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第20話 二条院礼華にとって想定外すぎる


 授業を終えて、今日は待ちに待った日。

 ”ちゃんと”昼過ぎから雨が降ってきたこともあって、私は心を躍らせながら、宮様のバイト先へと向かっていた。

 

 最近の学校生活は、万事順調と言って良い。

 泉想夜が二周目になった時は少し想定外だったものの、逆に『宮様が誰も選ばなかった』という情報を得られたと思えば悪くない。


 私が発案した、『宮様成績アップ作戦』も、順調に進んでいる。

 宮様の成績を始めて知ったのは1学期の期末考査。その時に『平均より余裕で下』と言っていたのを覚えているので、今回の目標は平均より上回らせること。

 これが達成できれば、未来は十分に変更可能であると考える要素になる。


 宮様をその気にさせるのは、意外と簡単だった。


 『え、負けた方が言う事聞く?!へへへ、そんな賭けしちゃって良いんですかねえ……』

 『……よくここまでほぼ全敗なのにそこまで強気に出れるよね……』

 『むしろ今まで負けまくってるから次は勝てる!』

 『それ典型的な負ける人の思考な気が……』


 ボドゲ部でのこと。

 いつもは勝った方がパックジュースを賞品にしていた所を、変更。

 あとはゲームで勝てば良いだけ。

 しかも私か篠本さんのどちらかが勝てば良いとなれば、難易度はとても低くなる。


 『4000、8000に2本付けでお願いしますわ』

 『倍ツモ条件を簡単にクリアすな!!!』


 また小暮様と宮様が2人揃って大負けになってくださったので、遠慮なく宮様に『勉強しましょう!』と命令することができました。

 ……正直、せっかくお願いきいてもらえるならもっと刺激的なお願いをきいてもらおうかと思ったのですが、まあ今回は良いでしょう。


 泉想夜は私達の中では勉学がそこまで得意ではないので、「あんたたちに任せる」と言っていた。

 なんでも、ちょっと教えようと思ったのに失敗したとか。まあ、この辺りは適材適所ということで。

 学年主席の篠本さんと、私がいれば基本的には全ての科目を教えるのは容易でしょう。


 「……礼華お嬢様」


 宮様のお店に着く直前。

 既に学校を出て待機していた琴子と合流。彼女は家に何本も用意されている黒い傘をさして立っていた。

 とはいえ、先にお店に入るのは、私だけなのですが。

 

 「琴子、準備は大丈夫?」

 「はい、問題ありません」

 「セリフも頭に入っているわね?」 

 「はい」


 そう。

 何を隠そう今日は、一周目の時、私が宮様の魅力の虜になった日。

 部活動をサボって、この喫茶店に入り浸り始めた私を、琴子が連れ戻そうとしに来た日だ。


 あの日の感動を、今日もまた味わえると思うと、思わず心臓が高鳴るのが分かる。

 けれど、あまり態度に出してはいけませんね。

 変な事をしてしまうと、本来のルートとは違ってしまうかもしれませんから。

 

 「では、私が入った30分後くらいに入って来て頂戴」

 「承知いたしました」

 「なにかイレギュラーなことがあったら連絡するわ。連絡は取れる状態にしておいて」

 「はい」


 ……少し。

 そう言って下がろうとする、琴子の様子が気にかかる。

 雨に打たれる傘に隠れて、表情があまり見えなかったのもあって。


 「琴子」

 「はい?」

  

 去ろうとする琴子を、声をかけて、呼び止めた。


 「元気が無いように見えるけれど……大丈夫?」

 「え?!いえ、そんなことないですよ。ご心配、ありがとうございます」

  

 昔から、琴子は無理をし過ぎるきらいがある。

 そんな時特有の雰囲気を感じたからこそ、彼女と、目を合わせた。

 ……やはり、いつもより元気が無いように見える。


 「琴子。確かに今日はわたくしにとって、凄く大事な日ではあるわ。でもね、貴方の方が大切。体調が悪かったりするのなら、遠慮なく言って頂戴?」

 「礼華お嬢様……」


 これは紛れもない本心。

 宮様のことは絶対に手に入れたいし、そのために今日というイベントはとても重要。

 でもだからといって、琴子に無理を強いたいわけではない。


 「……大丈夫です。今日は大事な日ですもんね」

 「……なら、良いけれど」


 高校3年生辺りから、琴子は私に対して気持ちを隠すことが増えた。

 変わらず、親愛の情は感じるから、わたくしの付き人が嫌になった、とかではなさそうだけれど。

 小さい頃から知っている身としては寂しくもある。

 

 「じゃあ、行ってくるわね」

 「はい。いってらっしゃいませ」


 宮様の働いている、喫茶店の扉を開ける。

 傘を閉じて、店の前にある傘立てに。最後に振り返って外を見れば、もうそこに琴子の姿はなかった。

 ……琴子も協力してくれるのだ。

 今日という運命の日を、もう一度心から味わおう。



 

 「それで、最近はどうですか?勉強の調子は」

 「ダメダメですけど教えてもらってだんだん覚えてきた気がします」

 「ふふふ、またいつでも教えてあげますからね」

 「それにしたって部活ではボドゲやりたいですよ~」


 喫茶店にて。

 いつも通りカウンターの席に座った私は、作業をする宮様の邪魔にならない程度に、雑談をしていた。

 もうこの喫茶店に通い始めて1ヶ月以上。

 入れば店長の御崎さんには「礼華ちゃん!いらっしゃい!」と気さくに声をかけて頂けるようになった。

 前回もそうだったのですが、こういった常連のように扱って頂けることは嬉しくありますね。


 今日も美味しい紅茶とケーキに舌鼓を打ちつつ、宮様との時間を楽しむ。

 思わず、今日が大事な日であると忘れてしまいそうになるほどに。


 けれど、思い出したこともある。

 今思えば、一周目の今日、雨だったからこそ、店内には少し人が少なかった。

 実際、今もお客さんはまばらで、だからこそ宮様とゆっくりお話できている。

 外が雨だからこそ店内は少し暗くて、アンティークなオレンジ色のライトが、ぼんやりと店内を照らしているこの光景は、はっきりと見覚えがある。

 

