第19話 澄川葉純が万能すぎる
「話は聞かせてもらいましたよ!!」
「なにが?」
無事帰宅してから。
なんとなく気疲れした身体を早く休めようかなと思って自宅の扉を開けると、胸を張って仁王立ちする少女が出迎えてくれた。
……なんだかもうこの光景にも見慣れてきたな。
「最近勉強を頑張っているらしいですね智一君!」
「あ~、まあ、ちょっとね」
無い胸を張る少女の名は澄川葉純。
妹と同じ中等部の制服にエプロンを上から着た少女は、どや顔で俺を出迎えてくれた。
「優秀な私が智一君に勉強を教えてあげようと思います!」
「いや葉純ちゃん中学生よな?」
何故1個下の少女に勉強を教わるなんていう羞恥プレイをせなばならんのか。
そう思って答えると、葉純ちゃんは小さい人差し指をふりふりしながら。
「ちっちっち……智一君私を誰だと思っているんですか。私クラス高校1年生の勉強くらいよゆーです!」
ふふん、と再び無い胸を張る葉純ちゃん。
ウザカワイイなこの子。
「とりあえずあがってください!ご飯はちゃんと作っていますので!」
「ここ俺の家だと思うんだけど……」
どうぞどうぞと通されながら、リビングへ向かう。
ご飯を作ってくれてると言われてしまえば、文句なんか言えるはずもなく。
もう葉純ちゃんも家族の一員みたいになってきたな?
「お兄おかえり~」
「まず君が出迎えるべきだとは思わんかね有紀音ちゃんよ」
「え、全然ダルい」
全然ダルいだと?!最近の若者は言葉も乱れている。
日本の将来が心配だよ僕は……。
「まったく、これじゃ葉純ちゃんの方が妹してるじゃないか」
「いっそのこと葉純も妹で良いんじゃない?」
「あ、いや私は……」
葉純ちゃんが妹か。とても良いな。
家事もできるし、色々助かりそうだ。まあ、流石にこれ以上彼女の手を借りるわけにもいかないんだけど。
「妹じゃなくて、その……」
「こんな奴の妹は嫌か……ごめんね」
「あぅ、そうじゃなくて……」
拒否られてしまったならしょうがない。
仕方ないから有紀音をたくさん愛でるしかないな!
「……天然女たらし」
「?有紀音なんか言った?」
「なんにも。バカ兄」
うちの妹が反抗期過ぎる。
ぷい、と顔をそむけられてしまったらもう仕方がないので、葉純ちゃんの料理を手伝うことにする。
「さて、なんか手伝うことある?」
「実はもうほとんど終わっているんです!そしたらお味噌汁温め直してもらっても良いですか?」
「はいよ~」
コンロに設置された鍋の中には、わかめと豆腐、そしてネギが入った味噌汁が。
うんうん、味噌汁なんて豆腐とわかめとネギが一番良いんだから。
「智一君の好きなお味噌汁にしました!」
「完璧すぎる。葉純ちゃんがお嫁さんに行く人は幸せだろうね……」
「そそそそそそうですかね……べつに私は今からでも……」
ちょいと味見。うん、味噌の量もだしの塩加減も完璧。
どこにお嫁出しても恥ずかしくないわ(誰目線
「葉純デレデレしてるとまた焦げるよ」
「うわあ!ゆきちゃん?!え、ほんとだあ!」
慌てて火を止める葉純ちゃん。
……やっぱりもう少し育ててからお嫁に出すか……。
葉純ちゃんが用意してくれた夕ご飯を食べ終わって、俺が紅茶を淹れる。
せっかく新しいのも買ってきたし、前からあるやつは使い切ってしまおう。
茶葉はいくら密封していたとしても、 時間が経つと香りが弱くなってしまったり、風味が弱くなってしまったりする。
開封したらお早めにっていうのはほとんどの物に共通しているのだ。
椅子に腰かけている葉純ちゃんが、小さな手でティーカップに入った紅茶を飲む。
「はぁ……智一君の淹れる紅茶は世界一ですね!」
にこり、と彼女が笑うと同時に、2つのお下げがさらりと揺れた。
「嬉しいねえ、ほら有紀音、聞いたか。復唱して」
「はいはい」
食器を洗っている有紀音に声をかけても、生返事しか返ってこない。まったく嘆かわしい。
葉純ちゃんがティーカップを机に置いて、こほん、とひとつ咳払い。
「さて、それでは本題ですが。今日教室でゆきちゃんから聞きました!智一君が最近勉強を頑張っていると」
何を話してくれてんねん有紀音は。
というか俺のいないところではちゃっかり俺の事話すなんて、まったくツンデレ妹め。
「まあ……留年しない程度には頑張ろうかなとは思ってるよ?」
「……そっか、智一君が同級生……なんかそれも悪くない気がしてきました」
「いやダメだろ」
突然今までの話なかったことになるやんけ!
「ま、まあそれは冗談ですが……私は先ほど言った通り、高校1年生の勉強くらいなら当然先取りしていますなので、智一君に勉強を教えることができます!」
「ほんとお?」
俺が言うのもなんだが、中学から高校の授業内容の変わり方はかなり大きいと思う。
いくら優秀でも、高校1年生の内容いきなりは難しいと思うが……。
「高校で使っている問題集を先生からお借りできたので、解いてみました」
「え?」
そう言われて差し出された問題集を見る。
それは確かに、俺が使っているのと同じ、高校で使う英語の問題集。
開いてみると……答え全てに、綺麗なマルがついていた。
「これくらいなら基本間違えません。これなら、教えても大丈夫ですよね!」
「とんでもねー才媛じゃん」
「えへへ褒めても何も出ませんよ~」
末恐ろしい少女である。これで運動神経も抜群というのだから恐ろしい。
……俺君より秀でてることなくない???
