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第28話 泉想夜がデレすぎる


 ボドゲ部の合宿も無事に終えて、またバイト三昧の日々が戻ってきた。

 正直に言うと、ボドゲ部の合宿がイレギュラーだっただけで、夏休み本当は休む暇すらなくバイト三昧の予定ではあったんだけど。

 

 基本は学校があるときと変わらない、朝早く起きて父親の手伝いに行って、そのあと一旦家に帰って家の用事を済ませてから、喫茶店へ働きに行く。

 そんな毎日だけど、つまらないと思ったことは無い。

 みさきち店長がそもそも面白い人だし、お店も好きだし。お客さんの層も本当に良いんだよね。快適な職場です。

 

 それに加えて、礼華先輩は本当に俺が働いている日は来ない日の方が珍しいレベルで、お店に来てくれているし。

 日常の中に非日常がある感じで、普通に楽しい。


 そんな良くも悪くも変わらない日常が続いていた、8月のある日。

 今日も朝の手伝いを終わらせて、家に帰って――


 「なぜこんな場所に……」


 来ていた。学校に。

 夏休み中なのに。


 どうしてこんなことになったのかは、至ってシンプル。

 補講である。

 

 いやね?そりゃあもちろん今回は勉強頑張って、ほとんどの教科は赤点回避しましたけれども。

 一科目だけ赤点になってしまって無慈悲にも補講に行かねばならなくなったのである。

 担任の青柳先生からは「ま、一個だけだしこの日とこの日だけで良いよ」って言ってもらえて、今日と来週だけ来れば良いだけになったのは、きっと勉強を頑張っていたおかげだと思おう。

 

 教室の中に足を踏み入れる。

 通常授業の時とは違い、人数は非常に少ない。

 そりゃそうだ、選ばれし者しか補講にはこないからね。

 小暮の奴もああ見えて成績は悪くないので補講には来ていない。なんて薄情なやつなんだ。


 しかし、そんな中で、日常と変わらない人物を見つける。


 「泉さんおはよう!」

 「……はよ」


 俺たちのアイドル(仮)泉さんである。

 あんまり成績は良くないと聞いていたのでもしかしたら、とは思っていたが本当にいるとは!これは僥倖。

 寂しい補講の時間になるかと思ったけれど、泉さんがいるなら悪くないね。


 元気に泉さんの隣に座って、授業開始を待つ。

 いつもと違って、教室内の会話も少ない。単純に人が少ないから当然ではあるんだけど。

 

 「泉さんは、赤点あった?」

 「……まあ、あるからここにいるんじゃない」

 「まあ、それもそっか!」


 泉さんはバスケ部の活動もしてるし、この前のギターを弾いてるのもあるんだろうし、忙しそうである。

 勉強の時間があまりとれないのも、仕方のない話だろう。


 「俺は英語が赤点だったんだけど、泉さんは?」

 「……私も英語」

 「……なるほど」


 あ、あれ?

 なんかテスト前に泉さんに「英語は自信ある」的なことを聞いた気がするんだけど……き、気のせいか。

 まあ、正直、勉強ができないくらいなんてことないですよね!


 「まぁでも、赤点をとったことで夏休みに泉さんと会えると思えば、悪くないね!」

 「……ばかじゃないの」


 ふい、と泉さんが窓の方を向いてしまった。

 ちょっと耳が赤いような気がする。

 照れているのだろうか。クール系美少女の照れほど健康に良いものはないですからね。朝から良いものを摂取できました。


 「おい、そこの良い感じの2人。今日は補講だからそんなに人来ないんだし、そんな一番後ろの席じゃなくて前来いよ~」

 

 そんなこんなをしているうちに、既に担任の青柳先生が教室に来ていたようで。

 ただでさえ人が少なくて話をしている生徒も少なかっただけに、どうやら俺達が目立ってしまったらしい。


 「ダメですよ青柳先生、今のご時世はそういうの厳しいんですから。ましてやこんなに美しい泉さんと俺を『良い感じ』は泉さんが可哀そうでしょ」

 「おお?怒るところそこなのか?まあ、確かによくなかったかもな、ごめんな泉」

 「……べつに」


 まったく。青柳先生はめちゃ良い先生だけど、こういうところが甘めだから困っちまうぜ。

 泉さんが俺と「良い感じ」って言われてたよってクラスからいじめられてしまうかもしれないのは勘弁だ。


 だけど年下のこんな生意気な意見に対してちゃんと向き合ってくれるのはすごくありがたい。

 青柳先生みたいな大人になりたいものだね。


 「……ばかじゃないの」

 「……え、俺?」


 うんうん、とうなずいていたら、心底嫌そうな顔をした泉さんにまた罵倒されてしまった。

 な、なぜ……。

 困惑したまま、先に前に行ってしまった泉さんを追いかけるように、俺も席を移動するのだった。


 

 

 およそ3時間ほど続いた補講を終えて。

 ようやく解放されるお昼時。


 「ぐえ……疲れた」

 

 人数が少ないからか質問をされる回数も多く、普段の授業より数倍疲れた気がする。


 ぐてっと机に突っ伏していると、ぽつぽつと、授業を受けていた人たちが教室から出ていくのが見える。

 皆、家に帰ったり、部活に行ったり様々なんだろう。

 ……俺も、ぼちぼち喫茶店にいきますかね。


 「……ねえ」

 「はいなんでしょ!」

 

 泉さんに声をかけられたら1秒で振り向く。これ学校生活の基本ね?

