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第22話 泉想夜の弾き語りが良すぎる

 

 今日も今日とて、喫茶店でのアルバイトを終えて。


 「今日も遅くまでごめんね~!」

 「いえいえ、全然大丈夫ですよ」


 みさきち店長が顔の前で手を合わせて謝っている。

 たしかに、高校生が労働できるぎりぎりの時間にはなってしまったけれど、これくらいなんてことない。

 

 「あとはやっておくから、帰って帰って!有紀音ちゃん待ってるんでしょ」

 「今日は友達の家でご飯食べてくるって言ってたんで、大丈夫です」

 「あらそうなの!だからさっきサンドイッチ食べてたのね。良かったらケーキも食べて行かない?」

 「良いんですかあ?!」


 有紀音は今日は葉純ちゃんの家に行くと言っていたので夕飯も自分だけで良い。

 なんかすごい嫌そうな顔をしていたから、きっと勉強に連行されたのだろう。あいつも俺同様、テスト近いだろうしね。

 そんな理由もあって、俺もまかないであるサンドイッチをもしゃもしゃと食べて夕飯を完了させたのだ。

 ケーキもありがたく頂いていく。廃棄になっちゃうより良いからね、仕方ないね。 


 「テスト近いんでしょ?私の立場で言うのもなんだけど、勉強頑張ってね」

 「そうですね……最近はちょっとモチベあるんで、頑張ります」

 

 現状アルバイトを減らすとかは考えていないものの、女子ズに教えてもらっていることもあり、勉強のモチベーション事体はある。

 というかこんなに教えてもらって全然成績上がりませんでした、はダサすぎるし。


 自分で淹れた紅茶の余りを飲みながら、ケーキを食べる。

 ん~このチーズケーキも非常に美味である。


 「そういえばこの前来た礼華ちゃんのお友達?は大丈夫だった?」

 「あ~……本告先輩、ですね」


 先週、本告先輩が初めてこの店にやって来た。

 なんかすごく、言ってることと行動がちぐはぐでびっくりしたけど……とにかく最後にはうちの紅茶を飲んで、少しだけ、本当に少しだけではあったけど、笑顔を見せてくれてよかった。

 俺が避けられているっぽいのもあって、寂しげな表情しか見た事がなかったから、嬉しかったな。


 「多分大丈夫だと思います。今度礼華先輩にも聞いてみますね」

 「うん!また来てくれると良いんだけどな~!」

 

 

 ……本告先輩、あれから一度も会っていないけれど、元気になってくれているだろうか。




 「ごちそうさまでした!ではまた来週!」

 「は~いお疲れ様!」


 全て美味しくいただいてから、店を出る。

 さて、帰って勉強でもしますかね。


 と、思った瞬間。


 「……あれ」


 外に出ると、大き目の黒いケースを背負った少女が、店の外に立っていた。

 繁華街を背景にして、紺のウルフカットが風に揺れている。

 物憂げな表情で立つその姿は、知らない人であっても目を奪われてしまうと思えるほどに、儚げで美しく。

 

 「泉さん?」

 「……宮?偶然だね」

 

 カッコ良さ抜群。流石泉さん、俺のアイドルである(勝手に)。

 スマートフォンをいじりながら立っていたのを見ると、誰か待っていたのだろうか。


 「……あんたここでバイトしてんの?」

 「え?あ、そうそう!ここの喫茶店でバイトしてます。紅茶美味しいので是非」

 「……ふーん」


 いつもどおりの眠そうな表情で、泉さんは興味なさげに喫茶店を見やった。

 全然来てくれる感じしないや()

 ……そういえば。


 「泉さんは、こんな時間までなにしてたの?」

 「……別に」


 ふい、と後ろを向いて、泉さんは歩き出してしまう。

 ……あれ?


 「誰か待ってたんじゃないの?」

 「……その予定無くなった」

 「ええ……」


 そ、そういうことならついて行って良い、のか?

 帰る方向も同じなので、泉さんの後ろをついていくことに。


 夜の繁華街は、喧騒にまみれている。

 お店の呼び込み、居酒屋で話す人々の声、時折通る車のエンジン音。

 それらを耳に入れながら、無言で泉さんの隣を歩いているこの瞬間は、なんとなく悪くなくて。 

 こんなのを、エモい、なんて言ったりするのかななんて思った。


 「……ねえ」

 「はいなんでしょ!」


 そんな沈黙を破って、話しかけてきたのは泉さんだった。


 「……気にならないの」

 「えっと、何がでしょうか……」

 「……なんでもない」

 

 気にならない?なんのことだろう……。

 わからないから聞いてみたけれど、求めた答えは返って来ず。

 またしても無言の時間が。

 

 「いてっ」

 「あ、ごめん」


 隣を歩いていた泉さんがちょっと横を向いたことで、彼女が後ろに背負っている黒いケースが当たる。

 随分大きなケースだな。俺が持とうか提案もできるけど、何が入ってるかしらないし、ちょっと提案しにくい。


 「……」

 「え、なんでしょ……?」

 「別に」


 じっ、とこちらを見てきた泉さんの真意がつかめない。

 わたくし、なにか気に障ることしちゃいました……?


 再び歩き出す。

 そして今度は、数十秒もしないうちに。


 「いたい?!」

 「あ、ごめん」


 また大き目の黒いケースが当たる。

 ちゃんと重量があってちゃんと痛いな?!


 「へへへ、全然大丈夫ですよこれくらい……」

 「……」


 でも痛いなんて言わないよ、俺は男の子だからね。……あれ、もしかしてさっき言っちゃった?