「ということで、今日は英語を教えます!次来た時は数学を教えます!記憶科目は、教えられないと思いますので」
「お、お願いします……」
非常に恥ずかしい事態ではあるが、葉純ちゃんが俺よりも優秀なのは明白。
ここはお言葉に甘えるか……。
最近女の子に勉強教えてもらってばっかだな?俺めっちゃ情けなくない?
「お兄ダサ」
「ゆきちゃんも勉強しようね?」
「げ」
へへへ妹よ、貴様も道連れだ。
悪いな、俺の妹ということで有紀音が勉強を苦手としていることも把握済み。
食器洗いを終えてリビングに戻って来た有紀音を強制的に着席させ、葉純ちゃんによる宮家勉強会が始まるのだった。
1時間程度の勉強会を終えてから。
「また送ってもらって、ありがとうございます!」
「いやいや、むしろご飯作りに来てくれてありがとうね」
けっこう遅い時間になってしまったので、今日も今日とて葉純ちゃんを家まで送り届けた。
住宅街の一角、立派なお家に、葉純ちゃんは住んでいる。ご両親にもお会いしたことがあるけれど、感じの良い方達だった。
育ちが良い、というのは葉純ちゃんみたいな子の事を言うのだろう。
そしてそんな育ちの良い葉純ちゃんが、わざわざうちなんかに来てくれていることに若干の後ろめたさがありつつ。
とはいえ正直、こうして葉純ちゃんが夕ご飯を作りに来てくれるのは助かっているのも事実。喫茶店のアルバイトの都合上、家に帰ってきてから夕飯を作るとなるとどうしても時間は遅くなってしまうし、その分有紀音を待たせることになるから。
ただ、こうして勉強まで教えてもらうのはなんというかこう、情けなさが勝る。
「勉強まで悪いね、年下の女の子に勉強教えてもらうなんて情けない奴でごめんな」
「そんなことないです!……智一君は、カッコ良い、です」
家から漏れる僅かな光が、葉純ちゃんの表情を照らす。
ちょっと照れ臭そうに笑う彼女は、今度は年相応で可愛らしいものだった。
……にしても、ほんとかなあ。
葉純ちゃんに対してカッコ良い所なんてなんにも見せられていないような気がするけど。
「勉強ができるとか、運動ができるとか、そんなことよりも、大事な事がある、と私は思います」
「……」
葉純ちゃんは中学3年生とは思えないほどに、大人びている。
まあその辺りが、生徒会長に推薦される理由なんだろうけど。
「私にはない、優しさやあたたかさが、智一君にはあるんです」
「……そっか」
……いまいち実感は湧かないけれど、そう言われて悪い気はしない。
こんなに懐いてくれるなんて、ありがたい話だね。
「ではまた、お邪魔しにいきますね!」
「ほどほどにね」
「いえ!嫌って言われても押しかけますから!」
では、と言ってお家に入っていく葉純ちゃん。
力強い女の子だ。
俺も来た道を戻るべく、踵を返す。
……有紀音の友達になってくれて、ありがとうね。
歩いて家に帰ってくると、有紀音はもう風呂に入った後なのか、パジャマでリビングを歩いていた。
「おかえり、私先にお風呂入ったから、どーぞ」
「はいよ~」
「おやすみ」
「おやすみ~……あ、そうだ有紀音」
自室へと入って行こうとした有紀音を引き留める。
そういえば言おうと思ってたことがあったんだった。
「有紀音もさ、別に、中学校で俺の話しなくて良いからな」
「……」
正直、俺と言う存在はおそらく有紀音達の学年では腫物のような扱いになっているだろう。
葉純ちゃんに言い寄り、そしてフられた男として。
そんな奴の妹だなんて思われるの嫌だろうから、「兄じゃないです」って言っても良いとまで言ったのだ当時は。
それは断られたけれど、俺は別にわざわざ俺の話をしなくて良いと思っている。
きっと、有紀音の好感度が下がる要素にはなっても上がる要素にはならないと思うから。
葉純ちゃんは「今日教室で聞いた」と言っていた。あまり皆が聞こえるところで、俺の話をしない方が有紀音のためだと思ったのだが。
有紀音はパジャマ姿のまま、じとっ、とした目で俺を見て、ひとつため息を吐いて。
「私は生まれてから一度も、お兄の妹で嫌だと思ったことは無いし、お兄の妹じゃないって周りに言うくらいなら死んだ方がマシだと思ってるよ」
「……!」
それだけ言い切ると、有紀音は自室へと引っ込み、ばたん、と扉を閉めてしまう。
「あんまり何回も同じこと言わせないで」
「そ、そうか……」
……うちの妹がツンデレすぎる。
可愛すぎるんですけど~。
……ありがたいことだね、本当に。
部屋の明かりは消して。リビングにある、デスクライトを点けた。
筆記用具を手に、机と向き合う。
ぐーっ、とひとつ伸びをしてみた。
「さて……もう少し、頑張りますか」
……やっぱり、有紀音をちゃんと卒業させるまでは、学業もアルバイトも、頑張ろうと思うのだった。