第34話 泉想夜が鋭すぎる
34話
体育祭まで、あと一週間を切った。
クラスのメイングループである方々は色んな競技に参加するようなので忙しそうにしているが、全員参加競技にしか出ない俺は気楽……。
というわけにも、いかなくて。
「うおおおおお」
「おー、はやいはやい」
体育祭前になると、何故だか増える体育の授業。
その授業中に、俺はかれこれ15分ほど、全力疾走を繰り返している。
今もまた、1本50m走を走り終えて、グラウンドの地面にへたり込んだ。
くう~空が青いぜ。
「ぜぇ……ぜぇ……小暮、何秒だった?」
「7.3だな!やったな!0.2秒も早くなったぞ!」
「余裕で勝てなくて草」
家に帰った後の特訓と、こうして体育の授業で頑張っているおかげで、なんとかタイムは縮まっている。
まあそれでも、寺岡のタイムには遠く及ばないのだが。
小暮が俺がへたり込んでいる横に、腰を下ろした。
「普通に考えたら無理じゃねえかあ?あのスーパースターに勝つなんてよぉ」
「まあ、それは、そうなんだけど」
いくら凡人の俺がこの付け焼刃で頑張った所で、ずっとスポーツに打ち込んでいる奴に勝てるわけない、というのはその通りだ。
「ってかお前は走らなくて、良いの?」
「は?デブは走れないが?」
「どういう開き直り方なわけ?」
確かに、小暮が走っている姿は想像できないけど……。
お前全員参加の競技どうするつもりなんだよ。
仰向けに寝転がって、空を見上げる。
綺麗な青空だ。気温に関しても、猛暑は過ぎ去り、今の季節は暑すぎもせず、丁度良い。
体育祭にもってこいの時期だと言えるだろう。
「とっつぁん、普通に考えたら勝てねえんだから、違う作戦考えた方が良いんじゃねえかあ?」
「まあ、たしかに?」
確かに、自分でも不思議だった。
何故こんなに頑張っているのかが。別に頑張ったって、だいたい勝てないのだから本気で勝ちたいなら何か他の作戦を考えるべきだろう。
「寺岡の靴紐スタート前に解くとかさァ、あいつのメシに毒盛るとか、スタート直後に足引っ張るとかでも良いかァ?」
「お前物騒すぎんだろ」
なんだよ毒盛るって。どこから毒を調達してくるんだよ。
もちろん冗談だとは思うが、小暮はひとしきり笑うと、笑顔でサムズアップしてくる。
「別に俺ァとっつぁんが頼むなら法律の範囲内なら協力するぜぇ」
「お前のさっきの案、若干法律内か怪しいだろ。いやまあ、ありがたいけどさ」
親友、と呼べる間柄なのは、非常にありがたい。
「なーんか、寺岡を貶める方向に行きたくないんだよな」
普通に考えたら、それくらいしか勝機はない。
けれど何故だか、その方向に行きたくない自分もいて。
「……本当にとっつぁんか?お前」
「失礼すぎるだろ」
目を丸くして驚いている小暮。
そんな変な事言った?
またしても、小暮がでかい声で笑ってから。
よいしょ、とおっさんくさいセリフを呟いて、地面から立ち上がる。
「なんか、とっつぁん変わったなァ」
「変わった?」
「いや別に嫌な意味じゃねえぜ。けど高校入って、ちっと変わった気がするわ」
変わった……?