 とはいえ、琴子が入ってくるまでの間、一周目の際にどんなお話をしていたかまでは覚えていなくて。

 なのでいつも通りに振舞うことにしていた。

 

 そして、私がお店に入ってからきっかり30分。

 

 「見つけましたよ礼華お嬢様……!」

 

 入口から、予定通りの声が、聞こえてくる。

 振り向けば、先ほど別れた琴子が、まさに急いでやって来た、という体でそこに立っていて。

 流石琴子。完璧だ。

 思わず身震いしてしまうほどに。

 あの時と全く同じ。


 そのまま、急ぎ足で琴子が私の方へ向かってくる。


 「何か用?わたくし今忙しいのだけれど」

 「何か用、ではありません!部活動も辞めて家にも帰らず何をしているかと思えば……こんなところに入り浸って。お母さまから怒られますよ!」


 ちらり、と宮様の方を伺えば、そちらもあの時と同じ。

 おろおろと、どうすれば良いのか分からずに戸惑っている。


 けれど、この後琴子から発される言葉に、宮様は怒りを露わにするのだ。

 

 「こんな庶民の低俗なお店に行っているなんてお母様の耳に入ったら……私が怒られるんですよ」

 「……貴方」


 完璧だ。

 琴子の演技力も素晴らしい。


 この『庶民の低俗なお店』という言葉に、宮様が怒るのだ。

 自分のことよりも、お店をバカにされたことに対して怒るのが、宮様らしい。


 あとは、宮様が仲裁するのを――。



 ――と、思っていたのに。

 待てども、宮様が仲裁に来ない。



 冷や汗が流れた。

 ――何故?

 何を間違えた?


 軽いパニックに陥っているのが自分で分かる。

 完璧だったはず。琴子の演技も、私の言ったセリフも。

 この日の事は鮮明に覚えているからこそ、再現はできたはず。

 なのに。


 なんで宮様が入ってこない?


 琴子も異常を感じたのか、表情は取り繕っているものの、かなり戸惑っているように見える。

 妙な間が、私と琴子のあいだで生まれてしまった。



 「あ、あの~……」


 ……! 

 良かった!

 少し遅れたが、宮様が私達の会話に混ざりに来てくれた。


 このまま、琴子に紅茶を飲ませる流れになれば――。


 

 

 「なんで、そんな嘘つくんですか……?」



 「……は?」



 宮様から出てきた言葉は、あの日とは全然違うもので。

 頭が真っ白になる。



 宮様が、戸惑った表情のまま言葉を続けた。



 「お、思ってないですよね?このお店が、庶民の、低俗なお店、なんて」


 

 ――瞬間、息をのんだ。

 それは、琴子も同じだったようで。


 強い雨が、屋根を叩く音だけが響く。

 

 


 「……っ!」

 「琴子!」



 今にも泣きそうな表情になってしまった琴子が、踵を返してお店から出ていく。

 去って行く背中を、私は見ることしかできずに。

 扉が、閉まる。



 「――どうして」


 琴子を追いかけたい、けれど、その前に聞かなくてはならない。


 「どうして、あの子が嘘をついている、と?」

 「え、ええ?……だって」

 

 気が動転したままな自覚はあるけれど、確かめる必要があると思ったから。

 宮様に、聞いた。


 すると、彼から返ってきたのは、思いもよらなかった言葉で。


 「庶民の低俗なお店、だなんて思ってたら、そんなお店に気なんか、つかわないかなって」

 「気……?」


 エプロン姿の宮様が、戸惑いながら、入り口の方を指さした。

 

 「外こんな雨なのに、あの人が歩いてきた跡、全然ついてません。こんなの、ちゃんと外で靴を綺麗にしてから入ってこないとあり得ないですし……店内のお客さんに迷惑かけないように、声も小さめだったし、実際、ほかのお客様気付いてない人すら多そうだし」

 「……!」


 気が付かなかった。

 そんなところまでは、私ももちろん琴子に話せていない。

 一周目の時は、確かにもっと声が大きかったかもしれない。

 立ち振る舞いも、もっと粗暴だったかもしれない。


 「なんか、本告先輩の、行動と言ってることがちぐはぐな気がして……なんでそんな嘘つくんだろうって」


 ……私が悪い。

 これは、間違いなく私の失態だ。

 琴子に、謝らなくちゃいけない。

 その、前に。


 「宮様」

 「え?」

 「本当に、申し訳ありませんわ」

 「え?いや、全然迷惑かかってないですよ……?」

 

 そうではなく。

 この謝罪の真意を教えることはできないけれど、今はただ、心から謝りたかった。

 自らの思い出のために、演技をしてしまったこと。

 それに、宮様を巻き込んでしまったこと。


 「琴子を……追いかけます」

 「あ、わかりました」


 私は鞄を席に置いたまま、外へと歩き出す。

 琴子を、追いかけなくては。


 「あ、あの!」

 

 店から出ようとしたとき、宮様から声がかかる。

 振り向けば、宮様はいつもの、あの愛らしい笑顔で。


 「良かったら、あの人も連れてきて下さい。美味しい紅茶淹れて、待ってるんで」


 ……この瞬間にも、こんなにもこの人の魅力が詰まっている。


 「……ええ、必ず」


 私は店の扉を開けて、雨が降りしきる外へと飛び出した。



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