第24話 篠本紗奈が予想家すぎる
1学期が終わり、私の通う紫水ヶ丘高校は夏休みの期間に。
二周目の高校生活が始まった時は、もしかしたら朝目が覚めたら、元の大学生になった私に戻ってるんじゃないかとか思ったけれど、そんなことはなく。
ならやっぱり今度こそは後悔しないように、全力で頑張るしかないよね。
私達が行っていた智一君の成績アップ作戦は無事成功して、まずひとつ嬉しい成果を得ることができた。
正直、私としてはどっちでも良かった節はあるけれど。
だって、礼華先輩も言っていたけれど、仮にそれが成功しなかったとしても、諦める理由にはならないから。
結局、智一君と今度こそ付き合うという気持ちは、何も変わらないからね!
「うーん……!」
夏休みが始まってすぐ。
本格的に夏らしさにエンジンがかかってきたそんな日の午前中。
私は自分の部屋に置いてある姿見の前から動けなくなっていた。
かれこれもう1時間弱、この場所から動けないでいる。
「これは流石に露出多すぎる……よね」
恰好が決まらない!
今日は智一君とのデート!
せっかくのデートだから、可愛いって思ってもらえるようにオシャレしたい。
けど、全然着ていく服が決まらない!
こっちのちょっと清楚な感じにした方が良いかな……?
でも、私のライバルには礼華先輩や、想夜ちゃんがいる。
2人はお嬢様とクール系だし、可愛さでアピールしていった方が良いかも?
それに、これは私調べでしかないんだけど……ビジュアルはクール系好きと言いつつ、ファッションは可愛い系が好きなんだよね智一君は……!
「紗奈?10時には出るって言ってなかった?」
「うわあ!もうこんな時間!」
お母さんから声をかけられて待ち合わせ時間が迫っていたことに気が付く。
今着ている服はオフショルダータイプのブラウス。
ちょっと可愛すぎるような気もするけど……!
ま、まあこれで良いか!高校1年生だからね、これくらい可愛いのでも!
……え、私高校1年生で良いんだよね?
智一君とは、目的地の最寄り駅で待ち合わせをしていた。
私が着いたのは待ち合わせ時刻の5分前。私としたことがギリギリになっちゃった。
いつもは15分前には着くようにしているのに!
改札を抜ければこの駅のシンボル的な石像の前で、スマホを見ながら立っている智一君の姿が。
「ごめんお待たせ!」
「あら、おはようさん」
智一君はオーバーサイズの白いTシャツに、黒のショルダーバッグ。
一周目の時からそうだったけど、智一君はファッションセンスすごく良いんだよね。聞いたら「妹がうるさくて……」って言ってたから妹さんがコーディネートしているのかもだけど。
相変わらずの猫背で立つ智一君を上から下まで眺める。
こうしてまた、智一君とデートができるなんて嬉しいなあ……!
「ふふふ、今日の行き先、分かるかな?」
「いやもう嫌でも分かりますてこの場所」
智一君がうんざりした様子で指差す先にはこの駅の名前が書いてある看板。
ま、まあ、名前に入っちゃってるからね。しょうがないね。
「はい!ということで、競馬見に行くよ!」
「そんな気はしましたよええ」
『武蔵競馬正門前』という駅から、私達は目的地である競馬場に向けて歩き出した。
2分ほど歩けば、目的の競馬場に着くことができた。
敷地内に足を踏み入れれば、芝の匂いが風に乗って吹き抜けていくのがわかる。
かなりの人数が座れそうな観客席の先には、馬たちが走るためのコースが広がっていた。
中は既にかなりの人で賑わっている。
どうやらもう既に何回かレースが行われた後のようだった。
「うわあ……こんな感じなんだ」
「そー!結構綺麗だよね」
「正直イメージとは結構違ったかも」
昨今、競馬場は綺麗になっている場所が多い。
家族で来れるイベント、なんてやってる所もあるくらいだし、最近はクリーンなイメージを浸透させたいのかも。
私としてはそういう世の中になっていったら……嬉しいなと思う。そしたら胸張って私も趣味言えるし……。
「正直に言いますとあんまり期待してなかったんだけど、結構楽しそうかも……?」
「そうでしょ!ちゃーんと楽しんでもらうんだからね」
実は今日こうして智一君とデートすることになったのには理由がある。
それは、ボドゲ部の活動中でのこと。
『はい、20で私の勝ちね』
『ブラックジャックって2枚絵柄引くだけで勝てるんだ簡単だな~(白目)』
『あら、最初からAと絵柄なのでBJですわね』
『おいとっつぁんやっぱこのトランプおかしいって!』
またしても男性陣(智一君と小暮君)をボコボコにした後、智一君にどこかに連れて行ってもらえる権利を貰えたので。
せっかくなのでこの競馬場に一緒に来てもらうことになったのだ。
「うわすごい、篠本さん向こうでめっちゃ近くで馬見れるみたいだよ!」
「あれはパドックだね。あそこで馬の状態を確認するんだよ」
智一君が興味津々といった様子できょろきょろと周りを見渡している。
その目が輝いているのがわかって、思わず笑顔になってしまう。
楽しんでくれているみたいで、良かった。
会場内で買えるホットドッグを2人で買って、観客席へ。
もちろん馬券は買えないので、あくまで私たちは楽しむだけ。
だけど~。
「もちろん、勝負はするよ」
「ですよね~」
どうやら、ここからは3レースほどあるようなので、その3レースで智一君と勝負することに。
もちろん私も1周目のレース結果なんて全部覚えてないから、純粋な予想勝負!
