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第15話 泉想夜が急変すぎる

 

 月曜日とは憂鬱なものです。特に朝。お前だ。

 ……ただ、俺にとって今日が憂鬱なのはもうひとつ理由があった。


 「完全にバッドコミュニケーションだったよなあ……」


 先週行われた林間学校。

 2日目の途中まではすこぶる順調だった。

 篠本さんにも喜んでもらえたみたいだったし。

 それにプラスして隣の席の泉さんと仲良くなれたと思ったのに。


 最後の最後のイベント、キャンプファイヤーで、泉さんを怒らせてしまった。

 

 「あんまり言わん方が良かったよね……」

 

 正直あそこまで怒られることとは思ってなかったのもあり、軽率に話してしまったような気もする。

 俺に起こったことを素直に話しただけ、ではあるけれどもまあ、あんまり気持ちの良い話でないのは事実だし。

 反省。


 「はぁ……」


 今日も今日とて春の陽気が気持ち良い朝なのに、ため息が出る。月曜日だからかしら。

 学校行きたくないでござる。そんなこと言ってたら妹の有紀音から『早く出ていけバカ兄』ってさっき蹴飛ばされたんだけど。

 世知辛い世の中です……。

 

 「ごきげんよう!宮様!」

 「うわあ?!」

 

 背を丸くしながら歩いていると、急に後ろから話しかけられてびっくりする。

 びっくりはするんだけどもうこの事象に慣れ始めてしまっている自分が怖い。

 

 振り向けば当然、笑顔の金髪サイドテールの美人さん。


 「礼華さんおはようございます」

 「はい、おはようございますですわ!宮様」


 林間学校期間含め4日ほど会わなかっただけなのに、ちょっと久しぶりな気すらしてしまうのは完全にこの人に毒されている証拠だと思う。

 あまりにも自然な動きで、礼華さんは俺の隣を歩き出した。


 「林間学校はどうでしたか?宮様」

 「え、まあ、楽しかったです、よ……?」

 「それは何よりです」


 嬉しそうに、こちらの表情を覗いてくる礼華さん。

 一体なにが彼女をそうさせるのかは全く分からないけれど、俺も別に悪い気は一切しないので一緒に学校までの道を歩いて行く。


 「少し、いつもより元気がない背中に見えたのですが、何かありましたか?」

 「あ~、あったといえば、あったんですけど」

 

 すごいな。そんなことまで分かってしまうのか。俺達まだ出会って1ヶ月程度ですよね……?

 礼華さんに、林間学校2日目の夜にあったことを少し話した。キャンプファイヤーで、泉さんに中学時代のことを話した事。

 もちろん同じ轍を踏むわけにはいかないので、ある程度濁しながら、ではあるけれど。

 

 「へえ、泉さんが」

 「あれ?礼華さん泉さんのこと知ってるんですか?」

 「ええ、少し」


 少しだけ目を細めた礼華さん。

 泉さんのことを知っているのは、意外だったな。あの子編入組なんだけど。


 「まぁでも宮様が悪い訳はありませんわ。確かに、彼女と同じように、宮様はご自身の事をもう少し大事に扱って欲しいという気持ちは、私にもありますが」

 「ええ、自分大事にしてるけどなあ?」


 全然自分勝手に生きてるけどなあ……ちょっと違うのだろうか。

 というか、泉さんも自分を大事にしろと思ったのだろうか……?分からん。

 

 「それにしても宮様を憂鬱な気持ちにさせるなんて許されないことですわね!」

 「急に過激派ですね?!」


 笑みを一切崩さずにそんなことを言ってくる礼華さん。

 怖すぎるっぴ。


 礼華さんとそんな話している間に、無事校門の前に着いたのだが。

 そこには、青髪ショートヘアの女子生徒が、鞄を腰の前に持って佇んでいた。

 初めて見る人だ。

 手には、白い手袋がはめられている。

 女性にこんなことを思うのは失礼なのかもしれないけれど、執事然とした立ち姿は、カッコ良いと思ってしまった。


 「……琴子」


 礼華さんの知り合いだったようで、隣を歩いていた礼華さんが、名前を呼んだ。琴子……?


 「礼華お嬢様、手帳の方を、お忘れになっていたので」

 「……」


 礼華お嬢様……礼華さんやっぱりちゃんとしたお嬢様なんだよなあ……。

 なんて、思っていたら礼華さんがこちらを振り返った。


 「すみません宮様。こちら、私の付き人の本告琴子です」

 「……」


 紹介された本告琴子さんは、こちらを見て……いや、ほとんど俺の目を見ないまま、恭しく頭を下げた。

 つられて、俺も頭を下げる。


 「あ、えっと、宮智一です」

 「……存じ上げております。……それでは、私はこれで」


 存じ上げている?ああ、礼華さんから聞いてるってことか。

 それだけ言い残すと、本告さんは校舎の方へと消えて行った。


 「すみません、琴子はあまり、コミュニケーションが得意な方では無くてですね」

 「いやいや、大丈夫ですよ!」


 実際、全く気にしていないから平気だし。

 それよりも気になったのは……最初に俺の方を見た時、どこか悲しそうな目をしていたのは、気のせいなんだろうか。


 

 



 礼華さんと別れ、教室へ。

 教室内に入ると、既に隣の席には、泉さんの姿があった。

 うわ~ん、気まずいよお~……。


 とりあえず、席に荷物を置く。 

 まぁ、ほら、一旦ね、一旦。


 席に座って、鞄の中に入っている荷物を机の中に入れていく。

 真面目だからね、置き勉とかあんまりしないのよ、ほんとほんと。ちょっとだけだから置いていってるの。


 「……ねぇ」

 「はい?!」

 

 突然声がかかって、すんごい身体が跳ねてしまう。

 それも仕方のないこと、今まで泉さんから話しかけられたことなんて一度も無かったレベルなんだが?!


