第29話 篠本紗奈が波乱すぎる
楽しかった夏休みも終わり、今日から2学期の授業が始まります。
わけがわからないまま始まった二周目の高校生活だけど、気が付けばもう2学期。
割り切って目標を決めるようになってからは、また月日が経っていくのが早いような気がする。
「篠本さんおはよ~!」
「おはよう!久しぶり~!」
教室について、クラスの皆と挨拶を交わす。
当たり前だけど、皆は知らない事を、私が知っているというのはなんだか変な感じ。
今に始まったことではないんだけどね。
ふと、教室の端っこの方へ目をやっても、未だ智一君の姿はなく。
まだ登校してないんだろうな。
「紗奈おはよ!夏休みなにしてた?」
「え~!あ、でも海行ったりしたよ!」
「え、良いな、私も誘ってよ~」
ボドゲ部の合宿は、二周目で初めての企画だったけれど、本当に楽しかった。礼華先輩と本告先輩に感謝だね。
智一君とデートもできたし……一周目よりむしろ、たくさん仲良くなれた夏休みだった気がする。
思えば、一周目のこの時期は、明確に智一君を好きだったわけではないからね。
クラスの皆とのやりとりをしながら、始業を待つ。
しばらくすると、教室の後ろのドアから智一君が入って来るのが見えた。
……目のクマが酷い状態で。
「おいとっつぁん目やべえぞどうした」
「……なにもないナリ」
「さては宿題ギリギリまでやってたんだるぉ」
「宿題の提出期限は今日ではなく最初の授業日だから(震え」
……なるほど、智一君は宿題が終わらなかったんだね……。
ま、まあ、バイトとか色々忙しいみたいだし……仕方ない、のかな。
そういえば、礼華先輩と想夜ちゃんは智一君のバイト先……喫茶店に良く行っているみたい。私も行きたいな……。
智一君のなんだか締まらない様子に苦笑いしていると、視界に、1人の男子生徒が入って来た。
「篠本さんおはよう」
「寺岡君!おはよ~!」
クラス委員で一緒の寺岡君。
リーダーシップもあって、男女ともに人気のある男子。
運動神経も良くて、サッカー部のキャプテン候補……っていうか、3年生になった時は実際にキャプテンになってたっけ。
「篠本さん、生徒会立候補するんだよね?」
「え?あ、うん、一応そのつもりだけど……」
「そっか、凄いな。頑張って、応援してる」
「ありがとー!」
寺岡君が私の前の席に着席して、他の友人達と会話を始めた。
彼は人気者だから、すぐに他の人から声がかかるんだよね。
……この2学期は、大きなイベントが2つある。
1つが、今寺岡君に言われた生徒会選挙。私は1年生の時これに立候補して、無事生徒会に入ることができた。その後2年間、私は生徒会に入り続けてる。
実際に生徒会に入って良かったと思っているし、なるべく、1周目と同じルートを辿るという意味でも、これは今年も立候補するつもり。
概ね一周目と同じ生活はできているはずだから、そのままやれば今年も生徒会に入ることはできると思う。
そして、もう1つのイベント。
これが私にとって一番重要。
もう一度、教室の端っこに視線を移す。
「……あんた大丈夫?」
「……ねむいです……」
机に突っ伏している智一君は、隣に座る想夜ちゃんにまで心配されている。よほど宿題を後回しにしていたんだろう。
そういうところも可愛く思えてしまうのは、単純に私が智一君のことを好きすぎるからだろうか。
思い出すのは、そんな智一君との大切なイベント。
『俺に賭けてみなよ、ギャンブラーなんでしょ?』
私の中の時間軸では3年前であっても、今でも昨日のことのように思い出せる。
体育祭だ。
この1年の2学期に開催される体育祭で、私は明確に智一君のことを好きになった。
もう一度、視線を前に戻す。
今話しかけて来てくれた寺岡君。
彼に好意を伝えられた私は、そのことを智一君に相談して。
智一君が寺岡君に勝負を挑むことになる。
ボロボロになりながら私に向けてピースサインをしていた智一君の姿は、忘れることは無い、大切な思い出。
私の記憶が正しければ、始業式がある今日の放課後、寺岡君から話があると言われて、好意を伝えられることになる。
夏休み中も、寺岡君達と遊びに行くイベントもやったし、一周目の時と基本的に変わらなかったと思う。
正直、利用するような形になってしまうのは心が痛むけど……。
今回もそれを智一君にボドゲ部活動の帰りに相談して、一周目と同じ状況を作る!