「勝てる気しないんだけど」
「いやいや、そんなことないよ、競馬は頭数が多いから純粋に当たりにくいしね」
智一君がどこからか持ってきた競馬新聞を見ながらうんうんと唸っている。
その姿を、後ろから眺めた。
この程度の勝負でも、本気になってくれる智一君が好き。
「よし決めた、じゃあ1回目はこの馬にしようかな」
「お、2番人気の馬だね、悪くないチョイスじゃないかな?じゃあ私は――」
私たちがやっているのは、各々が1頭を決めて、どちらが先着するかの勝負。
選んだ馬同士が、どれだけ離れて決着したか、そもそもその馬が何番人気かで、ボーナスが発生する。
実はこの遊び自体はボドゲ部でもやったことがあったので、ルールは智一君も知っていた。
私たちが予想を固めてから、数分ほどでレースが始まった。
テレビなどで放送されがちな大きなレースとは違い、さくっと始まってさくっと終わるのが平場のレース。
決着も一瞬。
「うおおおおいけえええ差せ差せ差せ差せ!」
「がんばれ~!」
かなり近い位置で、馬が駆け抜けていく。それに呼応するように歓声が上がる観客席。
馬蹄が地面を蹴る迫力のある音が身体に響くのがわかる。
私はお父さんに何回か連れて行ってもらったことがあって、この景色が、感覚が好きだった。
「勝った!私宮勝利しました!!篠本さんに勝ったの初めてクラスだが???」
「ぐぬぬ、まあ、ちょっと穴狙いだったからね。まだ2レースあるから!ほら次の予想!」
「このまま完勝して気分良く帰りたいなあ!」
智一君と過ごす時間は本当に楽しくて。
二周目であることも忘れて、ただ純粋にこの時間を楽しんでいる私がいた。
全てのレースが終わり、先ほどまでは青空に包まれていた競馬場に、いつの間にか夕陽が差し込んでいる。
「いや~楽しかったね!」
「結局負けたんだが……」
勝負の結果は、私が最後のレースでなんとか智一君を捲って勝利するという結果に。
危なかった!今回は負けちゃうかもと思ったよ!
「次は何を頼もうかな~♪」
「お手柔らかにお願いしますね……」
人の帰る波と共に、私たちも競馬場を後にする。
施設を出てから、智一君が後ろを振り返った。
「冷静に考えてうら若き高校生の男女がデートする場所で選ぶのが競馬場で良いのかね……?」
苦笑いをしながら、そうつぶやく智一君。
おやおや?
「へ~デートって思ってたんだ?」
「え?!あ、いやえっと……ま、まあ?男女が2人で出かけるのならばそれはデートと言っても過言ではないのではないでしょうか……」
ちょっと照れて、顔が赤いのをバレないように歩き出す智一君が愛おしい。
そういうところあるよね、君は。
だから、わざわざ顔を覗き込んであげた。
「智一君はデートの方が嬉しい?」
「……まあ、それはそうかも?」
「じゃあデートってことで!」
私が智一君の前に、スキップして進んでいく。
この二周目に、どんな意味があるのか。
二周目の結果がどうなるのか。
まだ全然わからない。不安だって無いって言えば嘘になる。
だけど、今この瞬間を楽しむことも忘れちゃいけないと思うから。
もちろん、最終目標は恋人になること。
一周目のことを、智一君が覚えていないのは寂しくもある。
だけど、またこうして智一君との思い出を積み重ねていけることは、嬉しかった。