 するとまたじっ、と泉さんに見られる。

 ……なにこの時間。


 「ふんっ」

 「えええ?!」


 すると、今度は後ろのケースを俺の方に向かってぐりぐりと押し込んで来た。

 

 「いたっ、おもっ!これなに入ってるの?!」

 「ふふ、やっぱ気になるんだ」

 「どういう文脈でその結論に至るわけ?!」


 確かに随分大きなケースだなとは思っていたけど!!

 

 「な、なにが入っているんですか?」

 「……ギター。アコギだよ」

 「へ~!泉さん、ギター弾けるの?!」

 「……まあね」


 ギター。それにアコースティックギターということは、弾き語り、とかできるのだろうか。

 林間学校で歌声を聴いた時から本当に素敵だなと思っていたから、弾き語りなんか聴いたら本当に感動してしまうかも。


 「……聴きたい?」

 「え?!」

 

 少しだけ前を歩く、泉さんが俺の考えていることを見抜いたかのように聞いて来る。

 そりゃ聴けるなら聴きたいですが!


 「良いんですか?」

 「……まぁ、ちょっとだけなら」

 「やったぜ」


 あんまり歌声とかも聴かれたくないものだと思っていたから、この提案は意外だった。

 今日はどうやら泉さんの機嫌が良いみたい!(当社比

 


 俺達は歩いて、人通りの少ない公園へとやってきていた。

 広さとしては少し大きめの公園で、中央にある池には噴水が設置されている。ただ、夜の入り口である今の時間帯は、噴水から流れる水音しか聞こえないくらいに、静かな公園だった。


 それにしても今日が帰り遅くなっても良い日でよかった~。勉強?知らない子ですね。


 ベンチに荷物を置いて、泉さんがアコースティックギターを取り出す。

 取り出したのは茶色の、年季の入ったギターだった。


 「ボロボロでしょ」

 「え?……うん、そうかもしれないけど、なんか素敵だね」

 「なにそれ」


 確かにどちらかというとボロボロなギターだったので、あんまり嘘はつかずに。

 その使い込んである感じも素敵だったので、そちらも包み隠さずに。


 「……お父さんがね、使ってたギターなの。……まあ、もういないけど」

 「そうなんだ。……俺と同じだね」

 「あんたも、お父さんいないの?」

 「まあ、いるんだけどいないみたいなもんというか。一緒に暮らしてないし」

 「……ま、じゃあ似た者同士ってことで」

 

 泉さんは俺の話を、特に驚きもせずに聞いていた。

 こういう話をすると決まって驚かれたり、引かれたりするから、その変わらないリアクションがありがたかった。


 「ほんと、少ししかやらないからね」

 「全然それでも嬉しい!」

 「……そ」


 ぽろん、と一度弦を鳴らす。

 静かに、それを見守った。また、泉さんの歌声が聴けるのか、楽しみ。


 前奏が始まる。

 俺だけに弾いてくれるコンサートなんて贅沢だな、なんて思いながら。

 林間学校の時に聴いた曲だった。あの後気になって調べて、何度か聴いていたからわかる。

 少し前に流行った、人気のシンガーソングライターが歌っていた曲だった。


 透き通るような、綺麗な歌声が心地良い。

 前も思ったけれど、綺麗で自然に出る高音が、身体の中に気持ちよく入って来るのは、本当に凄いと思う。

 プロの歌手ですら、高い音は耳が痛くなったりするのに。


 サビに入る。

 演奏も丁寧で、ミスがない。

 俺が素人だから気付いていないだけかもしれないけれど、気になる箇所なんてひとつもない。


 というか、そんなことはどうでも良いほどに。


 「~♪」


 嫋やかに目を閉じて歌う泉さんは――美しかった。



 「……はい、おしまい」

 

 演奏が終わって。 

 泉さんはすぐに、片付けを始めてしまった。


 「……感想は?」

 

 言われてはっ、とする。 

 俺としたことが、泉さんの歌声と姿に感動しすぎて気絶してたわ。

 え、どうしよ、感想、感想ね。

 

 「え、いやあの……プロにならないの?」

 「ふふ、なにそれ」

 「だって!流石に上手すぎるし!なんというかこう、神々しいというか!美しすぎませんか!?絶対プロになれるって」


 正直、興奮しすぎている自覚はあるけれど、止められなかった。

 それくらい、今の泉さんの演奏が良かったから。


 「そんな簡単にね、プロになんかなれないの」

 「そ、それはそうかも、だけど……」


 なんだか、もどかしかった。

 こんなに上手くて、カッコ良くて。

 泉さんの凄さを世界が知らないなんて間違ってるよなあ?!


 どうにかして泉さんをメジャーデビューさせることはできないのだろうか。

 いや、俺なんかにそんな力は無いけどさあ!


 「……でも」


 ギターをケースにしまい終わった泉さんが、ゆっくりと立ち上がった。

 そして振り返ってこちらに見せた表情は、見たことがない、柔らかな笑顔で。


 

 「本気で応援してくれる人がいるなら……頑張れる、かもね」

 「……!」


 すぐにまた振り返って、「帰るよ」とだけ言い残し、泉さんが歩き出してしまう。

 

 ……でも、良かったかもしれない。

 今の泉さんに、思わずどきっとしてしまったのが、バレたら困るから。

 ふざけて、「応援します!」すら言えなかった。

 

 いつもクールな泉さんが見せる笑顔……破壊力抜群すぎる。

 

 なるべくいつも通りの調子に戻れるように努力しながら。

 少しだけ離れて、俺は泉さんを追いかけた。



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