「うーす全員いるかー」
「やぎちゃんうおおおお!」
「お前はいるかいないかすぐに分かるな?」
担任の青柳先生が入って来て、朝のHRが始まる。
さて、この2学期はイベント沢山。私にとってすっごく大事な数ヶ月になる。
改めて気合を入れ直して、私は青柳先生の言葉に耳を傾けた。
初日の授業は、滞りなく進んでいき。
始業式のある今日は、早めに授業が終了するということもあり、あっという間に、2学期初日は放課後へと突入していた。
そんな中、私はずっとそわそわしていて。
やっぱり寺岡君の好意を分かってて利用するのってちょっと罪悪感あるなー!とか。
智一君のカッコ良い所また見られるの嬉しいなー!とか。
正直全然授業に集中できなくて、本当に気が付いたら放課後だった。
「紗奈じゃあね!」
「うん!また明日~!」
友人達が次々に教室を後にする。
各々、帰宅するか部活動に行くかといったところだろう。
教室の後方に目をやれば、智一君も帰ろうとしているのが見えたので。
「智一君じゃあね!」
「うん、また明日……」
寝不足なのか今日は一日元気が無さそうだった。
宿題、やってあげたいくらいだけど……それは智一君のためにならないよね。
手を振りながら、教室を後にする智一君を見届けた。
そうして、教室からどんどん人が減っていく中。
「てら、部活行こうぜ」
「あ、ちょっと先行ってて、後から向かう」
……!きた……!
寺岡君が、クラスメイトでサッカー部の子を先に部活動に向かわせた。
手には少し汗がにじんでいる。
自分でも少し、緊張しているのが分かった。
たとえ今から起こる事が分かっていても、告白されるという状況は、なかなか緊張するんだ、と私は初めて知った。
教室には、私と寺岡君しかいなくなる。
寺岡君は、教室の後ろにあるロッカーから何かを取り出していた。
「あったあった……あれ?篠本さんまだ帰らないの?」
「え?!あ、うん、ちょっとね」
そういえば、私なんでこんな時間まで教室残ってたんだっけ……?
流石にそこまで詳細には覚えていないけど……。
「そっか……じゃあ――」
き、きた。
寺岡君が正面に立って。私は思わず姿勢を正す。
先に謝っておこう、ごめんね、寺岡君――!
「俺部活行くわ!じゃあまた明日ね!」
「……」
寺岡君が、教室を後にした。
「え?」
思考が、フリーズする。
「えええええええええええ?!」
誰もいない教室に、私の絶叫が木霊した。
なんで?!
あ、あれ?!告白、告白は?!
両手で頭を抱えた状態のまま、思考を必死で整理する。
記憶を遡っても、絶対に2学期の、始業式の日だった。
そこは間違っていないはず。
目が回って来た。
な、なにを間違えたんだろう?
間違いなくここで、彼に告白されて、それを智一君に相談して……。
その計画が、土台、本当に最初の部分で破綻してしまった。
考えられることは、ただ一つ。
「なんらかの要因で、この二周目は寺岡君が私のことを好きにならなかった……?」
それしか、無い。
確かに考えてみれば、寺岡君からそれらしい兆候はなかったけど。
一周目の時もそれはあったかどうかわからなかったし、気にしていなかった。
特に変わった事なんてしていないと思ったから。
自分が一周目と同じ動きをできていると考えていたからこそ、気にしていなかったわけで。
ぽつん、と教室に残ったのは私一人。
普段は窮屈な教室が、今はひどく広大に感じる。
え、なにこの、告白してないのにフられた感。
いや寺岡君も別に悪くないんだけど!
「ど、どうしよう」
イベント盛りだくさんの二周目。
その開幕は、いきなり波乱からのスタートとなってしまうのだった。