 

 「私これから部活」

 「なんと!体育館は室内とはいえ熱中症になる人も多いみたいだから水分補給はしっかりね」

 「……誰目線なの」

 

 本当に、熱中症は外競技だけでなく体育館でも起こり得るからね。気を付けないと。


 「俺はこの後バイトなので」

 「……お昼は?」

 「お昼は今日喫茶店で食べようかなって思って弁当作ってきてないんだよね。妹も授業無いし」


 いつもなら有紀音の弁当を作るついでに自分のも作っているけれど、有紀音がいらない以上、別に作る必要が無い。

 そんな理由もあって、今日は喫茶店のまかないか何かでお昼を済ませようと思っていた。


 「私、今からお昼」

 「うんうん、腹が減っては戦はできぬと言いますから、ちゃんと食べてから部活に行った方が良いよ」


 バスケは運動量多いから食べすぎると気持ち悪くなっちゃうかもだけど、食べないのはもっとよくないからね。

 しっかり食べて、泉さんには部活動を頑張ってもらいたいところだ。


 「……」


 泉さんは無言でお弁当を取り出す。 

 コンビニで買ったらしきお弁当だった。

 隣で見ていても、泉さんは基本買い弁が多い気がする。

 栄養バランスが心配だ……お兄さんお弁当作ってあげたい……いや冷静にクラスメイトの男子が急に弁当作ってくるのキモすぎるか。


 なんてくだらないことを考えてないで、そろそろ行きますか。


 「……?どこいくの」

 「え、バイトだよ?」

 

 あれ?さっきわたくし言いませんでしたこと?

 心の中の礼華先輩が出ちまうよ。……なんか寒気した。俺はいつでも礼華先輩に“視られて”いる……?


 「何時から?」

 「え?勤務自体は13時半からだけど……」


 いつも通り13時からで良いといったのだが、みさきち店長が補講の後にお昼食べる時間もあるだろうしゆっくりで良いよと言ってくれたのだ。


 「じゃあ座って」

 「ええ……」


 よくわからないけれど座ってと言われたので座る。

 NOと言えない日本人でごめん……っていうか泉さんとお話できるならむしろプラスなんだから断る理由がない。


 教室特有の、木製椅子に腰かける。いつもは背もたれにしている方を前にして、お弁当を食べている泉さんと向き合った。


 「……あんまじろじろ見ないで」

 「ええ……」


 相変わらず、注文の多いアイドル()である。

 ちょっと椅子の位置を変えて、斜めの角度で泉さんを視界に捉えることにした。これなら文句も言われまい。


 いつもなら生徒で賑わっているはずの教室が、がらん、としている。

 外では蝉の声がうるさいくらいに響いていて、その2つが、今が夏休みなんだと痛感させてくれた。


 「……あんたさ、嫌なわけ?」

 「へ?」


 もう泉さんがお昼を食べ終わろうかというタイミングで。

 不意に言われた言葉の意味が、理解できなかった。

 嫌、とは?


 「だから……あれだよ」 

 「どれ……?」

 

 ごめん泉さん本当にわからない。

 しびれを切らしたのか、泉さんはパックの野菜ジュースを振りかざしてきた。

 視界いっぱいに野菜ジュースが広がって、泉さんの顔が見えない。


 「だから……私と、良い感じって、言われたやつ」

 「ああ、朝のことね!」


 青柳先生に言われた事か。その事とは思わなんだ。

 ふん、とパック野菜ジュースを飲み始める泉さん。なんだこの可愛い生き物。

 

 「俺は嫌じゃないけど、泉さんがそれでいじめられたりとかしたら、嫌だなって思ったかな~」

 「……」


 ずずず、と野菜ジュースの中身が無くなったことを知らせる音が少しして、泉さんがストローから口を離す。


 「……あんたさ、卑屈すぎ」

 「ええ、そうかな」


 嫌われている自覚があるから、卑屈、とは思わなかったな。

 だって、単なる事実だから。


 泉さんは食べ終わったお弁当をビニール袋に詰めて、席を立つ。


 「……少なくとも私は……別に嫌なんて思わない。いじめられたって気にしない。そんな奴らの言葉なんて響かない」


 いつもは興味なさげに下がっている泉さんの目の端が、少し上がっている。

 ……初めて見たかもしれない。泉さんが、感情的になっているところを。

 

 「嫌われたって別に良いよ……あんたと一緒に嫌われたって良い」

 「……」

 「……少し考えてみれば。あんたがバカにされて良い気持ちしないの、きっと私だけじゃない」


 言いたいことは言い終わったのか、泉さんは「付き合ってくれて、ありがと」とだけ言い残して、教室を後にした。

 部活動に向かったのだろう。


 「びっくりした」


 思わず、頭を掻く事しかできない。

 そんなの、妹の有紀音くらいにしか言われたことが無かったから。

 泉さんにそこまで言ってもらえるほどのこと、したっけ?


 自分のことを少しは好意的に見てくれている、ということなんだろうか。

 そう思うと――。

 

 胸が、痛んだ。 

 

 「……行くか」


 気持ちを誤魔化すように荷物をまとめて、バイトに行く準備をする。

 外からは、相変わらず蝉の声が煩いくらいに響いていた。

 

 

 


 

 

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