第23話 二周目彼女達の会議が真剣すぎる②
1学期の終わり……学期末テストが終わった。
「琴子、行くわよ」
「はい」
テストの返却日、私は礼華様に呼び出されて……共に旧校舎の空き教室へと向かっていく。
今日は、高校生活二周目を送っている生徒たちの会議第2回目の開催日。
第1回に礼華様が宮の学力アップ作戦を提案したので、その結果を確認、そして次の目標を決める……と礼華様は言っていた。
正直、私は参加しなくても良いレベルだと思っているけれど……一応二周目になっている一人なので、しぶしぶ参加している。
「良い天気ね」
「はい」
廊下の窓から、外を見る。青空の先には、初夏らしい、眩しい太陽が燦燦と輝いていた。
今日はテストの返却のほかに主だった授業はほとんど無いので、午前中のうちにすべての予定が終了。
部活動に行く生徒や、帰宅する生徒とすれ違いながら、私と礼華様は旧校舎への道のりを歩いていく。
「琴子は、宮様の学力、上がっていると思う?」
「え……どうでしょう。上がっていないような気がします」
旧校舎へと続く渡り廊下を歩きながら、前を歩く礼華様が尋ねてくる。
半袖の夏制服に身を通した礼華様は、私の答えを聞くと「そう」とだけ。
あれから、礼華様は何度か宮を家に呼んだり、ボドゲ部で勉強会を開催したりと、あの手この手を使いながら、宮の学力向上を計っていた。
私はそのサポートをしつつ、この2週間ほどを過ごしていた。
私自身は、あれから宮に会うことは絶対にせずに。
「その答えは、貴方の願望だったりするの?」
「え?……別に、そんなことないですよ」
宮の成績が上がっているかいないか……正直なことを言えば、上がっていない方が嬉しい。
だって、それならば1周目から変わることはないと思ってもらえるかもしれないから。
それに、変わってなかったら……私自身も未練なく、スッパリと諦められるような、そんな気がしたから。
だから、礼華様の言う「私の願望」という指摘は、図星だった。
けれどそんなこと言えるはずもなく。
歯切れの悪い返事しか、できなかった。
旧校舎にある目的の教室についたので、私が前に行き扉を開ける。
礼華様の後ろに続いて入れば、そこにはすでに篠本紗奈と泉想夜が座っていた。
彼女らは同じクラスなので、既に一緒に来ていたのだろう。
「2人とも、ごきげんよう」
「礼華先輩おはようございます!」
「……こんにちは」
篠本さんは元気よく、泉さんは気怠げに。
対照的な2人の挨拶を受けながら、私たちも席に着く。
「それでは早速始めましょうか、第2回二周目会議を」
「あ、その名前でいくんですね……」
「語感も丁度良くありませんこと?」
なんとなく定着していなかったこの会議の名前は、どうやら『二周目会議』で落ち着いたらしい。
真面目な気質の篠本さんは、わざわざ黒板に書いていた内容を『第2回 二周目会議』に書き直した。
「さて、まず全員から何か目立った報告はありますか?1周目と違うことが起きた等があれば聞きたいですが」
「うーん、どうなんでしょう。智一君に勉強を教えるというイベント自体が初めてなので、1周目との違いみたいなのはあんまり感じませんでした」
「……同意かな」
「まあ、そこについてはそうですわね」
この宮智一成績アップ作戦は当然1周目には行われていない。1周目に行っていない作戦をしようというのが趣旨なので当たり前ではある。
「ではわたくしからひとつ。1周目で琴子と行ったイベントが、1周目とは違う展開になったことを報告しておきますわ」
「え、そんなことがあったんですか?」
「ええ。まあでもこれは1周目とは違って、琴子を先に宮様に会わせていたわたくしのミスだと思っているので、行動次第で一周目と結果が変わる証明になるかは微妙ですわね」
……礼華様の説明を、私は少し複雑な気持ちで聞いていた。
あれは礼華様のミスなんかではない。私が、1周目と違う振る舞いをしてしまって、それを宮に見抜かれたのが良くなかった。
もっと、完璧にできていたら。
あんな思いを、しなくても良かったかもしれないのに。
「……」
少しうつむいていると視線を感じて。顔を上げてみれば、泉さんに視線を向けられていた。
……なんだが居心地が悪くて、目を逸らしてしまう。
前回もそうだったけれど、彼女の疑うような視線が、苦手だった。
「では、その話はその辺にしておくとして。本題に入りましょうか」
「智一君の成績、ですよね……!」
「ええ。ここに、宮様のテストの答案用紙があります」
「なんでよ」
「はは、想夜ちゃんツッコミはやいね」
いつ確保したのかもわからない、なんならどうやって確保したのかもわからない宮の期末テスト答案用紙が、礼華様の手に握られていた。
宮のプライバシーは一体……。
「……まあでも、別にそれ見なくても知ってるよ」
「あら、そうでしたか?」
「ま、隣の席だからね」
「ぐぬぬ……ずるい……」
