分の力で、寺岡君に勝とうとしたんだ。
それは、つまり。
『精神面?』
『はい。次は心の内側。精神面の変化が見込めるかを考えていきましょう』
思い出すのは、二周目会議での礼華先輩の言葉。
今回の、体育祭。
智一君が選んでくれた、『自力で寺岡君に勝つ』という選択は、まさしく。
『智一君の内面を変えることができた』
ということに他ならないと思ったから。
それが、たまらなく嬉しくて。
「おいとっつぁん!なにやってんだ勝てただろぉ!!」
「お兄私にこんな恥ずかしい思いさせておいて負けるわけ?!」
「ぜぇ……お前ら……なに、してんだよ……」
「有紀音ちゃんを借りて妹人質作戦。火事場の馬鹿力ってあるだろ?あれ使えば勝てるかなと思ってなァ」
「俺はどうなっても良いから……有紀音だけは、助けて……ガクッ」
小暮君が保護者席にいなくなったのは、どうやら妹ちゃんを使って智一君を釣ろうとしていたみたいだ。
確かに、智一君には効果的かもしれない。
流石小暮君は、智一君のことをよくわかっている。
泥だらけになった智一君が、クラスの応援席に帰ってくる。
慌てて、泣いていたのがバレないように、目元を拭った。
「ごめん!負けちゃった」
「んーん、良いの!……カッコよかったよ」
「いやあ、流石に速かったわ。2着かあ、馬連何倍ですかね?!」
……覚えている。
あの時、4着で、『単勝何倍ですかあ?!』と言っていた君を。
だから私は、言ってやった。
「1倍だから、増えません!」
きょとん、としている智一君。
それがまた、愛おしい。
私が見ようとした、一周目とは全然違ったけれど。
また、私のために頑張ってくれて、最高にカッコ良い君が見られて。
頑張れば、智一君の内面すらも、この二周目で変えていけると分かったから。
私は絶対に、君の彼女になるね。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
1か月毎日投稿ということでここまでやってきましたが、ここで一区切り。
ここからは更新ペースを落として、気ままにやっていこうと思います。
もし、この作品が面白かったよ、とか、続きが読みたいよ、という方がいらっしゃいましたら、感想、評価入れておいていただけると嬉しいです。