第26話 本告琴子が困惑しすぎる
8月に入り、夏の強烈な日差しが本格的に地面を照り付けている。
視界に広がるは真っ青な海。
二条院家の別荘。そこに併設されたプライベートビーチ。
礼華お嬢様と一緒に、幼い頃から何度も来たことがあるこの景色。
……ただ、今日違う点があるとすれば。
「うわすっごーい!」
「マジか激アツじゃねえか!」
「……!」
「礼華先輩ヤバすぎる……」
「ふふふ、相変わらず良い場所ですわね」
今までは一緒に来たことの無い、メンバーと一緒にいることだろうか。
「おいとっつぁんやべえって!海がちゃんと青い!」
「確かに!テンション上がって来た!」
「私も行く!」
宮、小暮君、篠本さんの3人が、砂浜に駆け出していく。
「なかなか楽しい2日間になりそうね」
「……そうですね」
隣に立つ礼華お嬢様は、微笑ましい光景を笑顔で見守っている。
きっと、1周目にもしたことがないイベントだからこそ、礼華様も新鮮で楽しみなのだろう。
そんな中、正直……私は複雑な心境だった。
事の発端は一週間ほど前。
食後の紅茶を、礼華様にお出ししている時の事だった。
『ボドゲ部の皆様で別荘へ合宿に行こうと思うのだけれど』
『良いんじゃないですか?』
『宮様がバイトしかしていないので、連れ出さなくてはいけませんわ』
せっかくの夏休みなので、合宿をしたいと礼華様が前々から言っていたし、確かに宮もこういった休み期間はバイトの虫になる気質があるので、それ自体に何も反対は無い。
問題は、その後。
『貴方も来なさいな、琴子』
『……はい?』
ボドゲ部でもなんでもない、部外者でしかない私が参加する意味が分からない。
宮も、そして他の参加する人達も、良い気持ちはしないと思ったから。
『いや、私は……』
『私から話は通しておいたわ。小暮様なんか「人数多い方が楽しいっすからね!」ですって』
『そう言われましても……』
『貴方は私の付き人でしょう?家の用事以外で2日間も私と離れるなんて許しませんわ』
『ええ……』
そうして半ば強制的に、この合宿に参加させられることになったのだけど。
「うおおおお」
「おいとっつぁんまだ水着じゃねえのに無茶だって!」
「あははは!」
年甲斐もなくはしゃぎ回る宮を見る。
……あんまり、あいつのいる所に、来たくなかったというのが本音だった。
もう、関わることは無いと思っていたのに。
礼華様に続いて、私達も砂浜に足を踏み入れる。
「どうせボードゲームの類は暗くなってもできますし、明るい内にビーチで遊ぶことにしましょうか」
「やった~!」
「では女性陣はついてきてくださいまし。お二方もお部屋用意することできますが?」
「あ、俺らはこのパラソルの下で十分ですよ~」
「承知いたしましたわ」
今回、参加しているのはボドゲ部に所属している宮と小暮君、篠本さんと礼華様。それに私と、もう1人。
「すみません礼華先輩、渚沙のこと、よろしくお願いします」
「ええ。もちろんですわ。横木さん、行きましょう」
横木渚沙さん。小暮君とお付き合いしている1年生の女子生徒。
非常に小柄で、寡黙な女の子だ。人形のように可愛い顔立ち。
体の大きな小暮君といつも一緒にいることから、更に小さく見えてしまう。
今回は小暮君から横木さんも一緒に行って良いか、と相談があり、それを礼華様が受け入れた形だった。
礼華様の言葉にこくこく、と頷いて、横木さんも一緒に更衣室へ。
私も一応水着持ってきたけれど……あまり気分も乗らないので、私は水着の上からTシャツを着る事にした。
「渚沙ちゃんは中学の頃から小暮君と付き合ってるんだよね?」
「……」
着替えている最中、篠本さんが横木さんに話を振った。
その質問に、横木さんは頷いて返事をする。
「どんなところが好きになったの?」
「……」
興味津々といった様子で篠本さんが質問を重ねる。
確かに、想いを伝えて結ばれているとするならば、横木さんは経験豊富と言えるかもしれない。
篠本さんの質問に対して、横木さんは少しだけ考えるような素振りを見せてから。
「……純一郎は、私を守ってくれるから」
「へえ~!なんか素敵だね!小暮君言動はあれだけど……まっすぐな人柄だもんね」
小暮純一郎という人物は、容姿こそ大柄で粗暴な感じがするけれど、その実義理堅く、人想い。
1周目でそのことは、ここにいる全員が知っていたからこそ、横木さんのその言葉は、すんなりと飲み込まれた。
砂浜に戻ると、宮と小暮君がせっせと砂浜にネットを設置していた。
「おかえりなさい!なんかネットあったんで設置しておきました!」
「渚沙あ!お前はあぶねえから審判しとくんだせ」
ビーチバレー。
確かにそんなこともできたなと思いつつ。
