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第30話 本告琴子が覚悟を決めすぎる


 2学期が始まり、1週間ほどが経過。

 夏休みにボドゲ部の合宿に連れていかれるというイレギュラーはあったものの、それ以外は概ね想定通り進んでいる。


 変わった事と言えば。


 「ナイッサー!」

 「琴子相変わらず良いサーブ打つねえ」

 「いえ……」


 礼華様と一緒に、バレー部に復帰したこと。

 授業が終わった放課後、私はバレー部の活動に勤しんでいた。


 サーブ練習を終えて、タオルで汗を拭う。

 9月の上旬である今の季節は、猛暑こそ乗り越えたとはいえまだまだ暑かった。


 「なんでこんな上手なのに部活やってなかったんですか?」

 「まあ、色々あってね……」 


 2年一学期の終わりからという、かなり変なタイミングに復帰したというのに、バレー部の仲間達は快く入部を許可してくれた。

 

 流石に1年と少しやっていなかったから身体も相当なまっていると思っていたけれど、意外とそうでもなく。

 夏休みの練習にしっかりと打ち込めば、かつての感覚はすぐに戻って来た。


 「いやー琴子が戻ってきてくれて助かったよ~!セッターがいなくてさあ」

 「なつひ……」


 中学の時にバレー部でキャプテンだったなつひが、スポーツドリンクを片手に話しかけてくる。


 「ごめんなさい、迷惑をかけて」

 「全然!むしろ皆2人の事知っている子も多くてさ、助かったよ帰ってきてくれて」


 そう言いながら、コートの方に目をやるなつひ。

 つられて、私もそちらを見てみると。


 「礼華先輩すご……!」

 「これが都選抜に選ばれたスパイク……!」


 礼華様が後輩達から尊敬の眼差しを受けているのが見える。

 

 「実際、礼華が帰って来たって知った他の高校から、練習試合の申し込みがあるくらいだからねえ」

 「まあ、礼華様ならそれくらい当然かもね」

 「ふふふ、琴子も相変わらずだねえ。琴子だって都選抜だったくせに」

 「あれは私というより礼華様のおまけよ」

 

 確かに、中学3年生の時私と礼華様は都選抜に選ばれた。礼華様は全然興味無さそうだったけど。

 

 「……っていうか、なんか礼華変わったね」

 「……そうね」

 

 後輩達からの質問に、笑顔で受け答えをしている礼華様。

 中学の時は、あそこまで笑顔が多い人ではなかった。


 礼華様が楽しそうに日々の生活を送るようになったのは間違いなく、高校2年から。

 すなわち、宮と出会ってからだ。

 

 「琴子、ちょっとオープン上げてくれる?あまりしっくりきてなくて」

 「……はい!」


 礼華様に呼ばれたので、私もタオルをベンチに置いて、コートに戻る。

 

 「……ふっ!」


 高く上げたボールを、礼華様が美しいフォームで相手コートに打ち込む。


 「カッコ良い~!」


 後輩達の黄色い歓声を聞きながら、私も思わず笑みが零れる。


 この二周目の高校生活。色々、あるけれど。

 こうしてまた、礼華様にトスを上げることができるのは、素直に嬉しかった。


 






 週末、今日は練習試合の日。


 対戦相手の高校で試合が行われることになっていたので、私と礼華様は二条院家の車で移動。

 

 礼華様のお父様お母様は、礼華様がバレー部に戻ったことが嬉しいのか、積極的にサポートをしてくれている。 

 一般的な高校生にするサポートにしては、手厚すぎるのはあるけれど。


 ウォーミングアップも無事に終えて、試合前のミーティング。

 私と礼華様は共にスターティングメンバーだ。


 「今日の相手は完全に格上で、普通なら練習試合なんか受けてくれないんだけど、礼華がいるということで試合を受けてくれました!」

 「礼華先輩すご……」

 「まあ礼華ならそれくらい当然だよね~」

 「いえ、中学時代の皆様の頑張りによるものではなくて?」


 謙遜しながら、冷静に受け応える礼華様。

 

 「まあ、そういうことにしておこ!とにかく胸を借りるつもりで全力でぶつかっていこう!」

 「おー!」


 練習試合とはいえ、同じ地区の強豪校相手。

 自分たちの実力を試すためにも、全力で挑みたい所。



 試合は劣勢のまま進んでいた。

 やはり相手は強豪校ということもあり、一筋縄ではいかず。

 礼華様にトスを上げても、相手もブロックをしっかりしてきていることもありジリ貧な展開。


 「琴子!」


 相手のサーブ。

 なつひが綺麗に上げてくれる。

 Aパス。レフトで礼華様が待っている。

 相手コートから感じる、礼華様を止めるという意志。


 「……」


 だから私はその隙をつく。

 レフト側に大きく寄った相手の守備隊形の間にぽとりと落とす、ツーアタック。


 「ナイス琴子!」

 「ふふふ、私の指示を無視するとは琴子も変わりましたね」

 「いやバレー中は勘弁してください……って」

 

