第16話 二周目彼女達の会議が真剣すぎる
旧校舎にある、空き教室の1つ。
ボドゲ部の部室とはまた違った場所にある空き教室は、基本的に今は誰も使う事の無い教室。
そんな場所に、放課後に私含め4人の女子生徒が集まっていた。
「じゃあ、第1回タイムリープ会議を始めます……」
黒板に、『第1回 乙女会議』と書いた私が、全員に向けてそう言うと。
「手早くやってしまいましょう」
「……」
「……」
優雅に椅子に座ったままの礼華先輩と、その傍に立っている琴子先輩。
そして同じく椅子に座ったまま、気だるげな様子の想夜ちゃん。
私、礼華先輩、琴子先輩。そして想夜ちゃん。
現状二周目の高校生活を送っている全員が、この場に集まっていた。
外からは部活動に励む生徒の声と、カラスの鳴き声くらいしか聞こえない。
つまりは、そのくらい教室内は静まり返っているということで。
あまりにも会話に向いて無さそうな3人を前にしてもう既にため息が出る。
ちなみに黒板に『乙女会議』と書いてあるのは『タイムリープ会議』と書いて誰か入ってきたら気まずいからである。
……兎にも角にも、私が話を進めなきゃね。
「今回は、想夜ちゃん……が1周目の記憶を取り戻した、ということで来てもらいました!」
「……あんたたちこんなことやってたの?」
「いや、今日がほぼ初めてなんだけどね」
頬杖をついたままの想夜ちゃんは、すごく冷静だった。
思い出すのは昨日のこと。
『紗奈。もうあんたの好きにはさせない』
『……!想夜、ちゃん……?もしかして――』
あの時は本当にびっくりした。
私の事を、名前で呼び捨てにしたこと。
好きにはさせない、というセリフ。
私がすぐに状況を理解するのには十分過ぎた。
想夜ちゃんも、思い出したんだということに。
けれどこんな事態になっているというのに、相変わらず想夜ちゃんは淡々としている。
普通こんな異常現象に巻き込まれたら、もっと慌てるような気がするけど……。
「で、なんで本告さんもいるわけ?」
「彼女も私に巻き込まれて、タイムリープしてしまったんですの」
「……」
礼華先輩の隣に直立したまま動かないのは、いつものように白い手袋を嵌めた琴子先輩。
礼華先輩と共にタイムリープしてしまったとのことで、この会議にも参加してもらっている。
「……ふーん」
想夜ちゃんが、じっ、と琴子先輩を見つめた。
それでも、琴子先輩は動じない。表情もぴくりとも動かなかった。
……き、気まずい……。
「……ってか、葉純は?」
やがて興味が無くなったのか、琴子先輩から視線を外した想夜ちゃんが、私に向けて質問してくる。
けれど、それに応えたのは礼華先輩だった。
「澄川葉純は……一応中等部に確認も行きましたが、現状二周目ではないと思いますわ」
「……そう」
葉純、というのは現中等部生徒会長の澄川葉純ちゃんのこと。
彼女もまた、智一君のことを好きになって……そしてその恋が叶わなかったうちの一人。
私も葉純ちゃんはもしかして、と思ったけれど、私達より1年早くタイムリープしている礼華先輩が既に調査済みだったらしい。
「私と琴子が、二周目に入ったのが1年前。貴方達が今年。そこを踏まえると、澄川葉純がもし仮に二周目に入るとするのならば、その記憶を保持する状態になるのは、来年かもしれませんわね」
「……」
確かにそれが一番しっくりくる。
けれど、それも絶対にそうだとは限らないだろう。
想夜ちゃんという急に二周目になった事例もあるし、どんな事が起きるかは予測不可能だ。
「それよりも泉想夜。貴方も宮様からフラれたという話は本当ですの?」
「……そうだけど」
それだ。
私が今回何よりも驚いたのはそれだった。
『私もフられてるよ、あいつに』
『え――?!』
想夜ちゃんが2周目になったということで昨日聞いてみた所、想夜ちゃんも、智一君にフラれていた。
ここで嘘を吐くメリットも無いと思うし、なにより想夜ちゃんはそんな子ではないのを知っているから。
これには、流石の私も驚いた。
ということは、智一君は、誰とも付き合っていないということになる。
礼華先輩が、静かに顎に手を当てて考えている。
「……誰も、選ばなかったのですね、宮様」
小さく、呟いてから。
礼華先輩はしばらく閉じていた目を開けて、一度、息を吐いた。
こんな状況ではあるけれど、椅子に座りながら、物憂げな表情を浮かべている礼華先輩はとても絵になるな、なんて思ってしまった。
「一旦、その話は置いておくとして、泉想夜。貴方は入学してから1ヶ月経ってから思い出したということらしいですけれど、それは本当ですの?」
「……そうだよ」
礼華先輩の質問に、淡々と答える想夜ちゃん。
「何故そのタイミングで?なにかキッカケがあれば教えて欲しいのですが」
「……講堂に行ったら、思い出した」
「……講堂?」
礼華先輩の眉が、ぴくりと動く。
講堂とは、高校と中学の間にある、普段はあまり使わない建物の事。
行事や、健康診断の時にしか使った記憶が無い。
そしてその行事に該当するのは、入学式や、卒業式。
「行ってみますか?講堂」
