第27話 二条院礼華が願いすぎる
急遽行うことになったボドゲ部夏合宿、昼のビーチバレーを終えて。
琴子が用意したスイカも食べ終わった私たちは、再び着替えて別荘の中へ。
時計を見れば時刻は15時。計画自体は急だったのもありかなり雑だったのですが、ここまでは概ね想定通りのタイムスケジュール。
玄関から少し進んだ先にある居間には、大きめの長机と椅子が人数分用意されていた。
「うわすっごい広い……」
「この家全部使って良いんですか……?」
「ええ。今日明日はわたくし達しかおりませんので。気兼ねなく使っていただいて結構ですわ」
居間に入ると、宮様と篠本さんがぽかん、と口を大きく開けたまま。
別荘自体はそう大きくはないけれど、確かにこの部屋は広い。
20人くらいが集まってホームパーティーをしていたこともあるくらいだから、当然なのかもしれませんが。
「おい渚沙見ろ、絶対に一般家庭には無いタイプのウォーターサーバーがあるぞ」
「……!」
わたくしと琴子以外はどうやら家の中の物に興味津々なので。
いったん仕切った方が良さそうですわね。
「皆様、一応夏合宿なわけですし、ボードゲーム、やりますわよ」
「わ~!待ってました!」
部屋の中央にある机に、琴子が持ってきた多種多様なボードゲームを広げる。
部室にもあるものも無いものも含め、かなりお手軽目なゲームを中心に今日は持ってきていた。
「こんな時間から夜までできるなんて……ワクワクしちゃうね」
「おいおい何ゲーム負けられるんだよ……」
「なんで負ける前提なの……?」
昔からボードゲームはそこそこ嗜んでおいて、良かった。
こうして遊ぶゲームにも、困らなくて済む。
なにをやるか皆で選びながらわいわいと話していると、篠本さんが遠慮がちに手を上げた。
「あの、礼華先輩、ここにあるのが今回できるボードゲーム全部、ですかね?」
「安心なさい。ポーカーテーブルと自動卓は別室にありますので、夕飯が終わったらそちらに移動しましょう」
「~~っ!」
私の言葉を聞いて心底嬉しかったのか、篠本さんが感極まってガッツポーズしている。
……貴方それ最初隠してたのでは?
二周目故に篠本さんのギャンブラーを知っているわたくしと琴子は、苦笑いしかできない。
「皆!今日は寝なくても良いよね?!」
「いや流石に睡眠はとりたいかな!」
宮様が篠本さんに本気でツッコむ。
篠本紗奈は本気で寝ないでやりそうなので、どこかでブレーキを踏まないといけませんわね。
琴子が、全員のコップを用意し、麦茶を注いでくれた。これで準備完了。
「それでは、これからやっていきましょうか」
「うおおお!今日で今までの負け返済するぞうおおお」
「小暮それフラグでしかないぞ……」
こうして、本当の意味で、ボドゲ部の夏合宿が始まった。
「え、多分ここじゃない?」
「そろそろ捕まっても良い頃合いじゃねえのかァ?」
「ぐぐぐ礼華先輩、次ターン位置公開ですよ!」
「はい。私がいるのはここです」
「はあ~!?さっきまでここでしたよね?え、どうやって?礼華先輩だけ地下鉄バスタクシーだけじゃなくて個人用ジェット機とか使ってます?」
「お嬢様特権……」
「そんなわけないでしょ……」
鬼ごっこを模したゲームでは、私が優雅に逃げ切り。
「デブ、チーズ工場を建設します」
「小暮お前そればっかじゃねえか!」
「サイコロの出目的にも出やすいですし、理に適ってはいますわね」
「関係ないね!それっ!やった!6だ!」
「しのもっちゃん絶対サイコロをいじってるって!毎回スタジアムじゃねえか!」
街を育成するゲームでは、篠本さんが狙った出目を出し続けて優勝し。
「おい渚沙わかってんのか?もう確率的にも障害カードが出る確率の方がたけえんだぞ?」
「……前進あるのみ」
「流石にもう……え~!まだ黄金カードなんだけど!」
「ヤバイ、渚沙ちゃん面白すぎる……!」
「死を恐れない気持ち……」
「俺の彼女、強心臓すぎるんだが?」
黄金を獲得するゲームでは、横木さんがハートの強さを発揮して見事勝利。
「結局こうなんのかよお!」
「俺達は負け犬。人生の敗北者じゃけえ……」
「あはは!まあ、まだ夜の部もあるからさ!」
「そっちの方が勝てる気がしないんだよなあ……」
結局、5種類ほどのゲームを遊んで、男性陣の勝ちはなく。
わたくしと篠本さんが2勝、横木さんが1勝で前半戦は終了となった。
夕飯は、中庭でバーベキューをすることに。
使用人たちが既に先に準備をしておいてくれたおかげで、私達が中庭に出ると、そこにはもう食材を焼き始められるようになっていた。
「デブ、焼きます!焼かせて下さい!」
「まあ、負けたしな」
「それはとっつぁんも同じなんだよなァ」
喜び勇んで、小暮君と宮様がトングを持つ。
横木さんも、それに協力するようだ。