勝ち誇ったような態度をとる泉さんに対して、悔しそうな表情を隠そうともしない篠本さん。
篠本さんは男女問わずクラスで人気とのことなので、はぐれ者である宮とは日常的にコミュニケーションをとるのは難しいのかもしれない。
「上がってた、で良いんだよね」
「ええ。結論から先に述べるなら、そうなりますわね」
「やった!」
……少し、暗い気分になった。
まあ、関係ない。成績が上がって、未来が変えられることが仮に分かったとしても。私のやることは変わらないのだから。
「智一、嬉しそうに答案用紙見てたからね。あんなわかりやすい顔してたら、そりゃわかるよ」
「確かにうれしそうだなとは思ってました!」
「ええ。宮様のテストは全ての教科で平均超え……平均以下だと言っていた一周目とは、違う結果が出た。まずはそのことを喜びましょうか」
3人が笑顔で話し合う姿を、眺める。
少し、胸が痛くなった。
……やっぱり、私はここにいるべきでは、ないのかもしれないわね。
「次なる目標を決めましょうか」
「次の、目標?」
「ええ。確かに宮様の成績は目に見えて向上した。けれど、それだけでは未来が変わる確証にはならない」
礼華様が立ち上がって教壇の方へと向かう。
チョークを手に取り、黒板に『精神面』と達筆に板書した。
「精神面?」
「はい。次は心の内側。精神面の変化が見込めるかを考えていきましょう」
礼華様が言っている事の意味が、すぐに理解できない。
篠本さんも泉さんも同じだったようで、頭にはクエスチョンマークが浮かんでいる。
「今回は勉強というわかりやすい指標でしたが……今度はこちらからの働きかけで、宮様の内面が変化し、自ら一周目とは違う選択をしてくれるかを試そう、という話ですわ」
「内面……具体的にはどういう選択をしてもらうんですか?」
「まあこれはいち候補でしかありませんが……例えば、宮様が立候補なぞしそうもない、イベントの実行委員になってもらう、とか」
「ああ、そういうことね」
……なるほど。勉強というステータス面ではなく、あくまで宮から何か行動を起こす変化を見たい、ということか。
確かに、将来的に誰かを選んでもらう、というのが目標ならば、こちらの方が重要な気もする。
「じゃあ、体育祭実行委員とか?」
「それも良いですわね」
「体育祭かあ……!」
3人の、会議は進んでいく。
篠本さんからは笑顔、泉さんからは興味のなさそうな表情こそ見えるけれど。
全員が、宮に対して真剣なのは、十分に伝わってきた。
……なんとなく息苦しくなって、外を見た。
教室の窓の向こう、青い空とコントラストになっている、入道雲が見える。
「では、ひとまず宮様を体育祭実行委員か、学級委員に立候補してもらうこと、又は、2学期でのクラスで起こるイベントに自ら1周目とは違う選択をしてもらうこと……これを方針とします」
「はい!」
「……ん」
どうやら話は固まったようだった。
「特に、クラスでのイベントはかなり宮様の内面と直結してそうですので……ここの行動を変えることができれば、意味合いは大きいかと。頼みましたよ」
「や、やってみます」
「まあ、やれるだけのことはね」
では、と最後に礼華様が締めくくる。
「夏休みについては、各々宮様にアプローチをかけていただいて構いません。わたくしもそのつもりですので。なにかイレギュラーがあったら、グループのSNSに報告すること」
「了解しました!」
「はいはい」
2回目だというのに、妙な結束を感じる。
……それもそうか、二周目なんていう普通ではない現象に巻き込まれている者同士、仲間意識も強くなる。
もちろん、恋敵であるのは、承知の上でも。
篠本さんと泉さんが、挨拶をして教室から出ていく。
それを見届けて、私たちも荷物をまとめた。
そして私達も帰路につこうかという、そんなタイミングで。
「琴子、バレー部に戻りましょうか」
「え?!」
唐突だった。
礼華様が私に向けてそう言ってきたのは。
「えっと、どうして、ですか?」
「わたくしもバレーが久しぶりにしたくなってね。キャプテンのなつひに聞いたら快くOKと。貴方は喜ぶと思ったけれど」
「いや、嬉しいです、嬉しいです、けど……」
なんで今更、とは言えなかった。
それにこの夏休み前のタイミング。
一周目で、宮に試合を見に来てもらった時期にかぶってしまう。
この二周目は、バレー部に入っていないから、そのイベントは絶対に起きないと安心していたのに。
「なら良いじゃない。なつひも優秀なセッターとスパイカーがいなくなって困ってたって言ってましたの」
「それは……嬉しいです、けど」
……わからなかった。礼華様の狙いが。
私の記憶が正しければ、一周目に宮が試合を見に来たことは、礼華様は知らないはずで。
もし仮に知っていたとすればもっと早くバレー部に入っているはずだし。
本当に、考えが、わからない。
「ほら、帰りましょう」
「は、はい……」
上機嫌な礼華様を横に。
私は、妙な胸騒ぎが止まらなかった。