「……いえ。講堂は特別な理由が無い限り、各種行事や健康診断の際にしか入ることは叶いません」
私の提案に待ったをかけたのは、ここまで沈黙を貫いていた琴子先輩だった。
「……次入れるタイミングがあったら調査しましょう。何か手がかりが掴めるかもしれません」
「そう、ですね」
想夜ちゃんが思い出したのが講堂だとするならば、もしかしたら講堂に行けば何かが分かるのかもしれない。
怖さももちろんあるけれど、調査しないわけにはいかないよね。
「では、今日の所はこんなところで良いのではなくて?」
「そうですね、また何かあったら適宜連絡、相談ということで」
「……あのさ」
このまま解散か、という所で、会話を遮ったのは想夜ちゃんだった。
「智一のことについては、各々好きにして良いってことで良いんだよね?」
「……現状は、そうなっていますわね」
私達の共通の想い人、智一君に関しては、現状特に何も決めていない。
私も礼華先輩も、好きに彼に対してコンタクトをとっているし、アピールもしている。
「私達はそれぞれでアプローチしてる感じだね。今度こそ好きになってもらえるように」
「……そ。じゃあ、私も好きにやらせてもらうね」
それだけ確認したかったのか、想夜ちゃんもそれで満足したように見えたけど。
「それについて一つ、思ったことがあるのですが」
すっ、と手を挙げたのは、琴子先輩だった。
「本当に、意味があることなのでしょうか」
「……というと?」
いまいち要領の得ない琴子先輩の発言は、礼華先輩も想定外だったのか、少し訝し気に、先を促した。
「タイムリープのような現象を取り扱う創作作品等で多いお話の展開にこんなものがあります。『どんなに変えようとあがいても、結末は変わらない』」
ひやり、と冷たい汗が背中を伝う。
琴子先輩の言いたいことが、分かったから。
「泉さんが選ばれたわけではないと分かった今、宮智一が卒業式に選んだ選択肢は『誰も恋人として選ばない』が現状濃厚です。そうだと仮定した場合、先ほど述べた、結果が変わらないものだとすると、この二周目でもどんなに頑張ったとて、宮智一が誰も選ばない可能性はありませんか?」
外から聞こえる声や音が、より明瞭になった気がした。
冷ややかな沈黙が、放課後の教室に横たわる。
……正直に言えば、考えたことが無かったかと言われたら、嘘になる。
もし、何をしても結果が変わらないのなら。
この二周目をどんなに頑張ったとしても、またフられるんじゃないかって。
「仮に、そうだとしても」
そんな重苦しい沈黙を破ったのは、礼華先輩だった。
「それは私がこの二周目で宮様を諦める理由足り得ない。確かに琴子の言う通りかもしれない。否定する材料はないのだから。ただ、肯定する材料が無いのも事実。確定している未来かどうかもわからないのに右往左往するなど、私の美学に反します」
……強いなあ、と思ってしまう。
昔からそうだった。礼華先輩は真っすぐで、強い。
「必要なのは後悔しないための努力。今起きている事が摩訶不思議な現象であることは間違いありませんが、これがもう一度あるとも限らない。ただ今できる全力を尽くすのみ」
「私も、そう思います」
礼華先輩の言葉に私も同意を示しつつ。
「それにーー」
それに私にはもう一つ。
胸に手を当てて、思い出すのは、林間学校でのこと。
『あちら側をごらんください!』
『俺が競馬好きなので、ここで1レース見てから帰ります』
……もう既に、もらった新しい大切な思い出があるから。
「何をしても変わらない、なんてことはないと思います。私は1周目と違う行動をして、実際にその行動してみて良かったって思ってます。だから、私は結果は変わるんだって信じてみたい」
フ、と礼華先輩が笑う。
それは決して、印象の悪いものではなくて。
「思うままに動けば良いと思いますわ。諦めていただくならそれも結構。わたくしとしては好都合ですし。……でも、そうですね。確かに結果が変わるかどうかは試したい気持ちもありますので」
不敵な笑みを浮かべた礼華先輩が席を立つ。
黒板の前までやってくると、両手でぱん、と柏手を打った。
「宮様に、勉強を教えてみましょう!」
「……は?」
礼華先輩のよく分からない提案に、想夜ちゃんが素っ頓狂な声をあげる。
「宮様が勉強をそこまで得意としていないのは皆様ご存知だと思います」
「確かに、智一君あんまり成績は良くなかったよね」
覚えている限り、3年の最後の方ですら、赤点こそ取らないけど平均点は超えない、という成績だった気がする。
隣に立っていた琴子先輩が、合点がいったように口を開いた。
「……なるほど。成績が上昇するかどうかで、結果が変わるかを判断しよう、ということですか」
「そういうことですわ。目に見える数字の上昇は何よりの論拠になる」
言いながら、礼華先輩が教室の一番前に設置された黒板に文字を書く。
板書だというのに、綺麗な字だった。
『宮様成績アップ作戦』。そう書くと満足そうにこちらを振り向いて。
「全員で、宮様に全力で勉強をお教えしましょう」
こうして、私達の智一君勉強教える作戦が始まったのだった。