「いいね!やろうやろう!」
「いっつもボドゲでボコボコにされてる分、やり返しますかァ」
「あら、そういうことでしたらわたくしも篠本さんと組みましょう」
自然と篠本さんが小暮君と宮の逆のコートに入ったので、礼華様もそれに追随する。
「え~!じゃあ本告先輩俺らチームでも良いですか?」
「え?」
突然、宮がそう言って来て。
気付けば全員が、こちらを向いていた。
「いやだって礼華先輩バレー部じゃないですか。篠本さんも運動神経良いし。こっちデブと運動音痴で不利なんで、同じバレー部の本告先輩に来てもらおうかなって」
「デブはプラス要素だっていつも言ってるが?」
なんと言えば良いかわからなくなって、言葉が詰まってしまう。
私は……。
「良いんじゃなくて?それくらいの方がバランス良さそうですし。琴子、入ってあげなさい」
「わかり、ました」
断れる雰囲気でも無かったので、私が宮・小暮チームに。
ネット越しに、嬉しそうな礼華様の表情が見える。
……礼華様は何故、私にそこまでさせるのだろう……。
「で、何賭けるの?!」
「ギャンブルジャンキーいるって……」
結局、その意図は分からないまま、ビーチバレーが始まった。
「ちょっと宮!……様、貴方それくらいはちゃんと上げてくれませんか!」
「ひえええ下手くそでごめんなさい!」
「いいか、渚沙、次からはどっちが点数取ろうとも、右手で数えている点数を増やし続けるんだ」
ビーチバレーは圧倒的大差でこちらが負け続けていた。
宮の運動神経が良くないことはなんとなく知っていたけれど、それにしても酷くて。
小暮君は早々に諦めて審判の買収を始めようとしている始末。
「あははは!もうマッチポイントだよ!」
「ふふふ、もう少しやれるかと思っていましたが、見当違いでしたか」
このままだと何もできず負け……。
中学の頃から6年間礼華様とバレーボールをやっていた身としては、このままの敗北は屈辱的すぎる。
……致し方ないか。
「宮様、貴方トスを上げてくれませんか」
「え?でも俺そんな上手くは」
「良いから。とにかく上へ、高く上げてくれればなんでも良いです」
「はいいい」
もう頼っていられない。
とにかく宮にトスを上げさせて、自分で決めねば。
「行くよ~!」
仕切り直して、篠本さんがサーブを打ってくる。
点数をとることができなければ、私達の負け。
「うおおおお」
「ナイス腹レシーブ!」
小暮君が大きなおなかにボールをあてて、レシーブ成功。
ボールを、宮が追いかける。
「本告先輩!」
「……っ」
宮が上げたトスは、お世辞にも上手いトスとは言い難かった。
ネットから遠く、乱れたトス。
「ふっ……!」
それでも、私は無理やりスパイクを打った。
隣で何度も見てきた、礼華様のように。
「わあ!」
私の放ったスパイクは、コートのギリギリに決まった。
こちらの得点。
「うおおお本告先輩うおおお!」
「流石っす!一生ついていくっす!」
「貴方達ね……」
全力でハイタッチを求めてくる2人に、苦笑いしかできない。
はっと、我に返る。
違う、こんなつもりじゃなかったのに。これじゃあ私――
「本告先輩!」
「?」
「俺の事『宮』って呼んでくれていいっすよ?さっき呼びそうでしたよね?」
「……っ」
ビーチバレーに夢中になって、1周目の時のクセが出てしまった。
失態。
「……結構です。ほら、次来ますよ」
「ええ~!せっかく少し仲良くなれたと思ったのに……」
頭を切り替えて、ビーチバレーに集中する。
右手で、太ももをつねった。
少しでも気を緩めると、変な感情が表に出そうだったから。
結局、最後に粘りはできたけれど、序盤の大差を覆すことはできず、ビーチバレーは私達の負け。
「はい!私達の勝ち~」
「うおおおい渚沙こっちの数だけ増やせって言ったろ!」
「……公明正大」
「おいこの審判賄賂通用しねえわ!」
横木さんは小暮君を無視して礼華様達のいる方向である、左手を挙げ続けている。
「では負けたチームは間食の準備をお願い致しますわね。琴子、取り仕切り頼みますわ」
「……はい」
それだけ言い残すと、礼華先輩は篠本さんと横木さんを連れて海の方へと行ってしまった。
残されたのは、私達負けチームの3人。
「本告先輩……いや本告の姉御!俺達ぁついていきますぜ!」
「それいいな!本告の姉御様……!」
「やめなさい」
2人を連れて、別荘の方へ歩き出す。
「間食ってなに?スイカ?」
「らしいぜえ。やっぱ夏って言ったらスイカだよなあ?」
……2人とまたこうして、話すことができるのは嬉しい。
嬉しい、けれど。
この2周目では、もう関わらないと決めたのに。
心の中は、ぐちゃぐちゃで。
無心で、私は熱くてさらさらとした砂を裸足で踏みしめた。