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第33話 二条院礼華が蠱惑的すぎる


 9月は雨の降る日が多い気がする。

 学校が終わり、バイトからの帰り道、俺はいつもの自転車移動ができないので、仕方なく傘を差して家までの道のりを歩いていた。


 夜道を走る車のヘッドライトを見れば、大粒の雨が地面に向かって降り注いでいるのが分かる。


 「こんな雨じゃ特訓はできそうもないな……」


 最近、夜家に帰ってから走り込みを始めた。

 来る体育祭のために。

 ……いやね?付け焼刃って分かってはいるよ?

 けどやらないよりはやった方が良いよねっていう。

 篠本さんが勝ってほしそうだったし……。


 有紀音も付き合ってくれて、タイム計測等のサポートをしてくれている。

 今日も帰ったらやろうかと思っていたのだけど、この雨じゃ厳しいか。


 ……そういえば、今日はバイト先に礼華先輩が来なかった。

 いつもこの週末には決まってというほどに礼華先輩は俺の働いている喫茶店に来てくれるのだが、今日は何か予定があったのだろうか。

 単純に雨だったからという可能性もあるけれど。

 まあ、別に約束しているわけでもないので、文句を言う筋合いもない。


 それにしても、礼華先輩が来なかったな~とこうして思ってしまうあたり、俺も彼女にだいぶ毒されているような気もする。


 20分ほど歩いて、家へとたどりついた。

 傘をさしているから身体は濡れていないはずなのに、靴下は濡れてしまうこの現象どうにかならないのかね。

 

 「ただいま~」


 ドアを開けて靴を脱ごうと思うと、ローファーが1足分多い。

 今日も葉純ちゃんが来ているのだろうか?と思いつつ、居間への扉を開くと。


 「おかえりなさいませ!宮様!」


 奇しくも、今日はいなかったなと思った、特徴的な金髪サイドテール。

 ……思わず、こめかみのあたりを抑えて。

 

 「……どこからツッコめば良いですか?」

 「……今日は宮様の喫茶店に行けなかったことでしょうか?」

 「それは全然ツッコミどころじゃないですね!」


 二条院礼華その人である。

 にっこりと笑顔で彼女が台所に立つ姿は、あまりにも異質すぎて目を疑った。


 「有紀音様が通してくれましたので、こうして夕飯の準備をさせていただいております」

 「有紀音!どこだ!どういうことだ!」


 あの妹葉純ちゃんだけに飽き足らず礼華先輩までも勝手に家に通すとはどういう了見だ。

 

 「あ、お兄帰ってきたの」

 「帰ってきたの、じゃないわ!なんで家に礼華先輩がいる!」

 「こっちこそお兄なんかが礼華先輩と知り合いなのビックリしたんだけど。超絶有名人じゃん」

 「わたくし有名人なんかじゃありませんわ?」


 礼華先輩は否定しているが、確かに彼女は中等部の時点でも有名人ではあった。

 人一倍目立つし。


 「お兄いますかって言われたけど帰ってきてなかったし、じゃあ待つっていうから、こんな雨降ってるのに外で待ってもらうわけにもいかないでしょ。だからあがってもらったの」

 「ぬぬぬ……」

 

 そういわれると、有紀音の対応は普通ではある。


 「そうかもしれんが台所には立たせんだろ普通!」

 「それはわたくしからお願いしましたの!いつも宮様がお料理をされていると聞いてましたから、わたくし色々もってきましたわ」


 そう言われたので台所の方へ行ってみると……。


 「こ、これは……?」

 「松茸ですわ!秋ですから」

 「でかすぎんだろ……」


 うちの食卓では絶対に現れることのない高級食材が鎮座している。

 

 「すごい!こんなの食べて良いんですか?!」

 「もちろんですわ。美味しくできるかは自信がありませんが……」

 

 まずい、有紀音も餌付けされそうになっている。

 仕方ないか……うちでこんな高級なもの食べさせてあげられなかったし……!


 「と、とりあえず俺も手伝いますね、礼華先輩」

 「ありがとうございます。多少の心得はありますが、それほど料理に自信がある方でもありませんので」


 礼華先輩ほどのお嬢様であれば、そりゃ料理をする機会なんてほとんどないだろう。

 それなのに心得があるだけで十分すごいのだけれど。


 「にしても松茸のレシピなんてあんまり知らないしなあ」

 「それについてはお任せくださいまし!宮様はこれ以外の料理をお願いしてもよろしいでしょうか」

 「めっちゃ美味しそう~!」

 「おい有紀音貴様も手伝え」


 やんややんやと。

 台所に礼華先輩がいる状況は、明らかに異質だけどそれはそれで悪くなく。

 やっぱり俺は周りの人たちに恵まれているな、なんて思うのだった。



 