 綺麗に決まって、着地すると同時に、味方とハイタッチしていると。

 視界に入ったのは、広い体育館の、二階席。

 

 一人の男の子が立っているのが見えた。


 「……え?」


 間違えるはずもない。

 宮だった。


 1人でちょこんと立って、興味津々に身を乗り出して見るその姿を私は見たことが、ある。


 「なんで……!」

 「宮様なら、わたくしが声をかけましたのよ」

 「……!」


 なんてことのないように、礼華様が言う。

 おかしい、一周目の時、私は礼華様には言わずに、この練習試合にあいつを呼んだのだ。

 あの時はまだ、私は宮を礼華様と関わらせたくないと思っていたから。


 「宮様がわたくし達のバレーを見たいと言っていたので。何か問題あったかしら?」

 「な、ないです、けど」

 「そう、なら集中しましょう。まだ試合は終わっていませんよ」


 礼華様に言われて、意識を試合に戻す。

 ……けれどやはり、集中なんかできなかった。


 なんで?

 礼華様は、一周目の時この練習試合に、宮が来ていたのを知っている……?

 知っていたとして、何故今回は自分から声をかけたのだろうか?

 いや、知らなくて、たまたま呼んだ可能性だってある。


 わからない。

 

 「集中していきましょう」


 隣に立つ、礼華様のことが。


 ……結局試合が終わるまで。

 私はどこか、うわの空でプレーをすることになってしまった。



 

 

 試合が終わって。


 「いやあ~流石に強かったね!でも私達良い試合できたし、次は勝とう!」

 「勝てますよ!フルセットですもんね!」


 結局、惜しくも試合には敗れてしまった。

 試合後のミーティングを終えて、今は休憩時間。


 「琴子、ちょっとついてきてくれる?宮様のところにいきましょう」

 「……はい」


 あの後、一度も宮の方なんか見る事はできなかった。

 練習試合相手の校内を、礼華様と一緒に歩いて行く。


 前を進む、礼華様の意図が読めない。

 

 しばらく歩いて下駄箱の前まで来れば、宮がいつもと変わらない笑顔で立っていた。

 そこは、一周目の時に、私と宮が会話した場所。


 「あ、礼華先輩本告先輩お疲れ様です!」

 「こんにちは、宮様。すみません、負けてしまいましたわ」

 「いやいや!相手めっちゃ強豪校なんすよね?俺バレーのことあんまり分からないんですけど、礼華先輩のアタック?めちゃくちゃカッコ良かったです!」

 「ふふふ、ありがとうございます」


 一周目の時、礼華様は私と宮の会話にはいなかった。

 だから、この場は一周目とは違う。

 意味があるかもわからないけれど、私は自分にそう言い聞かせていた。


 「本告先輩も、めっちゃ上手なんですね!」

 「……っ!」

 

 そうかもしれないとは思ったけれど。

 やはり、宮は私にも話を振って来る。

 そんなことしなくて良いのに。

 

 あんたは、礼華様のことだけを見てれば良いのに。


 「いや~セッターってカッコ良いですね!本告先輩がどこにトス上げるのか~とか、あ、あとあのツーアタック?って言うんですか?相手の虚をつくみたいなのカッコ良すぎて鳥肌立ちましたよ!」


 ……やめて。

 やめてよ。

 

 その言葉は、一周目の時に言ってくれた言葉とあまりにも同じで。

 胸のあたりを、ぎゅう、と握った。


 「琴子も中学の時わたくしと都選抜に選ばれていたんですよ」

 「すっご!」


 その空気に、耐えきれなくて。

 

 「……礼華様、ちょっと気分がすぐれないので先に戻ってます」

 「琴子!」


 私は、礼華様の制止を振り切って、その場を後にする。


 なんで?

 私はもう一周目のような過ちは犯さないと決めただけなのに。

 

 どうしてこうも上手くいかない。

 どうして、一周目のようなことをしなくちゃいけない。


 「はぁ……!はぁ…‥!」


 トイレに入って、両手で膝をつく。

 頭がぐらぐらして、気持ち悪い。


 

 「もう何でも良い、でもあれだけは……」


 

 ぐちゃぐちゃになった感情のまま、私はひとつの覚悟を決めた。

 思い出すのはあの日の事。



 『本告先輩、誕生日、おめでとうございます』

 『礼華さんから言われたんです「あの子の誕生日、私は国内にいられないから、祝ってあげてくれないか」って』



 あの景色とあの言葉。

 絶対に忘れられない、私の記憶。


 あのイベントだけは、絶対に、何があっても回避する。


 そのためならなんだってする。

 また吐き気がして、両膝に手をついた。




 「もう、やめてよ……!諦めさせてよ……!」


 

 それからしばらく。

 私はトイレの個室で顔を覆い続けた。



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