自分では、分からない。
確かに環境は変わったし、篠本さん礼華先輩筆頭に、友達は増えたかもしれないけど。
よく分からないまま考え続けていると、小暮がアキレス健を伸ばして、準備運動を始めた。
「でも、そんなとっつぁんも悪くないんじゃね?それなら俺も、相手には何もしない方向で作戦なんか考えとくぜえ」
「助かる……え、お前走るの?」
「ちょっとだけなァ。転がった方が早そうだけどなァ!」
それ自分で言うデブ初めて見たよ。
陽気にスタート地点まで歩いて行く小暮を見送って、受け取ったストップウォッチを眺める。
そこには間違いなく、さっきの自分の記録である、7.3秒が記されていて。
「……どうするかなあ」
結局、明確な方法は思いつかないまま、体育祭の当日を迎えてしまいそうだな、なんて思ってしまうのだった。
その日の放課後。
授業を全て終えて、俺はいつも通りバイトへ行く流れ。
ただ、自転車の駐輪場に行く途中で、知っている人の姿を発見。
「泉さん!」
「……おつかれ」
体育館の裏口で、バスケットボールを持って座っていたのは、泉さんだった。
泉さんのバスケ部姿新鮮!こっちはこっちで良い!
「泉さんバスケ姿も良いね……映えますわあ……」
「キモ」
くう~!
この鋭さが泉さんだよねえ。
ひとまず罵声を浴びせた後、泉さんは座ったままの姿勢で、膝の上に肘を置いて頬杖をついた。
「……あんたさ、なんで必死で走ってんの、最近」
「え?」
そっか。泉さんも同じクラスなんだから、そりゃあ体育の授業で走ってるの見られてるよね。
「いやまあ……ほら、わたくしめもクラスの勝利に貢献しようかと……」
「んなわけないでしょ。篠本か誰かにお願いされたの?」
「この答えに対して『んなわけないでしょ』って言われることあるんだ……」
泉さんからの俺の厚い信頼に涙が出そうです。
俺のことをいったいなんだと思っているんだ!合ってるけど!
「まあ、お察しの通りではありますが……」
「ふーん……」
露骨なジト目で見られている……な、なんか気まずい。
数秒の間があった後、泉さんは諦めたようにため息を吐いた。
「もっと腕振った方が良いよ。腕の振りが不規則すぎて遅くなってる気がする」
「……うえ?あ、見ててくれたの?ありがとう」
意外だ、なんか文句の1つでも言われるかと思ったらアドバイスしてくれるとは。
確かにこう見えて泉さんは運動部に身を置く運動神経良い側の人間だ。
そんな人からのアドバイスは非常にありがたい。
「泉~!練習始めるよ~!」
「……」
体育館の中から、バスケ部員に呼ばれて、面倒そうに泉さんが立ちあがった。
泉さんの練習を邪魔するわけにもいかないし、俺もバイトに向かいますか、と思ったその時。
「あんたさ」
泉さんが立ちあがった姿のまま、俺に視線を向けた。
綺麗な紅の瞳と目が合う。
「……もしお願いしたのが私でも、同じように努力してくれるわけ?」
「へ?」
どういうことだろう。
もし、篠本さんではなく、泉さんから今回の件をお願いされていたら……?
あんまり想像できないケースではあるけれど……まあ俺の答えは変わらない。
「うん。するよ」
これは自信があったから、「多分」とか「はず」とかはつけずに、言い切った。
篠本さんにしても、泉さんにしても。
俺は自分の観測できる範囲で、自分が仲良くしてもらっていて、且つ自分が好きな人達には笑顔でいて欲しいと常日頃から思っているから。
もし泉さんであっても、できる限りのことは、していたと断言できる。
「……そ」
その答えが泉さんの求めていたものかどうかは分からないけれど、泉さんはこちらに背を向けて、体育館の中へと戻っていく。
……どういう意図の質問だったのだろうか。
「泉なに~!今の彼氏~?」
「え、泉さん彼氏いるの~?!」
あ、まずい、泉さんに部員からあらぬ誤解がかけられている。
ここに俺が留まるのは得策ではないと判断して、さっさと駐輪場に行こうと――
「そうです」
「うん、違いますよ~!!!」
なんかとんでもない嘘ついてる人いますねえ!
立ち去ろうとしたのに大声出しちゃったよ!
泉さんの冗談は心臓に悪いので本当にやめて欲しい。
「そんな大声で否定するなばか」
「ええ……」
全く、泉さんの意図は分からなかったけど。
頬を紅くして罵倒してくる泉さんは、相変わらず可愛かった。