「本当にありがとうございます礼華先輩。なんと言ったら良いか……」
「あら、感謝なら琴子にお願いしますわ。彼女が用意してくれたも同然なので」
「ええ!そうなんですか?」
「え、いえ、私は……」
礼儀正しい篠本さんが感謝を述べてきたので琴子に流しておく。
実際、琴子が使用人達と協力して準備を進めてくれましたし。
もちろんわたくしからもお願いはしてありますが。
実際に動いたのは琴子なので。
「デブ野菜は焼きません」
「わがまま言うな!準備してくれた礼華先輩はじめお家の方に失礼だろ!」
「私が焼く……」
宮様、小暮君、横木さんの3人が、協力して食材を焼いている。
食材を焼いたことによって発生した煙が、既に暗くなった夜空に吸い込まれていった。
「なんか、良いですね」
「……と、言いますと?」
そんな様子を見て、篠本さんが私と琴子に向けて言う。
「二周目って意味わからない状況じゃないですか。私1学期が終わった今でも、不安だらけです。……でも」
篠本さんは、再び3人の方を見る。
つられて、私も琴子も、3人の方を見た。
「デブ、食べます。……うめえええ」
「おいこらお前が食うと無くなるだろ!」
「やはりピーマン……」
「渚沙ちゃんも食ってるし!」
和気あいあい。楽しそうにしているのが遠目でもはっきりと分かる3人。
思わず、見ているこちらが笑顔になってしまう。
「こうして二周目で初めてできたこともあって。だから、感謝してるんです。ありがとうございます」
「……わたくしも、分からないことばかりですよ」
「あはは、そうですよね」
宮様が、こちらを振り向いた。
「3人とも~!焼けましたよ!」
「デブ渾身の焼き加減です」
「……野菜も」
確かに、ここまで良い香りが届いている。
「いきましょうか」
「はい!」
「……はい」
琴子、篠本さんと共に、宮様達の元へ。
確かに、分からない事ばかり。
けれど、こうして皆で遊ぶことが、決して悪い事ではないと信じて。
私自身の計画のためにも、真っすぐ、進んでいきましょう。
その日の夜。
かなり夜遅くまで遊んだ後、まだ遊び足りないという篠本さんをなんとか宥めて、男女別れて就寝となりました。
用意した寝室を見渡せば、既に眠りについた女性陣。
篠本紗奈もゴネてた割にはすぐに寝るのだから面白い子ですね。
……なんとなく眠れなくて、私は居間に水を飲みに行くことに。
居間へ続くドアを開けると、仄かに明るい。
不思議に思って目をやれば、中庭に設置された椅子に、人影がありました。
「……宮様?」
「あれ、礼華先輩」
椅子に座って空を眺めていたのは、宮様だった。
これは僥倖。私も、隣の椅子に腰を下ろすことに。
「礼華先輩、何から何まで、ありがとうございます。めちゃくちゃ楽しかったです」
「ふふふ、それは良かったです」
宮様に喜んでもらえるなら、そんなに嬉しいことはありません。
就寝用の薄いシャツを着た宮様が、もう一度空を眺めて。
「めっちゃ星空綺麗ですね」
「……ええ。琴子が、好きなんですよ、星空」
「へえ、そうなんですね!……ちょっと意外かも」
……都会から離れた場所だからこそ、星空が綺麗に見える。
ゆっくりと流れていくこの時間は、宮様と一緒にいるのも相まって、とても心地よいもので。
「宮様は、何かやりたいこととかありませんか?」
「え?やりたいことかあ……いやもう十分やってもらってますよ。この合宿も、めっちゃ楽しいですし」
そう言ってにこりと笑う、宮様は愛らしい。
……けれど同時に、その笑顔にどこか、寂しさも感じる事ができてしまって。
……思えば、一周目の時からそうだった。
皆を笑顔にできる、それだけの人であるのに。自分が笑う時は、決まって人が嬉しい時で。自分のことを聞かれると、こうしてちょっと困ったように、寂しげな笑顔を見せる。
……なんとなく、この壁を取り去ることができなければ、私が宮様と付き合うことは、できないような気がして。
「やっぱり、ちょっと夜は寒いですね。戻りますか」
「宮様」
「?」
反射的に、椅子から立とうとした宮様の手を取ってしまう。
宝石のように綺麗な、宮様の瞳と目が合った。
聞きたいことは、山ほどある。
どうして、わたくしを選んでくださらなかったのですか?
どうして、わたくしではダメだったのですか?
どうして……誰も選ばなかったのですか?
……実は今わたくしが、二周目の高校生活を送っていて、貴方とどうしても結ばれたいんです、と。
言ってしまいたくなる。
心の中で、深呼吸をしてから。
ゆっくりと、掴んだ手を離した。
「……もう少しだけ、お話していきませんか?」
「へへ、礼華先輩が良ければ、喜んで!」
――そんなことは、言えないけれど。
満点の星空の元。
わたくしは隣に座る、宮様に願う。
もっと、貴方のことを教えて、と。