 「めーっちゃくちゃ美味しかったです!」

 「有紀音様のお口に合ったのなら、そんなに嬉しいことはありませんわ」

 「食べたことなかったので感動しました!ってか礼華先輩有紀音『様』なんかいらないですよ」

 「そうですか?それでは、有紀音さん、と」

 「そっちの方がちょっと距離感縮まって嬉しいです」


 無事、夕飯を食べ終わり。

 どうやら有紀音は礼華先輩に懐いたようで、目を輝かせて会話を楽しんでいる。

 俺はそんな様子を眺めながら、台所で紅茶を淹れていた。


 「宮様、本当に手伝わなくて良いんですの?」

 「良いんです。これは俺にやらせてください。ほい、有紀音運んで」

 「はいよ~」


 紅茶を淹れるのは、俺の仕事だし。

 今日は礼華先輩にお店で紅茶を飲んでもらえなかった分、ここで飲んでもらうことにしよう。


 「今日はせっかくなので白茶を淹れてみました」

 「あら、初めて聞きましたわ」

 「香りもシンプルで、ほんのり甘いので飲みやすいんですよ」


 なんか店長が仕入れた紅茶の中でもう使わないというので貰い物だ。

 個人的には気に入っているので、せっかくなので出してみる。


 礼華先輩は机に置かれたティーカップを手に取り、口元に持っていく。


 「優しい香りですわね」

 「そうですね、特徴的ではないですが、その分シンプルで飲みやすいです」


 一口飲んで、僅かにほほ笑む礼華先輩。

 その姿は、こんな日常風景の中にあっても、優雅で気品のあるものに見えた。


 「……美味しい」

 「なら、良かったです」

 

 結局こう言ってもらえるのが、一番嬉しいんだよね。


 「有紀音さんもこれから大変ですね。こんなに美味しい紅茶、外ではあまり飲めませんよ」

 「紅茶淹れるのだけは上手いですよね」

 「おいだけってなんだだけって」


 俺達兄妹のやりとりに、礼華先輩がふふふと笑う。

 

 いつもとは全然違う食後のひととき。

 だけどいつも紅茶を飲んでいる礼華先輩は見慣れているからか、そんなに違和感は覚えなかった。


 「さて……それではわたくしはどこで眠れば良いのでしょうか?」

 「うん、なんで当然のように泊まるつもりなんですかね」


 そろそろ礼華先輩を家に送ろうかと思ったタイミングで、礼華先輩がとんでもないことを言い出す。

 

 「明日は休日ですので。わたくし宮様のベッドでも眠れますわ」

 「全然文脈おかしいですよ」

 

 本当に羞恥心とかどうなっているんだろうか。

 健全な女子中学生の前ですよ!!


 「礼華先輩……ごめんなさい、私、応援してる友人がいるのでそれはちょっと看過できないかもです……」

 「ふふふ、有紀音さんは友達想いなんですね。葉純ちゃんも、きっと嬉しいですよ」

 「葉純のこと、知ってるんですか?」

 「ええ、少しだけ、ですが」


 ?

 何故このタイミングで葉純ちゃんの話が出てくるんだろう。

 

 「さて、ではそろそろお暇しますわ。遅い時間まで申し訳ありません」

 

 今までのやりとりはちゃんと冗談だったのか、すっと礼華先輩が立ち上がる。

 そのまま玄関へと向かっていったので、俺もついて行って出かける準備をする。


 「ありがとうございました!松茸、おいしかったです」

 「ふふふ、有紀音さんも、また会いましょうね」

 「はい!」


 今日一日で随分と懐いた有紀音を、礼華先輩がなにやら手招きする。

 そして何かを、有紀音に耳打ちしていた。

 

 「お兄さんのこと、大事に、想ってあげてくださいね」

 「……はい」


 ?

 なにを言ったのだろうか。


 「では、宮様、また来週学校で」

 「あ、送りますよ!」

 

 礼華先輩が外に出ようとするので俺もついて行こうとすると。


 「心配は無用です」

 「え?」


 雨が降り続いている外に出ると、黒の高級車が家の前に止まっていて。

 後部座席には、本告先輩らしき人影も見える。

 

 「先に行って、迎えに来てもらいました」

 「……泊まる話なんだったんですか」

 「もちろん、冗談ですわ……でも」


 礼華先輩が、傘を広げる。


 「いつかは冗談ではなくなるかも、しれませんわね?」


 優雅に、くるりとターンすると。

 そのまま礼華先輩は運転席から出てきた使用人に扉を開けてもらって、車内へと入っていった。


 高級車が走り去って行き、非日常から、日常に引き戻される。

 

 「まいったな……」


 最後のセリフは、あまりに蠱惑的すぎて。

 礼華先輩がいたずらっぽく笑った姿が頭から離れない。


 「……浮気者」

 「うわっ!なんだよ!」


 いつの間にか後ろにいた有紀音が、ぼそっとそうつぶやいて、再び家に戻っていく。


 「っていうかさっき礼華先輩になんていわれたんだよ」

 「お兄は頼りなくてへっぽこだから助けてあげてってさ」

 「うそでしょ?!」


 本当に言われたらショックなんだが?!

 有紀音を追いかけて家に入ろうとしてふと、思う。

 

 「……そもそもなんで礼華先輩は俺の家知ってんだ……?」

 

 家近くで会ったことはあれど、家の場所を知る機会なんてなかった気がするんだけど……。

 ……まあ、もう今に始まった話でもないし、諦めるか。気にしたら負けな気がしてきた。


 考えるのを放棄して、有紀音を追いかけて部屋に戻ると、机の上にあったティーカップや食器類は、綺麗に下げられていた。


 

 




 

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