 「……あ」

 「……あ?」


 机の上に肘をついたままの泉さんが、口元をその手で隠している。

 袖の入り口付近を少し伸ばしていわゆる萌え袖のような形で、隠しているのがまた可愛らしい。

 ……じゃなくて。

 何か言い淀んだままだったので、続きを待つ。

 妙な間が生まれてしまった。いつもは泉さんと無言の空間を気まずいと思うことはないけれど、今日はキャンプファイヤーの事もあってちょっと気まずい。

 クラスメイト達の喧騒は聞こえてくるのに、俺達2人だけが違う世界のような感覚だった。


 本当にしばらくして、何故か顔を紅くした泉さんが、目を伏せながら発した言葉は。


 「朝の、挨拶は……?」

 「……ええ」


 ……なんだこの可愛いいきもの。

 確かにいつも挨拶してたけど!

 こんな風に言われて、挨拶をしない男がいるだろうか。いや、いない(反語)。


 「お、おはようございます!」

 「……ん」


 絶対に目を合わせないけれど、満足したのか泉さんが窓の方を向いてしまった。

 ……首まで赤いけど大丈夫かな。


 と、とにかく、林間学校でのことは許してくれたってことなのかな?!

 これがもしかして仲直りしよっていうサイン?!だとしたらあまりにも可愛いが過ぎるだろ。

 泉さんの寛大さに感謝しつつ、憂鬱だったのが嘘のように、俺の心は晴れやかになっていた。

 

 

 ……と、そこまでは良かったのだけれど、そこから先もなんだか泉さんの様子はおかしくて。


 「……ねえ」

 「は、はいなんでしょ」

 「日本史の教科書、忘れて」

 「な、なるほど?!」

 「……見せて」

 「せ、拙者でよければ」


 この時はまあ、泉さんが忘れるなんて珍しいな、くらいだったけど。

 

 「古典辞典忘れた」

 「な、なるほど?珍しい、ね?」


 「英和辞典忘れた」

 「……もはやなにも持ってきてなくない?」


 「地理の資料集、どっかいった」

 「無くしちゃまずいですよ!?」


 流石に4時間連続席をくっつけているのはまずくない???よくわかんないけど。

 更にはシャーペンの芯が無くなったというので、余計に持ってたシャーペン1本を貸してあげたところ。

 「……ありがとう、大切にするね」と言われたので「返してね???」と言ってしまった。

 え、なになにどういう状況なのこれ。


 今までとの温度差に風邪ひくどころか病気になりそうなレベルだったけれど、何が彼女をそうさせるのか。

 クール系だったのに可愛いが全力出し過ぎてギャップ萌えどころの騒ぎじゃねえぞ!(誰


 そんなよく分からない状況のままお昼を終えて、5時間目の授業は体育。種目は器械体操だった。

 4月の体育ってなんでかよく分からないけど器械体操とかになりがちよね。

 授業後、いつものように使った用具を倉庫へと片付けていた時の事。


 「私も、手伝うよ」

 

 女子の方も器械体操だったようで、マットや用具の片づけを、泉さんが手伝ってくれたのだ。

 まぁ、体育委員とかでもなんでもないのにいつも片付けをやらされている俺に同情してくれたのかもしれない。


 「助かった~!ありがとう」

 「……ん」


 体育倉庫に最後のマットを運び入れて、無事片付けは完了。

 既にクラスメイト達は更衣室へと引き返している。全く薄情な連中だぜ。

 

 「……ねえ」

 「……はい?」


 倉庫を出ようとしたタイミングで、泉さんに止められる。

 

 「……ストレッチ、してないよね?」

 「え?」

 

 ストレッチ……?

 まあ確かに、体育ではあまり運動後にストレッチの時間がとられることは少ない。


 「してないけど……大丈夫だよ?そんなに激しい運動してないし」

 「……しないと、危ない」

 

 そ、そうかなあ?

 まあ運動部に所属する泉さんがそう言うならそうなのかもしれないけど。


 「まあ、そうかも……ってええ?!」


 泉さんに腕を掴まれたかと思うとマットにぶん投げられる。

 え、泉さん柔道部じゃないよね???

 あまりにも綺麗に投げられたんだが???


 「座って」

 「もうちょいやり方ありませんでしたか?!」


 しかたなく開脚するような形でマットの上に座る。

 すると背中側に来た泉さんが俺の背中にくっついた。


 しばらく、無言でぐい、ぐい、と背中を押される。

 ……美少女に体育倉庫で背中を押されているという事実が、羞恥心というかなんというか……包み隠さずに言うならこれちょっとえっちじゃない!?

 

 「んっ……」


 つ、艶のある吐息が!!

 いけません!健全な高校生男子には刺激が強すぎますわ!!

 あー!いけません!!


 ――と、そんなタイミングで。

 体育倉庫の扉をガラッと開ける音。

 

 

 「な、ななななな」


 入って来たのは、既に制服へ着替え済みの、黒髪セミロングの優等生。


 「なにしてるのー?!?!」

 「見たらわかる、ストレッチ」

 「いやいやいやいや!男女で体育倉庫で2人きりでやることじゃないよね?!」


 ご、ごもっともです。

 でも正直助かった。これで着替えに戻れる。

 「で、では」と、どさくさに紛れてこの場を後にしようとして。


 「()()。もうあんたの好きにはさせない」


 「……紗奈って……!想夜、ちゃん……?もしかして――」


 泉さんの言葉を受けて、篠本さんが大きく目を見開いた。

 

 ……?

 どういうことだってばよ。

 ってか泉さんって篠本さんのこと名前で呼んでたっけ。




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